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「不審者?」
イェの前にどさりと鉄鉱石の袋を下ろしたスライムは、ギガントの姿をずるりと解いた。
鉄打つ音が賑やかに響く工房の片隅で、イェは声を潜めることすらなく、世間話のような気安さでその話を続ける。
「組合の中では既に有名な話だ。一人の女が何件かの工房を訪ね、『あるもの』の修理を依頼している。」
「もしかして、その女ってのは乳のでかい美人で、『自分』を修理してくれって言うんじゃねぇのか?」
「やはり知り合いか。フタマタはいかんぞ、フタマタは。」
「馬鹿な事言ってねぇで、その女はどうなったんだよ。」
「組合の連中には、妖しい仕事を迂闊に引き受けるような馬鹿者はいない。だがこの村には、金さえもらえればどんな仕事でも引き受けるような、節操無しだっている。」
「まだ村の中にいるってことか。」
「おそらくはな。」
「ああ、もう、面倒くせぇなぁ。車輪は? あとどのぐらいかかるんだよ。」
「まあ、三日って所だろうな。」
「車輪の完成が先か、あいつの修理が先か、ってことだな。」
ずるりとギガントを模るスライムに、イェが振り向いた。
「どうする。姫サンをどこかへ隠すか?」
「この家より安全な場所が他にあるかよ。だが、すまねぇ。多分騒がせることになる。」
「ふん、不肖の弟子の尻拭いも、『師匠』の仕事のうちだ。気にするな。」
「不肖ついでに、俺のお願いを一つだけ聞いてもらっても良いか?」
「面白いことなら、な。」
ちっさいおっさんが、にやりと笑った。
鍛冶屋に必要なものは腕の良さ、ただそれのみ。鍛冶屋向きの種族と言うものは確かにあるが、彼らが皆、鍛冶屋の道を望むわけではない。このミジホまでたどり着く者は鍛冶屋を望み、研鑽を積み、確かな経験と腕を身につけた生粋の職人。種族など関係あろうはずがない。
それゆえ小さな村であるにもかかわらず、ここミジホは実に多様な種族が集まっていた。
庭先でユリと遊んでいる子供達も、バラエティに富んでいる。イェ家の小さなノームから、見上げるほどに大きな単眼巨人まで。もちろん人間の子供も入り混じって、きゃあきゃあと甲高く叫びながら走り回っている様は、実に楽しげであった。
子供達は、家から出てきたギガント姿の彼を見て叫ぶ。
「ロリコンが来た~!」
「きゃあ~、食べられちゃう~!」
からかい半分で逃げてゆくちびっこどもに、スライムは苦笑した。
「ロリコンじゃねぇって。」
ただ一人残ったユリをひょいと肩に上げる。
「楽しかったか?」
姫君であるユリの周りには、大人しかいなかった。他の王族の子供と顔を合わせる機会はあっても、高貴な子として育てられている彼らは、騒々しくはしゃいだり、汚れるような遊びをしたりはしない。
「友達、楽しい。」
「そりゃ、良かった。」
ユリの微笑みは微かではあるが、確かに満足しきったものである。そのことを見てとったスライムは、にっこりと笑い返してやった。
「ヤヲを呼びに行くんだが、一緒に行くか?」
「行く。」
キュッとしがみついてくる小さな体を支えながら、スライムはほわっと溜息をこぼした。
「平和だな……」




