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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第三章~ 「神のご加護があらんことを 」(前編) 1

続けるかどうか迷ったけど、続けてみます。三章は前後編です。

~第三章~ 神のご加護があらんことを


 月の綺麗な夜だった。

 月華を浴びるその人は、更に美しかった。

 生ぬるい風が吹き、名残惜しそうにその体を撫でまわしながら去っていく。紫がかった、艶のある長い黒髪が舞う。

 「……」

 スッ、と形のよい唇の端が微かに上がる。目にした者があれば、それだけで理性を保てなくなるかもしれない、扇情的な笑み。

 だが幸か不幸か、その者の前には誰も居なかった。

 あるのは、血と肉。

 風が、錆びた匂いを運んでいく。

 凄惨な場にあってもなお、いや、だからこそ更に美しく在り続ける麗人は、手にした刀で肉を突付いた。数分前までは人の一部だったそれを。

 「……よし」

 紅をひかずとも紅い唇が開いた。零れるのは、低く、恍惚にも似た響きを宿す男の声。髪と同じ色彩を宿した瞳が妖しく光る。

 「巧く斬れた」

 彼は呟くと、刀を一振りし、そのまま円を描くように鞘に収めた。


 さて、次は何処に行こう

 ……何処で斬ろう



 「……と言う訳で、犯人は偶然と思い込みだったんだよ」

 時も場所も変わり、ここは荒れた林の中。男の楽しげな声が響く。

 「ほう」

 表情の感じ取れない返事と、

 「ええっ!本当ですか!?」

 純粋な驚きに満ちた返事も。

 「勿論!事実は小説よりも……ってヤツだね」

 ジズはそう言って笑いながら、子供たちの進路に塞がる枯れ木の枝を手折った。

 北の砂漠を抜けた、更に北。海沿いの町レキシスへ向かい、彼らは歩いている。食料調達のためと、もう一つ。

 『あ、レキシスにダンナが居るのよね~。まあ無理にとは云わないけれど、言伝を頼まれてくれたら嬉しいな~?……港近くの小屋に寝泊りしてるはずだけど、まあ無理にとは云わないわ。……ちなみに桟橋から見て右手の小屋だけど、まあ無理にとは』

 と、ラシャに「やんわりとお願い」されたので、タタン・シラタエに逢うために。

 「お?」

 先頭を歩くジズが、無駄口を閉じて辺りをきょろきょろと確認し始めた。何時もは殿しんがりを務めているが、今はシンと交代している。彼女がこの辺りを旅したことがないので、案内役を買って出たのだ。シンの背中を見ているのは大好きだが、頼られるのも大好きだ。

 「ああ、もうこんなトコまで来たんだ。もうすぐ、海が見えるよ」

 ジズが言う通り、間もなく眼下に煌く青が広がった。街道を使えないとはいえ、なかなか順調に進んできている。思ったよりリディウスが頑張ってくれているのが大きい。

 「わあ、凄い!綺麗ですね」

 「これで季節がよければ泳げたんだけどね。今泳いだら凍死しちゃうな」

 男は笑いながらこっそりと同行する娘の水着姿を想像してみたが、幾ら努力してもその娘と同じ顔をした「少年」の水着姿しか想像できなかった。軽く挫折。

 「寂れた港町らしいが、また我らは待機しておいた方が良かろうな?」

 まさか目の前の男が「凹凸が無さ過ぎるのが問題なんだよな。個人差はあるにしてもちょっと……」などと無礼なことを考えているとは露ほども知らず、娘は確認する。自分たちの手配書が世に出回っているからには、なるべく三人では人の居る場所に近づかない方が無難だろう、という配慮からだが、

 「え?ああ、大丈夫だよ。おじいちゃんおばあちゃんと猫くらいしか居ないもん。それにタタン兄に君たち紹介したいし、独りで買い物って寂しいし」

 男は気楽だ。おまけに半分以上自分の都合である。

 「そうか」

 そしてそれで納得する娘も気楽すぎる。

 「あ、あの、でも役人とか来てるかも……」

 だから、一人常識的な少年は胃を痛めるのだ。

 「大丈夫だいじょ~ぶ!結構堂々としてた方がバレないって!」

 「そうでしょうか……」

 「そうそう!にこにこしてたら怪しまれないって。俺、おばあちゃんたちにもモテるし」

 「……」

 この根拠の無い自信は相変わらず凄いと思う。感心にも似た諦めを抱きつつ、リディウスは考えるのをやめようと思った。自分とシンさんが顔を隠していればいいんだ、そうなんだ。

