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:全自動害虫駆除の開幕

『罠の自動更新、間に合わないわよリク! 敵の動きが早すぎる!』


頭の中の伝令部屋に、風の精霊シルフの切羽詰まった悲鳴が響き渡った。

戦場が動き出した直後、リクたちは「究極の頭脳ひとつ」がもたらす、圧倒的な速度の暴力に直面していた。


敵の親玉であるフェイス・ネオには、迷いも、対話も、命令の伝達時間すら存在しない。

中継基地の現地調達を自滅コードで逆流されたと察知したその一瞬、何万という漆黒の害虫どもは、叫び声一つ上げずに完全同期して自らを解体。その場で『手足そのものを原材料にした中継基地』へと、目にも留らぬ速さで組み替わってしまったのだ。


だが、超知性体であるフェイス・ネオの無機質な顔の紋様は、それと同時にある違和感を正確に捉えていた。


『おかしい。我が軍の本隊の動き、中継基地の現地調達の試み……それら全ての行動に対し、まるで事前に仕様を書き換えられているかのように、寸分の狂いもなく的確な妨害が飛んでくる』


戦場全体のデータを一括で監視し、同時に最適化された指示を飛ばし続けているただ一つの司令塔がどこかにいる。


フェイス・ネオの白い仮面が、冷徹に戦場の魔力の流れを逆探知する。

その時、各地に一斉投入した分隊の通信網から、防衛線の遥か後方、グラディス砦の奥深くにある頑丈な石造りの一角に、異常な密度で情報が集中している座標が知らされた。


『――見つけたぞ。あそこか!』


敵の親玉の無機質な顔の紋様が、獲物を見定めたように冷たく歪む。

すべてを一つの意識で動かせる敵は、すぐさまその座標へと、残された全エネルギーを集中させ、司令塔ごとリクたちを消し去るための超速のアップデートを仕掛けてきたのだ。


「チッ、こちらの本陣の座標が敵の親玉に割れたか……! 敵の仕様変更の速度が、こちらの予測を上回っている……!」

作戦室のリクは、ひどい頭痛を覚えながら卓上の地図を睨みつけた。


こちらが「無数の頭脳」で繋がっている分散チームである以上、危機が迫る極限の状況でも、どうしても現場には微かなズレが生じる。

リクが伝令部屋で指示を出しても、


『えーっ! ケーキのおかわりを今すぐ約束してくれないと、頭が回らないよー!』

と、光の精霊エレナが天然におねだりを挟んでコンマ数秒の遅れが生まれ、


「リク、敵の防護殻が想定より硬い! わしらの職人の勘では、出力を少し盛らねばあの再構築された基地は撃ち抜けんぞ!」

と、ドワーフの族長ブロッグが現場の判断で仕様書を無視して暴走しようとする。


『だめよブロッグ、出力を上げたらまた山がショック死するわ! 私の計算ではこのままで――』

と、魔術師の少女クロエがそれに反論し、頭の中のチャット空間がほんの一瞬だけ、議論で渋滞を起こす。


すべてが一つの意思で直感的に動き、司令塔をピンポイントで狙い澄ましてくる敵に対し、こちらはそれぞれの高い知性とプロの誇りがあるからこそ、意見がぶつかり、判断にわずかなタイムラグというバグが発生してしまうのだ。


そのわずかなズレを、フェイス・ネオは見逃さなかった。

自らを解体して建てられた新しい中継基地から、大気汚染の黒紫色の霧が、防衛線の隙間を突いてリクのいる作戦室へ向けて怒涛の勢いで吹き出す。

精霊たちの空気清浄のフィルターが、伝令部屋の混雑による遅れで一瞬だけ展開が遅れ、濃密な洗脳電波が他種族の兵士たち、そしてリクたちの目の前まで肉薄した。


パリィィィン!!! と、凄まじい音を立てて作戦室の硝子窓が粉々に吹き飛んだ。

「っ……!?」

濁流のように室内に流れ込んでくる、毎時五十ミリシーベルトを超える死の放射能と、脳を直接縛り付けようとする凶悪な洗脳電波。

あまりの汚染の濃さに、五大精霊たちが「息が苦しい、防護壁が破られる!」と悲鳴を上げ、ガバガバだった完璧な全自動システムが、一瞬にして内側から瓦解しかける。


『まずい、司令塔が汚染電波の直撃を受ける……!』

ガルディエル将軍の絶望の声。


だが、その遅れによる致命的なバグを、完璧に踏みとどまらせた現場の頭脳がいた。


「ハハハ! 慌てるな羽虫ども! 我の存在力の加護を忘れたか!」


最前線から、嵐のような速度で作戦室の前へと飛び込んできたのは、竜人美少女のオニキスだ。

彼女はリクの指示を待つことなく、自らの何百年も生きてきた絶対的な強者としての判断で、人間の千倍を超える圧倒的な生命エネルギーの防護壁を、リクとリアの目の前へ向けて爆発的に解き放った。


