:軍師のブラックカードと、精霊たちのおねだり (概要)
魔王領の最高意思決定機関である大樹の宮殿。その一角にある、清らかな泉に囲まれた中庭で、私は数冊の書類を前にペンを走らせていた。
「もー! 人間さん、次の軍事費はまだなの!?」
「そうだぞ! 私たちの魔力を高めるための重要なプロセスなんだから、早く次のツケ払いを承認しろ!」
私の周りでキャッキャと騒いでいるのは、他種族連合の守り神である五人の小さな契約精霊たちだ。
ピンク髪のフローラと茶髪ロングのテラが、私の膝の上で「けーき! けーき!」と合唱している。
「静かにしろ。今、人間圏の高級菓子店から『王宮直通決済』で最高級特製ホールケーキを十個発注したところだ。一時間以内に最速の騎獣でここに届く」
「わーい! 人間さん大好きー!」 双子の精霊たちが大喜びで私の頬に抱きついてくる。
その横で、紫髪ショートの風精霊・シルフが、人間圏の最高級ブティックから届いたばかりの、フリルが山ほどついたシルクのドレスを身にまとい、顔を真っ赤にして私を睨みつけていた。
「な、何よこれ! こんなヒラヒラした可愛い服、異界の殲滅に何の関係があるっていうのよ! あんた、ただ私を着せ替え人形にして楽しんでるだけじゃないの!?」
「的外れなツッコミだな、シルフ」 私は真顔で、契約魔法のスクロールを指先で叩いた。
「お前たち精霊の魔力を最大まで高めることは、異界の脅威を前線で足止めし、人間圏への汚染を『殲滅』するために不可欠なプロセスだ。
そして、お前のようなツンデレ気質の個体は、可愛い服を与えられることで精神が安定し、風魔法の出力が十五パーセント向上するというデータが出ている。
よって、そのドレスの購入費は百パーセント『正当な軍事費』としてあの国にツケ回しできる。文句あるか?」
「な、なによその理屈!? ロジックがヤバすぎるでしょ……!」
シルフは絶句しながらも、手触りの良い高級ドレスの裾を嬉しそうにつまんで、顔を背けた。
人間側が「勇者様が魔族を全滅させるための聖なる儀式に、莫大な予算を有効活用しておられる!」と大喜びで金を払い続けている裏で、私は人間の国費で可愛い精霊たちを完璧に餌付けし、手懐けていた。
そんな私たちのドタバタした様子を、巨大な白狼の背に揺られながら眺めていたエルフの女王――リアが、くすくすと鈴を転がすように笑った。
「ふふ、相変わらず恐ろしい男だね、リク殿。君がブラックカードを切るたびに、人間たちの国庫から自動で金貨が吸い上げられ、我が国の精霊たちが丸々と太っていく。これぞまさしく、血を一滴も流さない経済的な殲滅だ」
「太らせてはいません、軍拡です」 私はハーブティーを一口すすり、リアの隣へ歩み寄った。
「それよりリア。二年の猶予の間に、他種族の兵たちに『血管を縛る精密暗殺術』を叩き込むのはいいが、一つ確認しておきたいことがある」
「何かな、我が軍師」
「異界の連中についてだ。フェーズ1で『大気汚染(瘴気)』を広げ、フェーズ2で『精神汚染』を起こし、フェーズ3で『軍勢』がやってくる……。彼らはなぜ、わざわざそんな面倒な三段階のプロセスを踏んで侵略してくるんだ?」
私の問いに、リアは少し悲しげに目を伏せた。
「神託によれば、それが彼らの『生態』だから、としか言えないね。毒の光を放ち、世界を黒い瘴気で満たしながら進軍してくる」
私は腕を組み、脳内のロジックの歯車を急速に噛み合わせていった。
精神汚染。大気汚染。その中でしか生きられない、変異した汚染獣。
「……待てよ。なぜ、わざわざ『大気を汚染してから』軍勢が来るんだ? 圧倒的な武力があるなら、汚染なんて待たずに最初から軍勢で踏み潰せばいいはずだ」
「それは……」
「理由は一つ。――奴らは、その【黒い瘴気(大気汚染)のなかでしか、まともに活動できない】んじゃないか?」
私の言葉に、リアの美しい瞳が大きく見開かれた。
お菓子を食べていた精霊たちも、ピタリと動きを止める。
「奴らにとって、この世界の清浄な空気は、人間にとっての毒ガスや宇宙空間と同じなんだ。だから彼らは、自分たちが呼吸し、活動できる環境へとこの世界を『テラフォーミング(環境改造)』しながらじゃないと、進軍してこられない。前線からじわじわと瘴気を広げていたのは、領土拡大のためじゃない。自分たちの『呼吸圏』を広げていただけだ」
「なるほど……!」リアが息を呑み、拳を強く握り締めた。
「だから、我が連合が国境線で必死に防波堤となり、汚染の拡大を防いでいたのは、奴らの『足場』を奪うことになっていたのだね……!」
「そういうことだ。これでパズルの最後のピースがハマった」
私は不敵に笑い、世界地図の上にペンを突き立てた。
「だったら、人間の金(国家予算)で建てているあの巨大な『空気清浄・遮断のステルス結界ドーム』。あれはただの防護壁じゃない。奴らにとっての【酸素を奪う処刑室】になる」 バケモノどもが二年後、瘴気の波と共に意気揚々と攻めてきた瞬間、私たちは人間の国費で完成させた無敵のドームを起動する。 ドームに触れた瞬間に瘴気は一瞬で浄化され、異界の軍勢は「息ができなくなってパニックを起こし、弱体化する」。
そこを、全種族の連携によるミリ単位の『血管縛り魔法』で、プチプチとノーコストでショック死させていく。
「相手の『呼吸』という生命活動の根本をシステムごとへし折る。これ以上の効率的な殲滅があるか?」
「リク殿……君は本当に、敵に回したくない悪魔だね」 リアは呆れ果てたような、しかしこれ以上ないほど頼もしい笑みを浮かべて私を見つめた。
「人間さん、ケーキ届いたよー!」 光の精霊エレナが、大きな箱を抱えて空から降りてくる。
「よし、軍資金の(美味しい)成果だ、みんなで食おう。しっかり食って魔力を蓄えろ。
二年後、やってくる哀れな酸欠のバケモノどもを、一匹残らず沈黙させてやるからな」 人間の財布を燃料にして、魔王領に「最悪のトラップ要塞」が着々と築かれていく。
勇者による二年の修行編は、世界をハメる最高の笑顔と共に、極めて順調に進んでいた。




