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第11話 ケーキ

テーブルにつくと、湯気の立つポットと、素朴な焼き色のケーキが運ばれてきた。

綾子さんが切り分けながら、何気なく言う。

「さくらさん、午前中ずっと林道のほう歩いてたんですって」

「え、あ……はい」

「雪道、大変だったでしょう?この時期に歩く人は、あまりいません」

耕平さんが少し感心したように言う。

「どうでした?」

そうたずねる眼差しがあたたかくて、私は思わず目を伏せた。

「きれいでした……」

やっとそれだけ言葉にできた。それでも耕平さんは、穏やかな笑顔で頷いた。

「よかったです。歩くのにいいですね、今日みたいな朝は」

この人は知っているんだ、と私は思った。

晴れた冬の朝、白い森を歩くのが、どういうものか。



綾子さんのキャロットケーキは絶品だった。

焼きっぱなしを四角く切り分け、粉砂糖をふるっただけのシンプルなケーキ。飾り気のない家庭のような山荘の雰囲気によく似合っている。一口食べると、生地はきめ細かくしっとりとして、人参とブラウンシュガーの素朴な甘さ、シナモンの風味が口の中に広がった。

亮介さん綾子さん夫婦、耕平さん、私の四人で囲むテーブルに、紅茶と焼きたてのケーキの甘い香りが漂う。

外はしんと凍りつくような銀世界だが、山荘の食堂は薪ストーブで温められ、穏やかで柔らかな時間が流れているようだった。

「ほんとに、綾子さんのケーキは美味しいですね」

耕平さんはケーキの大きな一切れを頬張って賞賛した。

「料理上手で、しかもこんなに美人が、一回り以上年上の、山登りばっかりしてる熊みたいな亮介さんの奥さんだなんて、不思議でしょうがないですよ。綾子さん、男を見る目だけは、ないんだから」

耕平さんは『だけ』というところを強調して、本当に意味がわからない、といった口調で言った。しかし私には、耕平さんが山上さん夫婦のことが好きでお似合いだと思っている、ということがよくわかったのが、かえって不思議だった。

「耕平、あとで覚えとけよ。でもまあ、もの好きだとは思うがな」

亮介さんは満更でもない様子でにやりと笑った。

「そうですよ。有名大学のミスコン入賞者でモデルのバイトしてたって聞きました。国際線のCAやってた人が、何がよくてこんな山男と結婚して山奥におさまっちゃったんだか」

「ちょっと、なんで耕平くんがミスコンのこと知ってるのよ?」

綾子さんが耕平さんを軽く睨む。

私は、綾子さんの輝かしい経歴に、内心恐れをなしていた。確かに、綾子さんはファッションモデルのように美人だ。それに、明るくて、優しい。誰にでも愛される人、ってきっと綾子さんのことだと思う。

「それに、言っておくけど、私が山荘のオーナーになったのが先ですからね。一流企業の仕事を捨てて私を追いかけてきたのは亮介さんの方なのよ」

綾子さんが、言った。機嫌を損ねたような言い方だが、目が笑っている。

「そうでしたね」

耕平さんは悪戯っぽく笑った。

「そういうことに、しておいてくれていいよ」

亮介さんも笑う。

「ミスコンのことは、兄貴からの情報ですよ。綾子さんの載ってる雑誌、売り切れて町からなくなったそうですね」

「もう、昔の話はよして。恥ずかしい」

「綾子さん、すごいです」

私は慌てて言った。その場で喋っている自分と、何かモヤモヤしたものを感じている自分が、まったく別々に存在しているような、奇妙な感覚を覚えた。

綾子さんは、私に優しい笑顔を向けて言った。

「私はね、ここでの生活がとても気に入ってるの。お客さんに喜んでもらう、という点ではここでの仕事も同じだし。それにファーストクラスで出されるフレンチのコース料理より、亮介さんの作るカレーの方がずっと美味しいんだから」

そう言って綾子さんは、温かい目で隣に座る亮介さんを見る。

亮介さんは照れたように、紅茶のカップを口元に運んだ。


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