エピローグ:残高無限の新しい日常
「……ん、魔族……魔族を……殲滅……」
かつて不気味な思考誘導の電波に侵され、壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返していたアードルフ王の口から、ついに、その不吉なうわごとが完全に消え去った。
フェイス・ネオとその一族が星の外側へ昇り、世界を包む黄金の殻へと書き換わってから、数ヶ月。
人間の国を覆っていた精神汚染の霧は、五大精霊たちの手によって、毎日の掃除のように淡々と、綺麗に清浄化され尽くしていた。
檻から出された人間たちは、自分たちがなぜあれほど狂った使命感に燃えていたのかを思い出すこともできず、
「なんだか、長い悪夢を見ていたようだ」
と、呆然としながらも、穏やかな日常の呼吸を取り戻しつつあった。
人間の心から、敵への恐怖や狂気が完全に抜けるまでには、もう少し時間がかかるだろう。
だが、リクは作戦室の窓からその様子を見下ろし、冷徹に、けれど満足そうに鼻を鳴らした。
「しばらく放置ですね。人間の頭の不具合が完全に直るまで、余計な刺激は与えず、ただ飯を食わせて経済を回させておけばいい」
そんなリクの手元には、今、一枚の黒いカードが握られている。
かつては王宮の目を盗んでハッキングし、大嘘のヤラセ報告で強引に維持していた、あの『国家予算無限ツケ払いブラックカード』。
だが今、王宮の監査システムも、王の承認も、すべてがリクの手によって完璧に合法化され、書き換えを終えていた。
もはや敵との戦いのために経費を精算する必要も、誰かに言い訳をする必要もない。
リクの手元には、契約で縛られることもない、文字通り『使い道が完全自由な、純粋なる国家予算の山』が、無限の残高として残されたのだ。
「さて、リク。この莫大な富、これから一体何に使うつもり?」
背後から、クスクスと楽しげな笑い声が響いた。
振り返れば、美しい正装に身を包んだ、エルフの女王リアがそこにいた。
その白い指先は、すでにリクの左手の薬指と、しっかりと、固く絡め合わされている。
二年の準備期間を経て、そしてあの決戦前夜の命がけの本気の告白を経て、二人の距離はもう、誰にも引き離せない唯一無二の絆へと収束していた。
リクはリアの指先の温もりを感じながら、ニヤリと、最高に不敵な男の見栄を浮かべてみせた。
「決まっているでしょう。まずは全軍を巻き込んだ、歴史に残る盛大な大宴会です。精霊たちには人間圏の高級ケーキを山ほど買い占め、オニキスには街一つぶんの極上肉をツケ払いで支給します。……そして、その次は」
リクはリアの体を正面から見据え、その腰を優しく引き寄せた。
「あの夜にプロポーズした、お前との盛大な結婚式(仕様定義)の資金だ。エルフの歴史にも、人間の歴史にもない、世界で一番豪華で甘い結婚式を、このカードの暴力でゼロから開発してやりますよ」
「ふふ、本当に見栄っ張りで、最高に格好良い私の勇者様ね。楽しみにしているわ」
リアは世界で一番愛らしい微笑みを浮かべ、リクの胸にそっと頭を預けた。
その時、リクの頭の中に直接響く伝令部屋(チャット空間)の片隅から、星の外側へと昇ったはずの超知性体『フェイス・ネオ』の、無機質で場違いな通信がプツンと飛び込んできた。
『──天城リク、我が一族のインフラ構築のついでに、貴様のいた元の世界へと繋がる帰還用のゲートの記述も、完璧に逆解析して復元しておいたぞ。どうだ、いつでも元の世界に戻れるが、転送システムを稼働させるか?』
良かれと思って提案してきた、空気の読めない超知性体の言葉。
その瞬間、リクの死んだ魚のような目が、ゾッとするほどの冷たい据わり方をした。
リクは伝令部屋の通信のスイッチを乱暴に叩きつけ、上空の星の殻へ向けて、盛大な逆ギレの怒声を怒涛の勢いでブチまけた。
「お前は馬鹿かフェイス・ネオ!! 誰がそんな、毎朝満員電車に揺られて、心を殺して理不尽に使い潰されるだけの地獄のブラック企業(元の世界)に好んで戻るかァァァ!!! 二度とその話を俺の耳に入れるな、記述ごと永久にデリートしろ!!!」
『な、何だと……!? 良かれと思って復元したのに、何故そこまで激怒されるのだ……!? 異界の労働環境、恐怖すぎるだろうが……!』
星の外側で、フェイス・ネオの無機質な顔の紋様が、あまりの剣幕にガタガタと震えて通信が切れた。
「もう、リクったら急に大声を上げてどうしたの?」
不思議そうに顔を覗き込んでくる、世界で一番大切な、生涯の伴侶。
リクはコホンと咳払いをし、リアの手をもう一度強く握り締めると、いつもの不敵な軍師の笑みに戻った。
「いえ、何でもありません。ただの不要なプログラムを片付けただけです。……さあ、リア。明日からの俺たちの新しい世界の予定表(日常)を、二人で一緒に書き上げに行きましょう」
理不尽な環境を生き抜いた一人のサバイバーが、男の見栄と圧倒的な合理主義によって、誰も傷つけずに二つの世界をハッキングし尽くした。
残されたのは、残高無限のブラックカードと、愛する妻、そして美味しいお菓子に囲まれた、最高に都合が良くて温かい、終わらないハッピーエンドの日常だった。
【祝・完全完結! 作者より愛を込めて】最後まで一気にお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました……!
私自身、途中で更新が止まってしまう作品へのモヤモヤが大嫌いだったため、皆様に「最高の読後感」をノーリスクで楽しんでいただくために、今回は全話を一挙に投稿し、同時に【完結ボタン】を押させていただきました!
理不尽なブラック企業を生き抜いた一人の社畜が、男の見栄と圧倒的な合理主義によって、大切な人の日常を守り、敵の生存環境すらも星の外側へ宇宙規模の永久機関として開発して救ってみせる。
『勇者とは?』に対する、リクとフェイス・ネオが導き出した一つの美しい仕様書(結末)、楽しんでいただけましたでしょうか。
もし「最高の寝不足になった!」
「リクの大演説に鳥肌が立った!」
「リアとのプロポーズからエピローグの甘さに身悶えした!」
「最後の元の世界への逆ギレに爆笑した!」と思ってくださったら、ぜひ画面下部にある【ブックマーク登録】と、【★★★★★(星評価)】をぽちっと押して、この作品の「お片付け(経費精算)」を完了していただけると、作者の胸の残高が無限に跳ね上がります!
皆様の熱い一票が、この後の新しい日常の予定表(もしやのハーレム外伝や、精霊たちのお仕置き部屋番外編など)を新しく記述するための、最大の動力源になります。
リクとリア、そして他種族連合の新しい日常を、最後まで見届けてくださり本当にありがとうございました! それでは、またどこかの仕様変更の席でお会いしましょう!!




