概念の暗殺と、五つの輝き
「――ということで、さっそく治療実験用のサンプル(人間)を拉致してきた」
「あんた、本当に人間……? 悪魔の間違いじゃないの?」
魔族領の隔離結界の前にて、紫髪ショートの風精霊・シルフが呆れ果てた声を上げた。
私の横には、最速の騎獣で人間圏の前線から極秘に拉致してきた四人の男女の兵士(アルマ、バルト、クロエ、ディアナ)が、目を血走らせて「魔族は敵だ……殲滅しろ……」とうわ言を漏らしながら拘束されている。
他種族連合の本陣には、エルフの女王・リアだけでなく、新たに五人の小さな契約精霊たちが集まっていた。
「わあ、これが狂っちゃった人間さん? なんだか可哀想……」
金髪おっとりリーダーの光精霊・エレナが心配そうに覗き込み、青髪ツインテールの水精霊・ミーナが「データスキャン完了。脳内の魔力回路が外からの怪しい電波で完全にノイズ塗れだよ!」と報告する。
ピンク髪のフローラと茶髪ロングのテラの双子精霊は、私が人間の金(ツケ払い)で買ってきた超高級ケーキを両手で幸せそうに頬張っていた。
「シルフ、文句を言う前に風の結界で外の精神汚染の電波を完全に遮断しろ。エレナとミーナは清浄な魔力の霧をこいつらに吸わせるんだ。……ほら、次の軍事費が欲しければ動いた動いた」
「もー! 人使い(精霊使い)が荒いんだから!」 精霊たちが文句を言いつつも完璧に連携し、清浄な魔力で脳の汚染を洗い流していく。
数分後、激しく痙攣した四人の兵士の瞳から濁りが消え、すっと正気を取り戻した。
「……あ、あれ? 俺は一体何を……? ここは……エルフの陣営!?」
「落ち着け。お前たちは異界の精神汚染で脳をバグらされていたんだ。俺が治療した。ここは話の通じる安全な場所だ」
拉致された元騎士のアルマや魔術師のクロエたちは、驚愕しつつも自分たちの脳にかかっていた不気味な呪縛が解けたことを即座に理解した。
リクの圧倒的な知性と世界の真実(過保護な魔族の防波堤)を知った彼らは、静かに頭を垂れる。
「……我々を狂気から救っていただき、感謝します。勇者様、我々に何を望まれますか?」
「お前たち四人には、人間圏への『公式伝令』になってもらう。王宮へ走り、『勇者様の大活躍により魔族の砦が陥落した、維持のためにさらなる予算が必要だ!』と大嘘の戦果を叫び続けろ。
正気に戻ったお前たちの目撃証言なら、あのバカな王宮は盲信して金を支払い続ける」
「なるほど……! 狂った王宮をATMにするための、完璧な無限機関……!」
アルマたちはリクのどこまでも悪辣で合理的なペテンに震え上がりつつも、「お任せください!」と不敵に笑った。
「よし、方針は決まった。残る最後の問題は、異界から来る『汚染獣の軍団』を迎え撃つための戦闘力(武力)だ」
ドワーフの族長・ブロッグが「やはり人間側の国費で大魔法の触媒を買い漁るべきか」と提案するが、私は即座に首を振った。
「いや、そんな大火力は必要ない。既存の魔法を、もっと効率的に使うことを提案します。……相手がどれほど異形のバケモノであろうと、無機物じゃない生き物である以上、血液や魔力を全身に巡らせる『循環組織(血管)』が必ず存在する。なら、それを一箇所でも、ほんの数秒止めることができればどうなる?」
その言葉に、エルフの指揮官・ガルディエル伯爵がハッとした。
「……脳や心臓への供給が止まり、組織が壊死、あるいは即座にショック死する……!」
「その通り。山を吹き飛ばすような大魔法をドカンと撃つから、コストも魔力も足りなくなるんだ。エルフの精密な風魔法、あるいはドワーフの緻密な金属操作を使って、【敵の体内にある循環組織を、ピンポイントでミリ単位で『結紮(けっさつ・縛ること)』する】。
これなら、子供の魔力でも巨大な怪物を一瞬で即死させられる」
「な、なんて悪魔的な……いや、恐ろしく洗練された戦術だ……!」 ブロッグが鍛冶師の血を滾らせて震え上がる。
実験用に捕獲されていた小さな汚染獣に対し、エルフの弓兵が放った極小の風刃が、頸動脈をピンポイントで遮断してみせる。ドスン、と巨体が1ミリの爆発音も立てずにショック死した。
「これなら、人間の金で買い占めた最高級の弓や矢が数本あれば、何万という軍勢を無傷で『殲滅』できる。
……さあ、二年の猶予をフルに使って、全種族(動物・聖獣・精霊含む)の連携と魔改造の修行(訓練)を始めましょうか」
人間の国費を無限にツケ回しして、魔族領には完璧な隔離結界が張られ、兵士たちには精神抗体の高級茶が配られ、他種族の軍勢は世界で最も効率的な殺人術を身につけていく。
勇者が勇気ある行動によって、狂った世界の予算で本物の防波堤を創り上げる、二年間の『自作自演の修行編』が、今ここに幕を開けた。