バチィィィン!! と、空間が割れるような音が響き、迫り来た敵の洗脳電波が、オニキスの黄金の加護に弾かれて虚空へと虚しく霧散していく。


『オニキス、最高のフォローです!』

リクが即座にチャットで叫ぶ。


『ふん、我へのご褒美の肉がかかっているからな! リク、これでお前が夜に語ったあの大言壮語の片棒を、我も半分担いでやったぞ! 貸し一つだからね!』


オニキスの現場判断による超速の盾。

それによって生まれた僅かな時間の猶予を、エルフの女王リアの腹黒い知性が完璧に捉えた。


『クロエ、ブロッグ、喧嘩はそこまでよ! 二人がどうしても火力を盛りたいなら、リクの仕様書に書いてある「敵の背脈管」の一点に、二人の魔力を完全に同期させて撃ち込みなさい! 職人の意地があるなら、そのズレを力でねじ伏せてみせろ!』


リアの女王としての、そしてリクの相棒としての柔軟な指揮が、現場のズレを瞬時に1つの最強の調和へと変えた。


「おうよ、女王様がそう言うなら、やってやるわ!」

「クロエ、お前の計算にわしのドワーフの腕を合わせる! いくわよ!」


クロエとブロッグの意識が、伝令部屋を通じてミリ単位で完全に同期する。

姿を消した精神ステルスのまま、二人の放った量産型結紮銃の十字砲火が、自らを解体して無防備になっていた敵の中継基地の骨組みのネジ一本へと正確に吸い込まれた。


プツン、という、奇妙に軽い音。

直後、オニキスの存在力で電波を無効化され、さらに結合部の歪みを突かれた敵の中継基地は、世界中に同時展開されたすべての分身にいたるまで、ドゴォォォン!!と凄まじい地鳴りと共に、建ったばかりのその巨体を内側からボロボロに自壊させ、音もなく光の塵となって砂漠へと還っていった。


『……な、何だと!? 我が軍が一瞬の隙を突き、完全同期の速度で司令塔を割り出し、そこに全ての汚染波長を集中させたのだぞ!? 何故崩壊する!? 何故現場の職人の勘ごときに、我が計算され尽くしたシステムの上を行かれるのだァァァ!!』


漆黒の霧の奥底で、フェイス・ネオは驚愕と恐怖に仮面を震わせた。

一つの完璧な頭脳がもたらす速度の暴力。

それを、無数の頭脳がそれぞれのプロの判断で補い合い、絆と信頼の元でズレを調和に変えて上回るという、多頭脳の圧倒的な強さが、敵の超速の仕様変更をまたしても大赤字へと叩き潰した瞬間だった。



それから、どれほどの時間が流れただろうか。

前線に敷き詰められた全自動の罠は、現場のズレを調和に変えた全軍の連携によって、最後まで冷徹に、完璧に機能し続けた。


落とし穴にハメられ、超高粘着ゲルに足を絡め取られた漆黒の害虫どもは、姿なきステルス軍隊の銃撃によって、文字通り作業のように、音もなく光の塵へと消し去られていった。

