不穏なる茶会
グラディス砦の後方に設営された、他種族連合軍の本陣。
張り詰めた空気が漂う天幕の中で、私は椅子に腰掛け、差し出されたカップを口に運んでいた。
漂うのは、清涼感のある上質なハーブの香り。 一口含むと、張り詰めていた神経がすっと解きほぐされていくのが分かった。
毒など入っていない、至って普通の、そして酷く贅沢なお茶だ。
テーブルを挟んだ対面には、軍服を優雅に着こなしたエルフの男――前線指揮官であるガルディエル伯爵が、値踏みするような視線で私を見つめていた。
「……驚いたな。人間の生存圏から、これほど理性的で、我らの言葉を正しく解する者が現れるとは。君は一体何者かね?」
「向こうの狂った王宮には『勇者』として召喚されました」
私が平然と答えると、周囲の護衛のエルフたちが一斉に体を強張らせ、腰の剣に手をかけた。
ガルディエル伯爵もまた、わずかに片眉を跳ね上げる。
だが、私は動じずにカップを置いた。
「安心してください。戦う気はありません。彼らの言う勇者の役割が『何も考えずに大陸規模の殲滅魔法の引き金を引く生体兵器』だと気づいたので、アホらしくなって脱走してきたんです。あいつらの脳筋で非効率な自殺行為に付き合って、一緒に滅ぼされてたまるか、とね」
私は、自分が王宮で見た「壊れたラジオ状態」の異常、そして街の人間までもが「魔族」や「他種族」という単語に触れた瞬間に思考を強制終了される世界のバグ(仕様)について、理路整然と説明した。
私の言葉を聞くうちに、ガルディエル伯爵の顔から険しさが消え、代わりに深い驚愕と得心がいったような落胆が広がっていく。
「なるほど……! それで、全ての合点がいった……」 伯爵は深く溜息をつき、額を手で押さえた。
「我が連合がどれほど国境線で『和平交渉』を提案しても、彼らは一言も聞かず『殲滅だ』と突撃してきた。
言葉が通じないのではない、そもそも彼らは、我らの言葉を聞くことすら世界から禁止されていたのだね」
「ええ。だから、あいつらの言う通りに魔族を物理的に全滅させても、生態系が死んで人間側も自滅するだけです。会話が通じるあなたたちと戦う理由なんて、正気ならどこにもない」 そこまで言って、私はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「そこで、提案があります。どうですか、あの狂った王宮のシステムを逆に手のひらで転がして、合法的に物資と権限を毟り取る『軍事同盟』を組みませんか?」
「……人間をハメる、だと?」
「私は一度、あの国に『凱旋』します。『勇者としての責務を果たし、魔族の拠点を平伏させた』と大嘘を報告するんです。あいつらの脳は『魔族の殲滅』というワードにだけは無条件で従う。私が戦果を挙げたと盲信すれば、国を挙げて大祭り騒ぎになり、私にさらなる権限と予算を与えるはずです」
ガルディエル伯爵は目を見張った。人間の勇者が、召喚された初日に魔王軍(他種族連合)の軍師のような提案をしているのだから当然だ。
「私が引き出した国の予算(無限のツケ払い権)を使えば、あなたたちの防衛線を補強する最高の資材も、兵たちの物資も、すべて人間の国費で買い揃えることができる。人間側は『勇者様が魔族を滅ぼすために金を有効活用してくれている』と大喜びで金を払い続ける。血を一滴も流さず、あいつらの財布を空っぽにしながら、こちら側の戦力を極限まで高める完璧なハメ技(永久機関)です」
天幕の中に、しんとした静寂が落ちる。 エルフの兵士たちは絶句していたが、ガルディエル伯爵はしばらく私を見つめたあと――くく、と喉を鳴らして笑い始めた。
「ハハハ! 面白い、面白いな勇者殿! 人間が呼び寄せた最終兵器が、まさか我が連合にとって最高の詐欺師だったとは!」
伯爵は席を立ち、私に向かって右手を差し出した。
「君の言う『正気』とやらに賭けてみよう。これより我が軍は、君のペテンに全面的に協力する。まずはヤラセの『砦陥落』の舞台裏を整えようではないか」
「ええ、交渉成立です。……それじゃあさっそく、バカな王様たちからむしり取るブラックカードの手配を始めましょうか」
がっちりと握手が交わされ、異世界初の「狂ったシステムをハメるための秘密同盟」が結成された。
ここから、世界のルールそのものを欺く、偽りの勇者の大博打が幕を開ける。




