表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/194

10

 昔は修道女の寝室であったのだろう。

 カビとホコリが匂う小部屋に飛び込んだ男は、抵抗する術も無い小さな体をドアに押し付けた。

「ユリ、覚悟しろよ。」

 性急な指先を、脇の下と脇腹に差し入れ、軽やかな力加減でひたすらに……くすぐる!

「や……何、やめ……る!」

 ドアの外で、微かな気配が動いた。

(ふん、やっぱりツけてやがったか。)

 責めの指先によりいっそうのスピードを加えれば、拷問のごときくすぐったさに、ユリはドアを叩くように身を捩る。

「くふっ、スラス……ラ、か……勘弁……」

 それがドアの外にはどう聞こえたのか……ドサリ、ずざざざと、後ずさる音が聞こえた。

(ミョネが、ドン引いて……)

 ばたばたばた……

(逃げ出す。)

 足音が十分に遠ざかるのを確かめて、男はその震える少女を解放する。

「さて、邪魔者は居なくなった。二人きりだ……」

 黒い甲冑から這い出してくる、ずるずるとした本来の姿。それを見つめる少女は全ての表情を失い、ただ座り込んでいる。

 スライムはその体をすばやく捕らえ、弾力感あふれる自分の上に投げ上げた。

「熱まで出てるじゃねぇか! 何日眠って無いんだよ!」

 眠気を含んだ熱を冷ますように、程良い温度を保つ体で抱きしめる。

「笑う、した。楽しい、考えた。母、思い出す。」

 たゆんたゆんと体液ごと外皮を揺すってやるが、少女に表情は戻りはしない。

「母、泣いた。血、出た。夜、怖い。」

 頼りなげな体は、柔らかなスライムの動きに翻弄されて力なく揺れていた。

「ユリ、死ぬ。母、生きる……ユリ、いない、母、泣かない……」

「馬っ鹿が! それ聞いたら母ちゃん、泣くぞ。」

 スライムは一際大きく揺れ動き、ユリを強く抱きしめた。

「……あのな、俺の爺さんは年をとっても馬鹿な男だった。ある日、『世界一のTKGたまごかけごはんが食いたい』と、言い出してな、飯と醤油を担いで、巨鳥ロックの住む岩場に登っていたんだ。そして……死んだ。」

 ぷふっと不謹慎に噴出して、スライムは続ける。

「ロックの卵と一緒に岩場から落ちた爺さんの死体は、卵に塗れて、だが飯だけはしっかりと握り締めて幸せそうだった……」

「死んだ、笑う、良くない。」

「そうか? いつもド暗く落ち込まれるぐらいなら、笑い話のネタにされたほうが、死んだ奴らも喜ぶと思うぜ?」

「ネタ?」

「難しい事は考えなくていい。例えば……母ちゃんは綺麗な人だったのか?」

「大人ユリ、似てる。髪、茶色。瞳、茶色。」

「そっか。じゃあ、すっげぇ美人だな。」

「母、巨乳。」

「は? あ……それは、その……今後に期待?」

「嘘。」

「嘘かよおおおおお!」

 ユリが1ミリほど笑顔になった。

「優しい、歌、子守唄。聞く、好きだった。」

笑顔のまま両目から、ぽろりぽろりと涙がこぼれる。

 スライムは、外皮を伝うそれに気付かないフリをして、不恰好に突き出した腕でその頭を抱き寄せる。

「一緒に遊んでもらったりもしたんだろ?」

「散歩、毎日。手、つなぐ……」

「他には?」

 スライムの声はただただ只管に優しく、とろんと気だるい眠気を誘う揺り篭のように、少女の心を揺すり続けた。


 その頃ヤヲは、珍しいピンク色のウィプスを掲げた首無デュラハンしの先導で、キスンナーの下水道を歩いていた。

「本当にあったんですね。『キスンナーの迷宮』。」

「これを見つけたのも、あの小童じゃぞ?」

 ただの下水道とは思えない、広く取られた足場。壁は石で必要以上に堅強に組まれ、かつては備蓄庫だったのであろう小部屋を、ここに来るまでにいくつか見た。

 そして何より、下水道の特性を生かしたここは複雑に入り組んでいる。

「はぐれるなよ? わしもここの調査中に、何度も遭難しかけた。」

「スラスラがここを見つけたって言いました?」

「ああ、もちろん偶然じゃあないぞ。普通、『宮』というのは、屋根のある建物を指すもんじゃ。どんなに街が入り組んでいようと、それは『迷路』に過ぎん。そこで小童は、この街で一番古い建物と、そこから繋がる下水に目をつけたんじゃな。何しろ大昔のこと、たかだか教会に地下式の下水など、金のかけすぎじゃろ。」

 太い本流の突き当たりは、五股に分かれていた。

「さて、これは教会のそれぞれの部屋に繋がっておる。敵サンの居る部屋に出てしまったらアウト。小童たちのところにたどり着ければ当りじゃ。」

 ぽんと肩を叩かれて、ヤヲが慄する。

「ええええええ、勘まかせですか?」

「お前サンなら、匂いとか気配とかで解るんじゃないのか?」

「私を、何だと思っているんですか?」

「そういえば、パンツがあそこに落ちて居ったということは、今の嬢ちゃんは裸……」

「ぬおおおおおおおお、あの変態スライムうううううううう!」

 がっと血走った目を見開き、ヤヲが走り出す。

「真っ直ぐな男じゃな。」

……あのひねくれ者の相方には丁度よかろうて。

 腕に抱えた首が、くつりと笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