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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第三章~ 「神のご加護があらんことを 」(前編) 3

 小屋に戻ると、またタタンが茶を淹れてくれた。ここのところずっと独りだった彼は、この場に四人も居ることが嬉しくてたまらないのだ。彼自身はあまり菓子は食べないのに、お茶請けまで買ってきていた。

 「今夜は、泊まっていくだろう?」

 にこにこと言われると、逆らえない。断ればきっと、捨てられた大型犬のような瞳をするに違いない。先を急ぎがちなシンさえも、断っては悪い、と思った。

 「そうだ、今日だけと言わず暫く休んでいくといい。君たちも、長旅で疲れたろう?」

 その邪気の無い穏やかな笑顔を向けられて、リディウスは納得した。これは確かに、ジズでなくとも甘えたくなってしまう。

 「俺としても、もっと兄と一緒に居たいな……ね、シン?リディ?」

 ねだるように、いや、実際ねだりながらジズは小首を傾げて子供たちを見る。シンは溜め息をついてから、タタンに向き合った。

 「……二日ほど、世話になっても良いだろうか?」

 「うん、大歓迎だ」

 タタンは心の底から嬉しそうに微笑む。つられてジズもリディウスも笑顔になってしまった。

 その後、「ジズは刺身が好きだったな」、と張り切ったタタンは海に出かけ、夕方には魚に貝に巨大な海洋生物に……ありとあらゆる海の幸を獲って戻ってきた。育ち盛りが三人(内、一名は自称)居るにしても、とんでもない量である。一緒にくっついて行ったジズも、「楽しくってついつい」獲りすぎに気付かなかったらしい。この時期、この付近ではあまり魚は獲れないはずだが、何をするにも基本的に器用な一族である。

 「ちょっと、お裾分けに行ってくるから。帰ったら一緒に食べよう」

 相変わらず穏やかに微笑みながら、魚を持った籠を手に、そして自分よりも大きい海洋生物を軽々と肩に担いでタタンは町へ出かけていった。ジズも子供たちも見たことがない生物だったが、漁師の町であるここレキシスでも極々稀にしかお目にかかれないらしい。おまけに狂暴なため、老人ばかりのこの町ではもう何年も水揚げされていないという。希少価値と見た目にそぐわぬ美味が相まって売れば相当の高値がつくのだが、タタンは言葉どおり、無償の「お裾分け」に出かけたのである。親切にしてもらっている町の人たちへの、せめてもの恩返し。

 タタンが留守の間、ジズは新鮮な魚を捌き始めた。新鮮な魚がよっぽど嬉しいのか、鼻歌もいつにも増して軽快。無駄に器用なこの男は、皿の模様が透けるばかりに薄く魚の身を捌き、綺麗な円形になるように盛り付けていく。これが「サシミ」というものだろう。生魚を食べる習慣がないため、リディウスは訝しげにジズを手伝う。その横で、シンは非常食用に干物を作ろうと、魚を開き始めた。大雑把だが、気にはしない。

 「そうそう、採れたてだし、これも生でいこう!」

 今夜の分の魚を捌いた男が、嬉しそうに貝を取り出す。と、急にリディウスは大声を上げた。

 「だ、駄目です!僕、それは食べられません!!」

 「え?嫌いなの?」

 激しい反応にやや驚きながら、ジズは少年の顔を覗き込む。

 「いえ、そうでなくて。その貝は生で食べてはいけないんです」

 「大丈夫だよ。新鮮だから……」

 「いえ、あの、戒律で禁じられているんです」

 エルレス教で、唯一禁じられている食べ物。それは、まさしく今男が手にしている、生の貝。

 ジズは暫く神妙な面持ちで堪えていたが、我慢できなくなったらしい。

 盛大に、吹き出した。

 「な、なんですか!?」

 「く、くくっ……いや、ごめん、だって……くくっ、もうダメ!あっはっはっはっは!!」

 笑いながらばんばんとシンの背中を叩く。

 「……なんだ?」

 全くもって会話に参加していなかった彼女は、状況を掴みかねて眉をひそめた。ジズはまだ笑っている。

 「ジズさん!!」

 「ご、ごめん」

 なんとか笑いの衝動を抑えようと無駄な努力をしながら、ジズは手をひらひらさせる。

 「別に君の宗教を馬鹿にしてるんじゃないからね?ちょっと……こっちの、話、で……」

 そこまで言って、再び爆発。

 娘は呆れたような一瞥をくれて干物作りを再開したが、少年はなんともいえない気分で立ち尽くした。何なのだろう?何がそんなに可笑しいのだろう?

