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ユリの『お兄ちゃん』ヤヲ=ケネセッスは、主の消えた部屋の惨状を見て、鈍器で殴られたがごとき衝撃に崩れた。
「あの破廉恥が!」
寝乱されたシーツは床に落ち、ユリの寝巻きが室内を彩る花びらのように散らされている。その中心には意味ありげに鎮座まします……
「ぱっ、下着っ?」
体内を巡る超高濃度の妄想の中、イケナイコトを迫るスライムと、哀れに怯える小さな少女が浮かぶ。
「いやいやいや、ロリコンじゃないって、言ってましたし?」
しかし、既に彼の計画は破綻し始めている。もし、自棄を起こして、寝返ったとしたら?
「ユリ様あああああああ!」
自らの妄想に悶える護衛隊長を、隊員たちは遠巻きに、しかし気の毒そうに取り巻いている。
その後ろから、しわがれた、だが威厳に満ちた声が響いた。
「なんじゃ、あの小童は居らんのか。人を呼びつけておきながら、全く失礼なやつじゃ!」
振り向いた者は一様に瞠目し、ささやきが起こる。
「おい、嘘だろ……」
「絵姿でしか見たことが無いぜ。」
「でも、あの骸骨の紋章……」
銀細工の骸骨が衣装された禍々しい紫色の甲冑が、がちがちと音を立てながらヤヲに歩み寄る。
「仮にも一隊を預かる者が取り乱してどうする! しゃきっとせい!」
恫喝されて正気を取り戻したヤヲは、声の出所である口が自分の顔のすぐ前にあることに気がついた。
「まさか……」
見上げれば、甲冑の上には首が無く、本来そこにあるべき頭部は小脇に抱えられている。
「クアネ=ソーウェヤハ大将軍!」
大柄な首無しは、にやりと笑った。
「その呼び方をされるのは、二百年ぶりじゃな。」
彼の事は、ノーニウィヨの民なら子供でも知っている。
絵本にまで描かれる、千年前の大戦の大英雄。
今の魔王がまだ戦場に出ていた頃、その臣下として絶大な力を振るった『魔王の三臣』が一人……
「あなたのような大物が、なぜここに……」
「小童に呼ばれたと言っただろう。小さな女の子をキスンナーの迷宮に案内するよう、頼まれたんじゃ。」
「スラスラが言っていた知り合い……あのスライム、何者なんですか!」
「ただのスライムじゃよ、あいつはな。」
クアネは、片手で首を掲げて室内を検分し始めた。
「あの、これは……」
「見りゃ解る。状況が変わったと言う事じゃろう?」
「スラスラは既にユリ様を攫って……」
「攫って? お前はおかしなことを言うのじゃな。」
首を傾げるように斜めに持って、デュラハンは厳しい顔をした。
「小童は、その娘の『寝台』じゃないのか?」
「いえ、正式には……」
「肩書きの問題じゃない。小童は娘の寝台になることを望んだのじゃろう。」
「ええ、まあ、言って……ましたね。」
「ならば信じてやれ。『寝台』は絶対に主を裏切らない。爺さんは、そういうふうにあの小童をしつけた。」
「じゃあ、ユリ様は!」
希望に輝くヤヲの顔と、室内に散らばる衣服を見比べて、クアネはさらに首を傾げる。
「さあ、ソッチは? あの爺さんの孫じゃからなぁ……」
「ぐはあああああああ!」
奇声と共に、ヤヲが立ち上がった。
「すぐに部隊を編成する! この街の特性を考えて、一隊は少数で! ユリ様の捜索を最優先事項とする! 敵には気取られるなよっ!」
生き返ったように動き出すヤヲを見るデュラハンは、腕に抱えた首で笑う。
(視覚効果とは……随分とヒトの動かし方が上手くなったもんじゃな。)
ひらりと意味ありげに落とされた下着が新品であることを、クアネは既に見抜いていた。




