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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第三章~ 「神のご加護があらんことを 」(前編) 2

 その日の午後、まだ天高く陽は昇っている頃。シンとリディウスはタタンの小屋で留守番を任されていた。

 『タタン兄とお出かけしたいな~』

 とのことで、ジズはこの町に詳しいタタンに連れられて買出しである。

 「あの、シンさん」

 リディウスは神妙な面持ちで、ナイフの手入れに余念が無い麗人に話し掛けた。

 「なんだ」

 「あの……ジズさんとタタンさん、ちょっと、なんていうか……」

 「ああ、仲が良いな」

 微笑ましいことだ、と思う娘の横で、少年はなんともいえない表情。

 「ちょっと……仲が良すぎるような……」

 「良いことではないか?」

 「……」

 可哀想に、「常識」は周りの「非常識」に容易く呑み込まれてしまう。彼は、もしかして世間一般ではああいうものなのかな、とも思い始めていた。そんな訳はないのだが。

 それ以上考えるのはやめにして、彼はがさごそと荷物の中から古い聖典を取り出した。旅の合間に少しずつ読み進めている。保存状態も奇跡的によく、読むのに支障は無い。彼がそれを取り出すとシンは少し嫌そうな顔をすることもあるが、妨害はしない。久々にこんなにゆっくりとした時間が得られたのだ。今は思う存分、読もう。

 (それにしても……)

 彼はページを慎重に捲りながら、考える。

 この古い聖典は、所々今現在一般に読まれているものとは違う。人々に分かりやすくするために表現が変遷したのだろうという箇所もあるが、しかしそれ以前に、今の聖典に書かれていることが書かれていなかったり、書かれていないことが書いてあったり。

 (解釈で、補充したりしたのかな……)

 しかし、「解釈」とはする者によって、どうにでもできるもの。つまり、都合の良いように。シンが言っていた「政策」という言葉が脳裏にちらつく。

 (いいえ!いいえ!)

 それを追い払うように軽く頭を振る。神聖なる神の教えを、そういう俗っぽいことで曲げるなんて赦されるはずがない。解釈にしろ、それは正当に、人々のために為されたに違いない。

 (……でも)

 リディウスは聖典越しに、向かいに坐る娘をこっそりと見た。どうしても、気になることがあった。

 (この、「神託の一族」って……)

 現在の聖典に無く、この古い聖典にある記述。神と人を繋ぐ「神託の一族」についての記述が、どうも彼には引っ掛かる。

 『その一族はまさに神の使徒。褪せること無き美を纏い、永きときを移ろい、時に神の言葉を紡ぐ』

 詳しく読んでいると、その民族は人の倍以上も生きるという。そして美しく、一定以上歳をとらず、銀の髪、褐色の肌を持つという。普通であれば、所謂「天使」や「聖人」などと同様の伝説としか思えないのだが……目の前に、思い当たる人物が居る。

 (……そうなのかな?シンさんが)

 しかし、直接訊くのは躊躇われる。神をあれだけ嫌っている人間に「神託の……」などと訊いても嫌がられるだろう。

 回りくどく、確認してみようか。

 「シンさん」

 呼びかけると、彼女は手を止め、スッと顔を上げて真っ直ぐにこちらを見返してきた。続きを待ってくれている。

 「僕、シンさんの髪と目と肌の色の組み合わせって、初めて見たんですけれども」

 「うむ」

 「あの」

 そこでリディウスは止まってしまった。好奇心で訊こうとしたが、彼女に一族のことを訊くのはものすごく酷なことではないか、と気付いたのである。

 「どうした」

 「あの……き、綺麗ですよね」

 「……そうか?」

 「はい!とっても!」

 「そうか……」

 シンは手にしたナイフに目を落とすと、それを鞘に仕舞った。リディウスに向き直る。珍しく、おしゃべりをする気になったらしい。

 「お前の髪も目も、美しいと思うが」

 「え。そ、そうですか!?」

 初めてそんなことを言われて、少年はどぎまぎしてしまう。目の前の人はお世辞などを言わないことは分かっているから、余計に。

 「ああ。お前の髪のような空の日は、皆が晴天を祝って唄っていた。我らは地から地へ巡り往く民だったが、そんな日は遠くまで歩けたものだ」

 シンの方から、その一族について話し始めた。決して辛そうではない。穏やかに、懐かしむように、慈しむように。表情は普段と変わらず無表情とも仏頂面とも言えるが、雰囲気が和らいでいる。

 「どんな暮らしだったんですか?」

 「そうだな……」

 シンの口から、その民族性が語られた。不老長寿のことも。

 (うわ……じゃあ、本当に……)

 昔、神学校で少々問題児扱いされていた元気のよい同級生が、旅人に聞いたと言って誇らしげに

 『一番長生きの民族は、二百年くらい生きるらしいぜ!』

 と言っていたのを思い出す。その時はリディウスを含め、誰も信じなかったのだが……

 (凄い)

 再び武器の手入れを始めたシンを前に、リディウスは聖典をぎゅっと抱きしめた。

 (シンさんは、「神託の一族」に違いない!)

 彼の胸は高鳴る。だが、

 (……あれ?)

 彼は、そこで感動しただけでは終わらない。

 (じゃあ、なんで……その一族が、法王に殺されなきゃならなかったんだろう?)