 

 ややあって、タタンが酒の入った壷を片手に戻ってきた。貰ったらしい。

 「遅くなってすまなかった。おばあさんたちに泣かれてしまって……」

 困ったように微笑む。『まさか生きているうちにまたこれが食べられるとは思ってなかったよ』、と喜んだ老人の一人が、『ウチの人にも食べさせたかったねえ……』と泣き出してしまったのだ。まさか泣かれるなんて思ってもいなかったタタンは、今までおろおろと彼女たちを慰めていたのだった。

 「意外と女泣かせなんだね」

 すっかり笑いのツボから復活したジズが、実に嬉しそうに酒を受け取りながらからかうと、タタンの方こそ泣きそうな顔をした。

 「……」

 何も言えないらしい。悪いことをしたのではないのだが、人を泣かせてしまって心苦しいようだ。

 「……ごめん、兄は何も悪くないです俺が悪いですむしろ俺が女泣かせです」

 可哀想になってジズが頭を下げた。願望の混じった告白までしている。ジズも、タタンに弱いのだ。

 なにはともあれ、四人は狭いテーブルを囲んだ。その上いっぱいいっぱいに海の幸が並べられ、夕食が始まる。誰かと食卓を囲むのが本当に嬉しいらしいタタンは、笑顔が途切れない。あれやこれやと皆の面倒をみている。

 「あ!そうそう!」

 そのすぐ横で甘えられるだけ甘えていたジズは、タタンに先ほど手にしていた貝を差し出した。

 「ねえ、知ってた?俺もさっき分かったんだけどさ……」

 子供たちが食べることに専念しているのをちらりと確認して、彼の耳元に口を寄せて何かを囁く。

 「……の正体ってね」

 にやりと笑いながら言を紡ぐ。

 「ゲンスイ爺ちゃんだよ」

 「え!?本当か!?」

 タタンの表情が微笑から驚愕に変わった。

 「うん。だって、エルレス教では生でこれ食べちゃ駄目なんだって」

 手にした貝を手の上で転がしながら、ジズはまた笑い出しそうだ。

 「ああ、そういえばゲンスイ爺、若い頃これに中ったって云ってたな」

 タタンも、同様。暫く二人して神妙な顔で向き合っていたが、

 「……っふ」

 「……あはっ」

 吹き出した。堪えきれなくなって、肩を叩き合って笑い始める。子供たちが驚いて彼らを見るが、二人とも息も絶え絶えに笑いつづける。

 「……どうしちゃったんでしょう?」

 「気にするな。何もかも理解する方が難しい」

 「はあ……」

 不審なものを見る目つきで彼らを見守る少年だったが、その横に居る娘にとっては男二人が大笑いしていることよりも、意外に美味い「サシミ」の方が関心事だった。

 そして夜。二つしかないベッドは子供たちに譲り、同族の二人は床に雑魚寝することにした。言えば冗談でなく本当にしてくれることが分かっていたので、流石にジズは「腕枕して?」とおねだりすることもせず、大人しくタタンの横で寝そべっている。

 「ジズ、そういえば」

 子供たちを起こさないように小声で、タタンははとこに声をかけた。

 「なぁに?」

 「……シスイには、逢ったか?」

 遠慮がちに訊いてくるタタンに、ジズは眉根をひそめる。

 「逢ってないよ」

 っていうか逢いたくない。

 「そうか……」

 タタンは哀しそうな顔をする。そういう顔をされると、ジズは弱い。

 「で、でも相変わらずなんじゃない?」

 「……それも問題なんだ……」

 表情の翳りは消えない。

 「あいつとお前に、剣を教えたのは俺だからな……責任を感じているんだ」

 目の前に居る弟子の一人は、刀を捨てた。それは、構わない。人を殺すことに抵抗を感じての結果で、しかも自分や周りの者を守る手段を他に見つけたのだから。それは一向に構わない。

 だが。

 人を殺すことに抵抗を全く感じない、もう一人の弟子は?

 人を殺すことを生きがいにしてしまった、彼の従兄弟は?

