245、いない
リーリアの視点
部屋の空気は、重たかった。
誰も動かない。
誰も、何も言わない。
なのに――
なにかが、確実に進んでしまった気がした。
私は、何一つ考えることができなかった。
「一つになる」と言われた意味も、セレアが俯いた理由も。
――でも、そんなことより……
お父さんが私を見てくれないことが、何より胸を締め付けてくる。
(……なんでこうなってしまったの?)
この部屋に入る前にまでは、あんなに楽しかったのに。
これから皆んなでカオスを倒すって話をするんじゃなかったの?
どうして…………
でも……もうきっと。
(もとには戻れないんだ……)
理由はわからないのに、それだけは、はっきりと感じてしまった。
自然と私の視線も下に落ちてしまう。
「……リーリア」
お父さんの声だった。
はじめて、私の名前を呼んだ。
胸が、ぎゅっと鳴る。
私は反射的に顔を上げた。
やっと、目が合うと思った。
でも――
お父さんの視線は、
私の“少し横”を見ていた。
「少し……外で待っていてくれるか」
お父さんの声。
優しいはずなのに、胸の奥が冷たくなった。
「……どうして?」
どうして私の目を見てくれないの?
言う勇気がなかった。
もしそれで拒絶されてしまったら、私はもう――
――隣で、誰かが動く音がした。
「……リーリア、行こう」
アナスタシアだった。
私の手を、ぎゅっと掴む。
強くて、迷いのない力。
「でも――」
言いかけた私に、アナスタシアは首を振る。
「今は行こう」
そう言って、私を見る。
優しい目だった。
私は涙があふれてきた。
「……わかった」
誰も、何も言わなかった。
言えなかった。
セレアは、俯いたまま。
レヴィアは、唇を噛んでいる。
そして――
お父さんも――
「……行こう、リーリア」
アナスタシアに引かれるまま、歩き出す。
扉の前で、一度だけ振り返った。
お父さんは――
――私を見ていなかった。
でも。
その背中は、
今まで見たどんな背中よりも――
孤独そうだった。
扉が閉まる。
音が、やけに大きく響いた。
アナスタシアの手は、とても温かかった。
私とアナスタシアは、部屋の外に出た。
そこは、十階層。
いつもと変わらない――
星が瞬き、光が静かに流れる、綺麗な擬似宇宙空間だった。
何も変わっていない。
なのに、胸の奥だけが、ひどく冷たい。
「……リーリア」
アナスタシアが、少し無理をした声で言う。
「お姉ちゃんと一緒に、モンスターでも狩るか? 私もな、少しは強くなったんだ」
明るく言おうとしているのが、痛いほどわかった。
でも――
今の私には、どうしても笑えなかった。
「……そんな気分じゃない」
それだけ言うと、アナスタシアは視線を落とし、それから、しゅんと肩を落とした。
「……すまない」
小さな声。
「私は不器用だからな。こういう時、どうしたらいいのかわからないのだ」
アナスタシアの手が、私の手を握る。
強くて、温かい。
決して離さないという、意志を感じる力強さ。
私はその手を、少しだけ強く握り返した。
「……ありがとう」
それだけで、精一杯だった。
――
少しだけ、落ち着いてきた。
頭が、ほんの少し動く。
セクトの言葉。
「一つになる」という意味。
私がセレアの大樹だということ……
そして、お父さんが、あんな顔をした理由。
全部はわからない。
でも――
(もしかして、お父さんは……)
考えたくない答えが、輪郭だけを持って、胸の奥に浮かび上がる。
そのとき。
部屋の扉が、勢いよく開いた。
「――リーリア!」
ナルリースとシャロだった。
二人とも顔色が、真っ青だった。
「大変よ! ベアルさんが――!」
嫌な予感が、確信に変わる。
私はアナスタシアの手を引いて、部屋に戻った。
――
中は静まり返っていた。
さっきまでいたのに。
今は誰もいない。
そして――
お父さんも。
そこにあったのは、さっきまで人がいたはずの、静かな書斎だけ。
椅子はそのまま。
本も、散らかっていない。
まるで――
最初から、誰もいなかったみたいに。
「……お父さん?」
静まり返った部屋に、声だけが響く。
返事は、なかった。
理由も。
行き先も。
何一つ、わからないまま。
ただ一つ、わかっていることがある。
――――お父さんは私を置いていった。
「お父さん……どうして…………」
私はその場で崩れ落ちる。
なにもわからない。
頭は真っ白になった。
――誰かが私の体を揺すっている。
でも、体が動かない。
もう、どうでもよかった。
私はゆっくりと……目を閉じた。
これで4章はお終いです。
長い期間あけてすみませんでした。
この物語は5章で完結します。
よろしければ最後までお付き合いください。




