天才技術者たちの衝突と、山が消えた日 (概要)
異界のバケモノどもが『黒い瘴気』をテラフォーミングしながら進軍してきている――その本質を見抜いたことで、他種族連合の戦略は一変した。
「なるほど、奴らは大気を汚さなければまともに動けない。だが……」
ドワーフの族長、ブロッグが白髭を厳つく震わせながら、作業場の図面を見つめた。
「リク殿。なぜ奴らは、この二年間で一気に瘴気を広げて攻めてこないのだ? 二年から五年などという、そんな曖昧な猶予がある理由は何だ?」
「簡単な理由ですよ、ブロッグ」 私は、人間圏からツケ払いで大量に買い占めた高級エールを、ドワーフの職人たちに差し出しながら答えた。
「奴らも一気に環境改造をしたいはずだ。だが、この世界の元々の大気や、エルフたちの自然魔法、精霊たちの存在そのものが、奴らにとっての『中和剤』として無意識に抵抗している。だから思ったより瘴気が広がっていない。……言わば、向こうも環境汚染の進捗が遅れて焦っている状態なんです」
「ガハハ! なるほどな! 向こうも環境保護団体に邪魔されて、工事が遅れとるわけか!」 ブロッグは豪快に笑いながらエールを喉に流し込んだ。
猶予が最大で五年まで伸びる可能性が出てきた。だが、だからこそ、この隙に奴らを完封するための『切り札』を完成させなければならない。
「よし、雑談はここまでだ。クロエ、例の『結紮銃』の試作はどうなってる?」
私が作業場の奥に声をかけると、正気に戻った人間の魔術師の少女――クロエが、目の下にクマを作りながら、一本の奇妙な長銃を抱えて現れた。
「でき、できました……! リク様の『循環組織をミリ単位で遮断する』という理論を形にした、対・汚染獣用魔導ライフル一号機です。ですが……!」
クロエがドワーフのブロッグをキッと睨みつける。
「ドワーフの技術陣が、私の魔力回路の組み方に文句ばかり言ってくるんです! もっと出力を上げろ、火力を盛れって! この銃に必要なのは精密性なのに!」
「バカ言え、小娘!」ブロッグが拳で机を叩いた。
「どれだけ精密に血管を狙おうが、弾丸そのものの速度と貫通力がなけりゃ、バケモノの硬い皮膚を破れんだろうが! 火力はロマンだ!」
「大火力は大味になって魔力を無駄遣いするって言ってるでしょ! この脳筋ドワーフ!」
「なんだと、この口先人間め!」 人間の天才魔術師と、ドワーフの最高峰の鍛冶師。
技術オタク同士の衝突で、作業場は爆発寸前の空気になっていた。
私はやれやれと首を振り、バックパックから一冊の目録を取り出した。
「二人とも、喧嘩をするエネルギーがあるなら、これを使え。人間圏の王宮の国庫から(ツケ払いで)取り寄せた、最高級の魔導金属オライハルコンのインゴットと、純度百パーセントの精霊石だ。予算は無限にある。
クロエの言う精密な魔法回路を、ブロッグの言う最強の金属で包めば、皮膚を音速で貫通しつつ、体内で一ミリの狂いもなく血管を縛る最強の銃ができるんじゃないか?」
オライハルコンの輝きを目にした瞬間、二人の目が完全に変わった。
「お、オライハルコンだと……!? こんな伝説の金属を、あのバカな王の財布から……?」
「これだけ純度の高い精霊石があれば、私の精密制御回路を何層も重ねられる……! ブロッグ、今すぐ炉に火を入れなさい!」
「おうよ! 小娘、叩き潰すような真似はさせんぞ、最高のバレルを打ってやる!」
人間の国費を燃料にして、いがみ合っていた二つの種族の技術が、奇跡的な融合を果たしていく。
数日後。完成した試作一号機のテストを行うため、私たちは魔族領の荒野へとやってきた。
射手として銃を構えるのは、風の精霊シルフを隣に連れたクロエだ。
「リク様、行きます……! ターゲットはあそこの岩山!」
「おい、待てクロエ。今回は循環組織のシミュレーションだから、出力は最小に――」 私が言い切るより早く、クロエが引き金を引いた。
――カシャァン。 ブラックカードが決済された時のような、静かで冷徹な金属音が響く。
次の瞬間、爆音も光線も何もないまま、遥か先にある巨大な岩山が一瞬で不自然にねじれ、内側からペシャンと押し潰されるように――文字通り消滅した。
「「「……………………え?」」」 あまりの光景に、私、ブロッグ、そしてシルフの全員が硬直した。
「……クロエ。お前、今何を狙って、何を『縛った』?」 私が冷や汗を流しながら尋ねると、クロエは銃を抱えたまま、ブルブルと震えながら答えた。
「え、あ、あの……岩山のなかに流れる『大地の魔力の循環組織(龍脈)』をピンポイントで遮断したら、岩山そのものの存在維持(生命活動)がショック死して、消し飛びました……」
「だから大火力はいらないって言っただろうが!!」私は思わず叫んだ。
「そんなもの前線で連射してみろ! 異界のバケモノだけじゃなくて、大陸そのものがショック死して消滅するわ!」
「ガ、ガハハ……! 凄まじいな人間の小娘! これぞ最高の火力、いや最高の結紮だ!」
「ブロッグ、お前が火力を盛れってそそのかすからでしょ!」
「あ、あんたたち本当に悪魔ね……。異界のバケモノがちょっと可哀想になってきたわ……」 シルフが顔を引きつらせてドン引きしている。
人間の国家予算を無限に注ぎ込んだ結果、他種族連合の武器開発は、私の想定すらも遥かに超えた『神殺しの超科学』へと足を踏み入れつつあった。
「……ハァ。二年の猶予があって本当に良かったよ。その間に、出力を極限まで下げるセーフティ(安全装置)を徹底的に作り込ませるからな、二人とも」
人間の王宮が「勇者様への追加の武器開発予算、喜んで承認いたします!」と貢ぎ物を送り続けている裏で、異界のバケモノどもを迎えるための『最悪の即死兵器』が、着々と量産体制に入っていくのだった。