 「タタン兄が悪いんじゃないよ。刀は使う者の心を表す、って兄が教えてくれたじゃないか」

 だから全面的にあいつが悪い!と思いながら、その従兄弟であるタタンを思い遣って口には出さない。

 ジズにとってはもう一人のはとこにあたる「シスイ」なる人物だが、正直、ジズは大嫌いである。同い年だが、性格は正反対だ。イイ歳してタタン兄を困らせるなんて、と己のことは綺麗さっぱり棚に上げ、ジズは頬を膨らませる。

 「うん……」

 すっきりはしていないが、ジズに心配をかけるのもいけない。タタンは無理に微笑むと、はとこの髪をくしゃりと撫でた。子供の頃からちっとも変わらない扱い方をしているのだが、本人に自覚は無いし、相手もそれを心地よく思っている。

 「もし逢っても、なるべく喧嘩はしないでくれ」

 「ラシャにも云われたよ」

 「はは……だが、本当に。どちらが怪我をしても、哀しい」

 「う……」

 タタンには、この人を哀しませてはならない、と思わせる何かがある。

 「あいつに、よるよ」

 じっと見つめられ、ラシャに返したのと同じ返事を口に出すのにも、やや躊躇う。しかし、「大丈夫!喧嘩なんてしないよ」と言い切れる自信は無かった。

 「うん」

 タタンはもう一度彼の頭を撫でると、目を閉じた。

 「お休み。また明日」

 「うん、お休みなさい」

 応えてから、ジズは窓の方に目を遣った。高い位置に設けられた窓から、冴え冴えとした月の光が彼らを包むように注いでいた。


 月の光を斬るように、艶やかな紫を宿すその黒髪が、揺れた。幾千にも斬り分けられて、光は散る。

 麗人は不機嫌そうだった。乱暴に、しかし微かにも残さず手にした刀の血糊を払うと、そのまま円を描くように鞘に戻す。

 目の前に転がる肥えた肉の塊に、忌々しげな視線を送る。一瞬だが、動く自由を与えてしまった。おかげで描くはずの斬線が微かにずれ、服に返り血がついてしまった。二、三滴だが、彼の心に落とした雫はそんなものではない。

 不愉快だ。実に不愉快だ。

 彼は腹いせに肉を蹴飛ばそうと思ったが、思い返して足を引っ込めた。八つ当たりしていても、己の鍛練になるまい。目の前の肉は、動いているときは鈍重そうに見えた。それに対する自分の油断が招いた結果だ。自分がまだまだ未熟だということだ。

 よい勉強をさせてもらった……

 くく、と自嘲気味の低い笑いを漏らし、彼は背筋を伸ばした。

 「そろそろ、出てきても構わんぞ」

 誘うような彼の声に反応して、背後で驚く気配。誰かが自分を尾行つけていたことも、そしてその者が、人を肉に変える一部始終を見ていたのも知っている。

 彼の背後の物陰から、男が一人、警戒しながらにじり出た。

 「い、いつから気付いていた!?」

 最初から。応えるのも面倒で彼は振り向きもしなかった。

 「流石だな……噂には聞いていたが……」

 「無駄口は要らん。用件を言え」

 下手な尾行を撒きもせず、腕まで見せたのは、相手が「依頼」を持ちかけるだろうとの予測の下だった。案の定、

 「あ、あんたの腕を見込んで頼みがある!」

 聞き飽きた台詞だ。あまりに聞き飽きたので、不機嫌も相まって、癪だった。

 いっそ斬り捨ててしまおうか?

 くすくす、と笑う彼の心中を知ってか知らずか、男は続ける。

 「頼む!大きなヤマなんだ。どうか話だけでも……」

 言いかけて、止まった。目の前の麗人が振り向いたから。

 「何人、斬れる?」

 薄く、妖しく。その微笑が月に照らされる。男は我を忘れて見惚れそうになったが、好機を逃すまいと勢い込んで応えた。

 「三人だ!必要なら、それ以上でも!」

 麗人は、今度は穏やかとも言える微笑を浮かべた。

 「いいだろう。話を聞こうか」

 「ありがたい!しかしここではなんだ、近くの酒場にでも……」

 「分かった。連れて行け」

 よし。

 麗人は、密やかに笑う。

 退屈せずに済みそうだな。

 ついてくる気配を背中に感じ、男はほっと胸を撫で下ろした。ひとまず、乗り気にさせのだ。

 この、「裏」の世界でもっとも危険とされる男―――シスイ・ヤオヨロズを。

 撫で下ろしたその胸元からは、法王直属軍のエンブレムが覗いていた。


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