第15話 鏡池
雪道を歩くことは、私にとって想像以上に大変だった。
一時間もしないうちに、呼吸が苦しくなってきた。
はぁっ、はぁっ……
自分の荒い息遣いばかりが聞こえる。
そしてそれは吐き出される白い息とともに、深い雪に吸い込まれるように消えていく。
清澄で静かな白い世界のただ中で、音を立て、もがいている自分が、無作法な闖入者のように思えた。
それでも、
前を歩く耕平さんの後ろ姿を見ると、この道は間違っていない、そして、自分もここにいていいのだ、という深い安心感で心がいっぱいになった。
慣れないスノーシューでの歩みはどうしても遅くなる。
そんな私のペースに、合わせているのがわからないくらい自然に、彼は私のほんの少し前を、歩いてくれていた。
小さな声でも、届く距離。手を伸ばせば、触れられる近さ。
足元の雪を踏み固めることで、後に続く私が少しでも歩きやすくなるように。
そんな彼の優しい気遣いに、私は泣きたくなった。
************
「少し、休みますか?」
さくらの前を歩いていた耕平が、振り向いて言った。
息を整える余裕もなく、さくらは首だけ小さく横に振った。
耕平はそれ以上なにも言わなかった。
ただ歩く速さをさらにゆるめた。そして、ほんの少し彼女との距離を縮めた。
やがて――
森が開ける気配がする。
光が前方で強くなる。
「もうすぐですよ」
彼の言葉に、さくらが顔を上げた。
森がふっと途切れた。
視界が一気に開ける。
「――着きました」
そこにあったのは、これまで以上に、幻想的な世界だった。
白い森に縁取られた楕円の池。
全面が静かに凍りつき、空の青をそのまま閉じ込めたみたいに、淡く光っている。
森の樹木のための、空と繋がる神聖な祭壇――
不思議な幻想のイメージが、さくらを捉えた。
「……あぁ……」
さくらの口から、無意識に、ため息がもれた。
自分の中にあったどろどろしたものが、ゆっくり濾過されていくのがわかる。
耕平は、さくらの邪魔をしないように少し離れたところから、景色と向き合う彼女を見守っていた。
さくらの感動は、彼女だけのものだった。
たとえ、ほんの少しでも分かち合いたい、そう思っていても。
「……」
音のない時間が、ゆっくりと流れていった。




