第12話 申し出
「そういえば」
思い出したように耕平さんが言った。
「昨日の青年会の会合で聞いたんですけど、青沼、もう凍ったみたいですよ。観光ソリ、来週から始めるみたいです。鏡池も凍ってるんじゃないかな」
「そうか。確かに先週から冷え込みが厳しくなったしな」
「鏡池?」
私は、昨日の夜、談話室で、亮介さんがしてくれた話を思い出した。
静かな白い森に囲まれた凍った池……
一瞬、白い幻影が心に浮かぶ。その幻に、私は心を奪われた。
「歩いて行けるところですか?」
行ってみたい……。
大変でも、行きたい気持ちの方が強かった。
「スノーシューを履けば大丈夫ですよ。ただ道がわかりにくいので、一人だと、道を知らないと難しいですね」
亮介さんが言った。浮き上がった心が、すとんと落ちる。
「あ、さくらさん、よかったら僕が案内しますよ。明日は店休みなんで」
耕平さんが気軽な感じで言ったので、私は思わず目を瞬いた。
「え……いいんですか?」
耕平さんの申し出の内容と、耕平さんが私を名前で呼んだことと、どちらに戸惑ったのか、自分でもよくわからなかった。
「ええ、もちろん」
耕平さんは、こともなげにうなずいた。
「迷ったら大変です。雪も深いから」
「そうだな。耕平くんが一緒なら安心だ」
亮介さんも頷く。
「無理はしないでくださいね。途中で引き返してもいいんですから」
綾子さんがやわらかく言う。
その“引き返してもいい”という言葉に、なぜか胸がちくりとした。
引き返す。
無理をしない。
途中でやめる。
それが許される選択肢として差し出されることに、まだ少し慣れていない自分がいる。
「じゃあ、明日の朝、天気を見て決めましょう」
耕平さんがそう言って、カップを置いた。
「晴れたら最高ですよ。ちょっと別世界です」
別世界。
その言葉に、胸の奥が小さく跳ねた。
今いるここも、もう十分に別世界なのに――
さらにその奥へ連れていってくれる人がいる。
そう思った瞬間、少しだけ怖くて、でも同じくらい嬉しかった。
耕平さんはもう、何事もなかったような顔でケーキを食べている。
特別なことを言ったつもりなんて、きっとない。
なのに私のほうだけが、静かに揺れていた。




