第14話 白い森
亮介と綾子に見送られて、さくらと耕平は、出発した。
駅から車で登ってきた林道を少し下ってから、森の奥へと続くさらに細い道へと入っていく。
特に標識もなく、確かにわかりにくい。
「耕平さんについてきてもらって、よかったです」
さくらは言った。
「私一人だったら、きっとこの道、見落としてたと思う」
彼女が少し、くだけた口調になっていることに、耕平は気づいた。
「ここでスノーシュー履きましょう」
耕平は、道から少し外れたところにある倒木を指さし、さくらに座るように促した。
さくらは、耕平が彼女の前にひざまづき、スノーシューを装着していくのを黙って見ていた。
背が高い彼の、寒さのせいか少し赤くなった耳を見下ろしているのは、不思議な気分だった。
耕平は丁寧な手つきで緩みがないか確かめてから立ち上がり、さくらの手を引いて立ち上がらせると、ストックを渡して言った。
「ちょっと、歩いてみてください。ストックは、自然な感じで、適当につけばいいですよ」
そして、自分のスノーシューを手際よく付けながら、さくらがぎこちなく雪の上を歩くのを見守った。
「けっこう重いのね」
早くもさくらは息を弾ませて言う。だが、楽しそうだ。
「ゆっくりでいいですよ。靴でなく、足全体を持ち上げるようにしてください」
彼女の気分がうつったように、耕平は笑顔になってこたえる。
「さあ、行きましょう」
森に一歩入ると、音が変わった。
林道では車のタイヤが踏み固めた雪がきしんでいたが、ここは違う。
スノーシューがザックと沈み、ふわ、と持ち上がるたびに、すくわれた雪がハタハタと落ちる、鈍くやわらかい音がだけがする。
深い雪に吸い込まれてしまったかのように――
余計な音がすべて取り払われた、静かな世界だった。
「……」
自分の声で、静寂を破りたくなくて、さくらが無言で小さく息をのむ。
彼女を包む世界は、美しかった。
針葉樹の枝という枝に雪が乗り、白いアーチのように道を覆っている。風が吹くと、粉雪がさらさらと落ちて、光の中でキラキラと舞った。
「この道、好きなんです」
耕平は前を歩きながら言った。
「観光パンフには載ってない、ありふれた林道だけど……」
振り返ると、さくらは景色に夢中で、少し遅れて歩いてくる。
時々立ち止まっては周囲を見回す白い姿は、真っ白な聖堂に佇む、妖精のようにも見えた。
耕平は、少し離れたところから、彼女をそっと見守っていた。
――ありふれた林道だけど……
今の彼女にとって、この場所は特別なのだ。
「……」
危ない時は、すぐに手を差し出せる。
そんな距離で、静かに、彼女を待つ。
彼は、会話で人を楽しませるのが得意だが、必要なときは、いつまででも黙って待つことができた。
今日は、彼女のペースでいこう。そう決めていた。