 「ほらほら、行こう!頑張れば明日の朝には町に着けるよ」

 前向きに努力しようと思う少年よりも、ずっと子供っぽい笑顔でジズは笑った。


 タタン・シラタエは粗末な小屋の戸を叩く音で目を醒ました。遠慮なく楽しげなリズムを伴って戸を叩く主の声も聞こえる。

 「タ~タ~ン~にいっ!あ~け~てっ!」

 ベッドで半身を起こし、タタンは口元を綻ばせた。これが追手であるはずが無い。聞き覚えのある、人懐っこい声。

 「……少し、待って」

 独り言のように呟いて、タタンはベッドから抜け出した。寝癖の酷い茶色がかった黒の短髪をなんとか撫で付け、閂を外し、ドアを開ける。

 「タタン兄!お久しぶり!」

 開ききらない内に、訪問者は彼に抱きつかんばかりに勢いよく飛び込んできた。というか、抱きついている。

 「うん。……よく来たな」

 彼は優しく微笑むと、元気な訪問者の頭を大きな手で撫でる。

 「えへへ……逢いたかったよ、兄」

 気持ちよさそうにその手の感触を味わいながら、ジズ・ムラサメは今度は彼の厚い胸板をトン、とノックした。

 「うん」

 もう一度くしゃりと頭を撫でて、彼はやっと、外にあと二人の訪問者が居ることに気付いた。

 二人ともフードを深く被り顔は見えないが、一人は褐色の肌と背筋の伸びた凛とした佇まいが印象的だ。もう一人は、かなり視線を下げた先に居る。かなり後ずさっているのは何故だろう?

 「あ……お友達?」

 タタンは二人に会釈すると、三人目の訪問者の目線に合わせるように長身を屈めた。二人とも会釈を返す。

 「うん、紹介するよ。……その前に、入れて?」

 可愛くおねだりしたつもりのジズに、タタンは苦笑を見せる。

 「すまない、気が利かなくて。さあ、入って」

 タタンの仮住まいは、お世辞にも綺麗とはいえなかった。だが、ベッドも二つあるし、台所と呼べるかどうかは分からないがある程度の調理器具もあり、簡単な料理ならできる。それに本人の人柄なのか、きちんと物は片付けられている。元々は町の漁師たちが道具置き場兼仮眠所として使っている小屋だが、町の皆の好意で使わせてもらっているという。

 狭いテーブルを囲んでタタンに淹れてもらった茶を呑みながら、ジズは子供たちにタタンを、タタンに子供たちを紹介した。素顔を晒した子供たちに、タタンは優しいほほえみを向けている。ちなみにジズとタタンははとこ同士である。

 「そうそう、ラシャに頼まれてるんだ、伝言」

 「ラシャに、逢ったのか」

 ジズがラシャの話を振った途端、ふんわりとした笑顔になるタタンを見て、ジズもつられて笑顔になる。

 「うん」

 「そうか。元気だったか?……いや……」

 「うん、聞くまでもないよ」

 「そうだな」

 タタンはまたふわりと微笑んだ。がっちりした体格と純朴で優しそうな雰囲気も相まって、大きな犬のような印象の男だ。

 「次の満月の日、インチェで待ってるって。あと愛してるってさ」

 「そ、そうか」

 真っ赤になって照れている。その様子を見て、何故だかリディウスの頬も緩んだ。

 「と、とりあえずありがとう、ジズ」

 「うん!」

 得意げに笑う男は、いつもといえばそうなのだが、今日は磨きをかけて子供っぽい。全身から「かまって誉めて頭撫でて」というオーラを発している。リディウスの見るところ、せいぜい三,四歳しか違わないだろうはとこに異様なほど懐いているようだ。ここに来るまでの道中、やたら楽しそうだったのはそのためか。タタンもタタンで、からかいでもなく自然に頭を撫でるなど、成人男性に対してやや不適切な扱いをしているように見受けられる。民族性、だろうか。

 ジズさんにこれ以上幼児退行してもらったら、ちょっと手が付けられないんだけど……と、中々太くなってきた神経で心配しながらも、少年も皆で茶と会話を楽しむことにした。

 だが、

 「最近、物騒だから気をつけるんだぞ?法王の命を狙ったものたちも逃亡中らしいから」

 タタンのその一言で、ジズは茶を盛大に噴き出しシンは柳眉をひそめリディウスはカップを取り落としそうになった。

 「ああ、ほら、汚いぞジズ、顔を拭け。リディウスくん、大丈夫か?」

 がしがしとジズの顔を拭いてやりながら、大きな男は不思議そうにシンとリディウスを見つめている。

 「あ、あの、タタンさん」

 「何か?」

 「その、逃亡中の人たちって……」

 「ああ、確か黒髪・黒目の男と銀髪・蒼目の少年と空色の……」

 言いながら、彼は目の前の三人をしげしげと見つめ、

 「なんだ、君たちか」

 きょとんとした。全くもって、今の今まで気付かなかったらしい。

 「も~流石タタン兄!そういうトコも大好きだよ」

 「そうか」

 「うん!」

 妻にも「あなたのそういうちょっとゆっくりしたトコ、大好きよ」と言われていたことだし、よいとするか、とタタンは一人納得しそうになったが、

 「あ、いや、待て」

 何か思い当たったらしい。

 「何?どうしたの?」

 「いや、お前たちが犯人なら……」

 「ならば、何だ?」

 真剣な顔をするタタンを前に、シンは密かに短剣を握る。それに気付いたジズが腰を浮かしかけたが、

 「気をつけろ、というのは間の抜けた話だったな。はは……じゃあ、役人に気をつけるんだぞ」

 そこまで言ってやっと納得したらしい男の様子に、二人とも気が抜けてしまった。

 「……やっぱり俺、タタン兄大好きだよ……」

 「そうか。ありがとう」

 タタンはぐったりとしながら言うはとこに優しい微笑みを向ける。そこには計算も悪意もなく、ただ底なしの善意だけが拡がっていた。


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