白狼の女王と、人間の金で買う手土産
王宮から【国家最高通行証】と【最速の騎獣】、そして国家破産確定の【永久ツケ払いブラックカード】を毟り取った私は、その足で王都の一等地にある高級商店街へと向かった。
「これとこれ、あとそっちの棚のハーブティーと焼き菓子を全部くれ。支払いはこの証明で王宮直通だ」
「は、はい! 毎度ありがとうございます、勇者様!」 店員が恐怖と歓喜の入り混じった顔で頭を下げる。
人間の金で他種族(魔族)へ贈る最高級の手土産をバックパックがはち切れんばかりに買い占めた私は、王室専用の最速の騎獣に跨がり、一陣の風となって王都を後にした。
数日後。ガルディエル伯爵の案内のもと、私はグラディス砦のさらに奥深く――人間側が『地獄の魔王領』と呼んで恐れる、他種族連合の本国へと足を踏み入れた。
断絶の霧を抜けた先にあったのは、不毛の荒野などではなく、満天の星空と幻想的なオーロラが降り注ぐ、息を呑むほど美しい大樹の宮殿だった。
「これより、我が連合の最高意思決定機関にて、長との会合を行う。……心の準備はいいかね、勇者殿」
「ええ、もちろん」 ガルディエル伯爵に促され、私は宮殿の最奥にある、緑に囲まれた美しい庭園の間へと足を踏み入れた。
その瞬間――私は文字通り、目を奪われ、言葉を失った。
庭園の中央。神聖なティアラを戴いた、圧倒的な巨躯を誇る伝説の白狼。
その輝くほどに白い毛並みに身を預け、妖精たちと静かに戯れている少女がいた。
透き通るような白皙の肌に、夜空の星を溶かし込んだような深い瞳。
人間側の歪んだプロパガンダで『邪悪な大魔王』と呼ばれていた存在の正体は、あまりにも神秘的で、可憐なエルフの少女だった。
「グルルル……」 傍らに寄り添う白狼が、人間の匂いを察知して低く唸り声を上げる。
だが、少女は優しくその頭を撫でて宥めると、鈴が転がるような美しい声で私に微笑みかけた。
「ようこそ、人間の『正気なる勇者』殿。遠路はるばる、我が領域へよくおいでくださいました。私は他種族連合の長、エルフレディア・ルミナス」
「(……綺麗だ。化物? 魔王? 冗談じゃない。あいつらの言う魔族の親玉って、こんな可憐な女の子だったのか……!?)」
私は内心の動揺を隠し、平然とした顔でバックパックを下ろすと、中から大量の最高級ハーブティーと、極上の焼き菓子の箱をドサッとテーブルに差し出した。
「はじめまして、天城理久です。
人間側の狂った王宮から、あいつらの金でこれ以上ない最高の手土産を毟り取ってきました。
まずはこれを食べながら、これからの『世界を救う作戦』の会議を始めましょう」
エルフの女王――リアは、差し出された高級お菓子を不思議そうに見つめたあと、ぱちくりと目を瞬かせた。
「……これを、人間の王の財布から?」
「ええ、1セニ(通貨単位)も払っていません。全部あいつらのツケです」 私の型破りな挨拶に、リアは一瞬だけ呆気に取られたが、すぐにその小さな口元を信じられないほど腹黒く、そして最高にチャーミングに綻ばせた。
「くく……、ハハハ! 素晴らしい! 見た目はただの木偶の坊かと思えば、中身はとんでもない悪辣な軍師ですね。ガルディエルから話は聞いていましたが、これほどとは」
リアは慣れた手つきで焼き菓子を口に放り込み、「美味しい」と少女のように目を細める。
だが、その瞳の奥には、何百年もの時を生き、数多の種族を束ねてきた冷徹な政治家としての知性がギラリと輝いていた。
「いいでしょう、リク殿。君が持ってきた甘味に免じて、我が連合の最高機密を共有します。……君は、なぜ我らが人間をこうして押し込めているのか、本当の理由を知りたいのでしょう?」
お茶を啜るリアの表情から、ふっと笑みが消え、会議室の温度が急激に下がった。
いよいよ、この世界の前提をひっくり返す『全部盛りの絶望』が、彼女の口から語られようとしていた。