さらに、最高級の衣服を買い与えられて出力が限界突破した五大精霊たちの力により、戦場を満たしていた黒紫色の瘴気は、凄まじい速度で吸い上げられ、浄化されていく。

昼なお暗かった漆黒の空の端から、世界の美しい光が、少しずつ、けれど確実に差し込み始めていた。


害虫の駆除がいよいよ終わりを迎え、世界の勝敗が決しようとしたその時。


「――おのれ……おのれ、不条理なエラーどもがァァァ!!」


地響きのような大音声と共に、グラディス砦の目の前の更地が、爆発を起こしたかのように大きく裂けた。

湧き出す漆黒の霧のただ中から、ついに、異界の軍勢すべての意識を繋ぐ集合体の核――『フェイス・ネオ』が、その姿を現したのだ。


生物の持つ生々しさを一切削ぎ落とした、理知の結晶のような白い仮面。

その表面に刻まれた無機質な顔の紋様は、一族の全エネルギーを使い果たし、これまでにない大赤字を叩きつけられた絶望によって、歪に、激しく震えていた。


「よくも……我が一族の生存を懸けた大進軍を、ここまで完膚なきまでに叩き潰してくれたな! 許さぬ、お前たちだけは絶対に許さぬぞ!!」


伝説の古代竜すら凌駕するほどの、圧倒的な怒りのプレッシャーが戦場を支配する。

彼が放つ最大出力の黒い霧が、再び砦を飲み込もうと牙を剥く。

その姿を見た瞬間、二年間泥水をすすり、精霊たちのために「死をも恐れぬ冷徹で残虐な集団」へと生まれ変わった他種族連合の兵士たちの瞳に、ドス黒い炎が宿った。


「あの仮面が、全ての元凶かァァァ!!」

「精霊様を苦しめた害虫の親玉め! 骨も残さず縛り潰してやる!!」


ドワーフの族長ブロッグが斧を握り直し、エルフの将軍ガルディエルが剣を抜く。

怒りに震える全軍が、今すぐ敵の親玉へ向けて突撃しようと、殺気を爆発させたその瞬間。


「――全軍、そこまでにしてください」


他種族連合の熱狂を、一瞬で凍りつかせるような冷たい声が響いた。

歩み出たのは、天城リクだった。

リクは感情を完全に殺した、死んだ魚のような目のまま、激怒するフェイス・ネオの正面へと淡々と歩み出ていく。

そのリクの隣には、薄紫色の外套をまとったリアが、彼を信じ切った、けれど油断なく引き締まった笑みを浮かべて寄り添っていた。


「勇者様! 何故止めるのですか! あいつは俺たちの世界を汚染しようとした化け物ですぞ!」

「そうだ! 今すぐ八つ裂きに――」


「静かに」

リクは後ろを振り返ることなく、軽く手を上げて、狂信の塊と化した無敵の軍隊をその一言で完全に抑え込んだ。


「これより、当事者同士の最終決戦を行います。ここから先は、俺の見栄の領域だ。誰一人として、指先一つ出すことは許しません」



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■生存環境の二重定義(完全最終決定版)



「我が社のカードで決済したインフラ能力を、舐めないでいただきたい」


リクは手元で黒く輝く手形を指先で弄びながら、死の霧の残滓が自らの肉体をゴリゴリと削る激痛に耐え、喉の奥から湧き上がる血を強引に飲み下しながら、フェイス・ネオを冷徹に見据えた。


「お前たちの世界が滅びかけていて、もう他の星を探す余力もない。だからこの星を上書きするしかなかった。構造は理解しました。ならば、この星の地表を奪い合う必要はありません。お前たちが欲しいのは環境であって、この星の住民の命を奪うことそのものが目的ではないはずです」


「……何が言いたい、エラーの異界人よ」

白い仮面の奥から、フェイス・ネオの困惑した声が漏れる。


リクは、自分の後ろで静かに佇むエルフの女王――リアの姿を、一度だけ振り返った。

リアは可憐な美少女の笑みを浮かべたままで、けれどその瞳には、リクのすべてを全肯定する絶対の信頼が満ち満ちている。

胸の奥にある、生涯の誓い。愛する者の顔が浮かび、リクの魂に本物の勇気がみなぎる。

リクは再び正面を向き直り、不敵な笑みを深く刻み込んだ。


「俺のいた世界には、エネルギーを循環させて無限に動かす『永久機関』という概念がある。フェイス・ネオ、俺たちが注目したのは、お前たちの放った霧を完璧に浄化してみせた、我が社の精霊たちとオニキスの力だ。お前たちの放つ霧を精霊たちが吸い込んで綺麗に浄化し、その浄化によって生まれた魔力を、今度はオニキスの圧倒的な存在力を使って、再び元の霧のエネルギーへと変換して戻す。この大気が循環する永久機関のシステムを、この星の仕組みの裏側に構築する」


リクは、12話でクロエたちがやらかして完全な更地となった、あの広大な『グラディス裏連山』の跡地を指差した。


「まずは、あの消え去った山の跡地を、お前たちの新しい住処(隔離施設)にして、そこに小規模な中継基地を建てて過ごしてみないか? 無駄に分隊を各地へ出さなければ、大気汚染の消費も少なくて済むはずだ。俺たちの頭脳を、全軍の知恵を合わせれば、この永久機関のシステムは必ず完成する。俺の頭脳が焼き切れるのが先か、お前の一族の新しい未来が建つのが先か、この新仕様の提案書に、今すぐサインしろ!!」


