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古く、重厚な歴史香る教会……といえば聞こえはいいが、キスンナーの広場の奥に位置するそれは、あきらかに寂れていた。豪奢なステンドグラスは欠け落ち、壁のところどころが崩れた様は、なまじそのつくりの豪華さゆえにわびしさを強く感じさせる。
無数の魔物たちが青白く揺れながら、だだっ広い聖堂を照らしていた。
(鬼火! しかもこの飼いならされ方……軍用魔物か!)
ミョネに連れられて入って来たヤヲの姿をした男は、統制の取れたその動きに呻く。黒い甲冑にしがみつく小さな少女を強く抱きしめながら、彼はその圧倒的なウィプスの数に絶望を禁じえなかった。
知性を持たない魔物たちは、愛玩動物として魔族に人気がある。だが、犬猫より賢く、知性を持たないがゆえに従順なそれらは、仕込みようによっては十分な戦力として使うことができる。
「スラスラ、平気?」
冷や汗に似た体液を滲ませる男に、ユリは小声で聞いた。
「平気じゃねぇな、全然。これだけの軍用魔物をそろえられる立場なんて、そうそう無いだろうよ」
聖堂の奥に立つ三人の若い男は、ユリに似た銀の髪色をしていた。
「『婚姻外の子』……か。」
ぶるりと震えるスラスラの腕を小さな手が、宥めるようにキュッと掴む。
「三つ子。クシゥ、イウィク、ヒソース。いじわる。」
なるほど、見れば三人とも同じ顔をしている。細面のすっきりした『美男子』が、ウィプスの明かりを銀の髪に反して並び立つ様は、見目にも麗しい。
「ちなみに、ユリ、奴らのイケメン値は?」
「合わせて400。」
「じゃ、トレースする価値もねぇな。」
ユリが怒りで微かに赤くなった。
「トレース! 絶交!」
そんな二人を、ミョネが叱り飛ばす。
「突っ立ってんじゃないよ、スライム! さっさとその女を下ろして、跪きなよ!」
ぶるぶるっとさらに震えた男の胸を、とんとんと軽く叩いて、ユリは硬い石床に足を下ろした。
「狙う、なぜ!」
「なあ、聞いた? 『狙う、なぜ』だってよ、『狙う、なぜ』……」
「赤ん坊かよ、『狙う、なぜ』ぇ。」
「赤ん坊でちゅもんねぇ。」
はじけるような嘲笑を浴びながらも、ユリは揺るぎ無い瞳で三人を睨みつけている。
「ねえ、ユリ、君は幸運な子だよ。」
「君が『聖王候補』のままだったら、ここで死んでもらわなくてはならなかった。」
「でも、状況は変わった。」
歌うように重なる三つの声が、まるで虫の羽音のようにスラスラを苛めた。
「僕たちは、あるお方にぜひ、聖王になってもらいたいんだよ。」
「彼は僕らに言った。」
「この世で一番美しく、強く、そして正しいのは我ら半魔半人である、とね。」
「彼が聖王になれば、」
「我ら半魔半人の世が始まる。」
スライムは、滲み出した体液でべとべとする手のひらを、強く握った。
「選民思想ってヤツか。最低だな。」
「迂闊なことを言うんじゃないよ!」
ミョネに叱られて、ヤヲそっくりの唇は硬く引き結ばれる。
「ユリ、君は気付かないの? この世の理。」
「混血の子は、魔力の強い親の姿で生まれる。」
「なのに、我ら半魔半人は、すべからく人間の姿で生まれる。」
「人間はね、魔力の器としては最適な形なんだよ。」
「その中に『魔』を満たして生まれる我らは最強。」
クスクス笑いの三重奏に対して、言葉足りないユリは無言という術しか持っていなかった。
「ユリ、『魔王候補』になるんだって?」
「いいねぇ。ぜひとも『魔王』になってよ。」
「そして、全てを『あのお方』に差し出してよ。」
「そうすれば、この国は、全てがあのお方のもの。」
「そこを足がかりに、この世の全てを手に入れる。」
ユリがつたない反撃を試みる。
「国、あげない。国、乱れる、悪い! ヒト、死ぬ、良くない!」
精一杯の反駁は、冷たいまなざしに叩き落された。
「あのお方の邪魔をするつもりなんだ?」
「ふん、『血に塗れた月』のクセに?」
「自分の母親まで殺したくせに、善人気取り?」
ユリの体からがくんと力が抜け、膝が地面に落ちた。
三人は容赦なく小さなユリを責める。
「君の母君はかわいそうな女性だよ。」
「君が素直に死んでくれれば、死ななかった。」
「いや、君を生まなければ、死ぬことは無かった。」
虚ろに色を失ってゆくユリの瞳を横目に、スライムの脳液は激しくあわ立っていた。
(ここはこの街の守りの要。全ての敵も、味方もここに集まる。つまり……閉じ込められる可能性も高いわけだ。)
ぐるり、ぐるりと視線を走らせ、居住スペースと思しき扉に中りをつける。
(味方は商人ばかり。戦闘のプロ相手に篭城が不利だってことは百も承知……)
自分の中からゴボリとひときわ大きな音がするのを聞きながら、がっくりと下を向く。「あああ、全く面倒くせぇ。」
全ての視線が自分に集まるのを感じながら、その男はヤヲの美しい顔を酷薄な笑いに染めて視線を上げた。
「なぁ、そのお偉いサンは、何がしたいわけ?」
同じ三つの顔が、一様に蔑みの色を浮かべた。
「半魔半人による治世。」
「人間の排斥。」
「そして、魔族の排除。」
「……勘弁してくれよ。面倒っくせぇ。」
スライムが、小さな少女の肩を荒々しく抱き寄せる。
「この女があんた達の言うことを聞けばいいんだな?」
「馬鹿! こんな子供相手に何をする気だよ!」
「中身が子供じゃないってのは、お前も知っているんだろ?」
詰め寄るミョネに見せ付けるよに、卑猥な舌先が、厭らしくユリの頬を舐めあげた。
「ま、大人の体なら、姫サンも楽しめただろうがな。可哀想に……」
「その顔でそういうことをするなぁっ!」
「なんだ、ヤヲが好きなのか? じゃあ、お前も混ぜてやってもいいぜぇ。」
「かっ、顔だ! 顔が好きなだけだよっ! あんな情け無い男っ!」
クツクツと喉から笑いを漏らしながら、金髪が三人の男たちを振り向く。
「別に、ソレをネタに揺するなんて面倒くさいことはしねぇ。俺は自分の身が可愛いんでな……ただ、俺の身の安全だけを要求する。頼むから、俺を面倒なことに巻き込まないでくれよ。」
「言うことを?」
「聞かせる?」
「どうやって?」
「じっくりと躾けてやるよ。一晩かけて、な。」
少女を荷物のように乱暴に抱え上げる腕が、見た目の荒々しさとは裏腹な優しいものであることを、誰も知りはしなかった。
「適当な部屋ぁ借りるぜ。お前らは、そこでマスでも掻いて待ってな。」
なまじヤヲの顔が美しいがゆえに、その悪人面は凄惨な狂気を醸していた。