 聖典から彼らに関する記述が削除され、存在を隠されたのも何故だろう。

 知りたい。

 それにきっと、知らなければならない。

 でも、目の前の人にそれを聞くのは、今度こそ憚られる。

 (ジズさんに訊いてみよう)

 自分より彼女と付き合いが長いのだし、何か知っているかもしれない。リディウスはそう考えることで一旦疑問を捨てて、再び聖典を捲り始めた。


 堤防の上で、猫がのんびりとひなたぼっこをしている。人が近寄っても逃げる気配はない。それをいいことに、ジズは猫のお腹を撫でて遊んでいた。すぐ横で荷物を抱えながら、タタンはにこやかに見守っている。

 「いい町だねえ、タタン兄」

 「うん。皆優しいし」

 近くを通り過ぎていく老婦人が二人に会釈した。二人とも穏やかに返す。タタンはすっかりこの町に馴染んでいるようだ。

 ジズが堤防の上に飛び乗って腰掛けると、腰に差した刀を先に堤防に乗せた上で、タタンも倣った。風は少し寒いが、よい天気だ。

 「終の棲家は、こういう町が良いな、と思ってるんだ」

 寂れた通りを眺めながら、タタンは呟く。

 「そうなの?」

 「うん。……ラシャは、嫌がるかもしれないが」

 「あはは、確かに」

 ジズも通りを眺める。実にのんびりとした町だ。

 「でも兄、『終の』、なんて気が遠くなるよ」

 「うん」

 ぽかぽかと太陽に暖められ、背中が温かくなるのを感じる。隣の猫は眠ったようだ。ジズはにやりと笑うとタタンの顔を覗き込んだ。

 「ね、なんでラシャと結婚したの?」

 「え……!!」

 唐突に訊かれ、タタンは顔から湯気を噴出さんばかりに真っ赤になった。ジズからすると、その反応が楽しくてたまらない。

 「い、いや、その……なんで、と訊かれても……す、す、好き、だから……」

 無意味に刀を触っているあたり、余程動揺しているのだろうが、大きな背中を丸め、消え入りそうな声で、でもちゃんと答えてくれる。ジズはこのはとこのこういうところも大好きだ。

 「へえ~!でも大変でしょ?ラシャと一緒だと命も体も幾つあったって足りないよね」

 「だけど、退屈はしない」

 まだ真っ赤なまま、タタンは微笑む。実にこの一族らしい答え。ジズやラシャとは言動が大違いだが、やはり血は争えないということか。

 「子供は、欲しい?」

 ジズが訊ねると、タタンの顔は今度こそ湯気が出そうになった。

 「で、でででできれば」

 「そっかぁ……生まれるとイイね。俺、『お兄ちゃん』になりたいよ」

 「……うん」

 二人は寂しそうに微笑んだ。彼らの一族にも、それなりの問題がある。性格や言動はひとまず置いておくとして、存続のかかった大きな問題。

 彼らの一族で、ジズより若い者がほとんど居ないのだ。

 「でもホントに良かったよ、ラシャとタタン兄が結婚してくれて。ラシャは落ち着きがないし、兄は落ち着きすぎだし。バランスがとれて安心だよ。本当におめでとう」

 「ありがとう」

 照れながら笑うと、タタンはジズの頭を撫でた。

 「俺は、お前が元気そうで嬉しい」

 そこで何を思いついたのか、

 「ちょっと見せてみろ」

 いきなりジズの服を捲り上げた。それほど日に焼けていない腹から胸が晒される。近くを歩いていた老夫婦がぎょっとした目を向けたが、慌てて目を逸らした。何らかの誤解がないことを祈るばかりだ。

 「な、なに?」

 突発的に意図の読めない行動をするところは、彼の連れの娘に似ているかもしれない。

 「いや……よかった、安心した」

 心底ほっとしたように微笑むと、タタンは丁寧に服を元に戻す。

 「怪我はしていないようだな」

 「そんな確認なら、口で訊こうよ。女の子以外に脱がされるとびっくりしちゃうよ」

 タタンは顔を赤くしたが、

 「そうするとお前は、怪我をしていても誤魔化すだろう」

 よく彼のことを分かっている者にしかできない発言をする。

 ジズは頭を掻いた。

 ああ、俺、何時までたっても心配かけちゃうんだなあ。

 「大丈夫、だよ、兄。俺、大人なんだから」

 「うん……」

 タタンからすれば、この歳の離れたはとこが心配でたまらない。今確認したが、昔負っていた大怪我の痕は、もう無い。だが、それは体だけのこと。

 「ジズ」

 「なに?」

 タタンの脳裏に、シンが浮かぶ。彼も、彼女がどういう民族なのかを知っている。永いときを許された民族だということを。

 そしてそのことが、このはとこをどうしようもないまでに傷付けてしまう可能性があることも。

 「……頑張りすぎるなよ」

 だが、彼はそれしか言わない。ぐしゃぐしゃとジズの頭を撫でた。

 「……うん、ありがと」

 ジズにも、彼の心配は伝わっている。心配してくれるけれども、自分の生き方を尊重してくれる。ラシャもタタンも大好きなのに、ラシャには逢いたくなくてタタンには逢いたかったというのは、この優しさの形の違いが理由だ。

 「さて、帰ろうか。あの子たちが待っているだろう」

 タタンは堤防から降りた。若い客人たちをあんまり待たせてはいけない。

 「あ、降ろして?」

 だがもうちょっと遊んでいたいジズは、ふざけながら彼に両手を伸ばす。幼児が抱っこをねだるポーズだ。

 「こらこら」

 それが「大人」のすることか?

 タタンは苦笑した。

 これだから、何時までたっても心配なんだ。

 苦笑しながらも、結局ジズに甘いタタンは軽々と彼の両脇を抱え上げて降ろしてやった。

 実は先ほどの老夫婦に目撃されていたのだが、二人は知らない。確実に何らかの誤解をされただろう。

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