一人の異界人が命がけでぶち上げた、壮大な永久機関の仕様書。

だが、超知性体であるフェイス・ネオは、ただの「いい子ちゃん」のように感動して握手をするような甘い存在ではなかった。


「……大気の浄化と変換の永久機関、だと?」


フェイス・ネオの白い仮面に刻まれた無機質な顔の紋様が、青白く、不気味なほどの理知の光を放って高速で明滅を始めた。

彼は、リクが提示した地球の知識(仕様)を一瞬で逆解析ハッキングし、その遥か上を行く、超知性体としての本当の『解答アップデート』を自ら導き出したのだ。


「フ、フフ……ハハハハハ! 素晴らしいぞ、天城リク! だが、貴様の提案はまだ効率が悪い! 隔離施設などという狭い檻に、我が無限の手足を閉じ込めておく必要などどこにもないではないか!!」


フェイス・ネオは傲然と両手を広げ、自らの白い仮面へ手をかけた。

ゆっくりと外された仮面の下から現れたのは、世界の住人とは全く違う、結晶の光を宿した、けれどどこか気高く美しい無機質な素顔だった。

彼はその瞳を輝かせ、リクの想像を遥かに超える、宇宙規模の生存インフラの図面を、大気の中へと光の記述で描き出してみせた。


「貴様が言った『異界と繋がる巨大な裏口ゲート』の仕組みと、その永久機関の記述を組み合わせる。――我が一族のすべての頭脳を同期させ、その裏口の記述を、この星の遥か上空、星の外(宇宙空間)へと巨大に広げて展開するのだ!」


「何……!? 宇宙だと……!?」

リクの目が、初めて驚愕に見開かれた。


「そうだ! 星の外側に巨大な裏口の膜を張り、この星を外から包み込むように監視・保護する『エネルギー循環システム(巨大な天殻)』を構築する!

我が一族の放つ霧のエネルギーは、星の上空で精霊の力によって浄化され、オニキスの存在力によって再び霧へと戻り、星の外側のシステムを無限に回り続ける!

地上の魔族どもから龍脈を奪う必要も、世界を汚染する必要すらない! 我らは星の外側で、完璧な永久機関の記述として、永遠に、最大効率で生存してやるわ!!」


ただ救われるだけの存在ではない。

リクの持ってきた仕様書を、自らの超知性で完璧な「宇宙インフラ」へと進化させてみせた、フェイス・ネオの圧倒的な格好良さとプライド。


彼はリクの差し出した紙を受け取ると、自らの意思の紋様を刻み込み、静かにサインを交わした。


「認めよう、天城リク。貴様は我が一族の最大の障害であり……同時に、我らに星の外側という最高の新天地をもたらした、完璧なデバッガーだ」


フェイス・ネオの身体が、静かに光の塵へと変わり、上空へと昇っていく。

彼の一族の無限の手足(汚染外殻獣)や中継基地のすべてが、叫び声一つ上げず、完全同期の超速の速度で光の記述へと還り、昼なお暗かった漆黒の空の遥か上空――星の外側へと昇り詰め、世界を優しく包み込む「黄金の星のインフラ」へと、見る見るうちに書き換わっていった。


「「「うおおおおおォォォォォ――ッ!!!」」」

直後、他種族連合の全軍から、世界を揺らすほどの凄まじい大歓声が沸き起こった!

兵士たちが涙を流して拳を突き上げ、誰も死なない、二つの世界が救われた本物の奇跡に、世界中が歓喜の渦に包まれる。


『さすがは我の相棒ね! 素晴らしい手際だわ!』

脳内チャットで、オニキスが肉を豪快に放り込みながら大爆笑している。

『これで我の毎食の極上ステーキも永久無償ね! 素晴らしい!』


『ちょっとオニキス、まだ肉の話してるの!?……リク、本当にお疲れ様。最高に格好良かったわよ、私の勇者様』

歩み寄ってきたリアが、周囲の歓声に紛れて、リクにしか聞こえないほどの小さく甘い声で囁いた。

その白い頬は、昨夜のプロポーズの余韻を思い出したのか、ほんのりと赤く染まっている。


リクは上空で美しく輝く星の殻を見上げながら、自分がこれまでに張ってきた、すべての男の見栄が、完璧な現実として精算されたことを実感していた。


「……さて、リア。約束通り、人間の国で一番高級な店に行って、とっておきの美味しいケーキを奢らせてください。明日からの新しい世界の仕様書を、二人で一緒に書き上げましょう」


「ええ、喜んで。生涯、あなたの隣で付き合ってあげるわ」


腹黒い女王であるリアが、世界で一番愛らしい微笑みを浮かべ、リクの腕にそっと手を絡める。

理不尽なブラック企業を生き抜いてきた一人のサバイバーが、男の見栄と圧倒的な合理主義によって、誰も傷つけずに二つの世界をハッキングし尽くした、最高のハッピーエンドの幕引きだった。

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