青い想い
新世暦410年 冬
朝、窓を開けると、庭の土が白くなっていた。
雪ではなかった。
草の先に細かな霜がつき、石塀の上にも薄い白が残っている。
息を吐くと、顔の前で曇って消えた。
凛は窓を閉め、掛け金を下ろした。
階下から、薪を置く音がする。
続いて、アリアの声が聞こえた。
「それ、もう少しこっち」
「ここか」
「うん。そこなら、取りやすい」
凛が階段を降りると、宗一郎が暖炉の脇へ薪を積んでいた。
アリアはその隣で、床に落ちた木屑を集めている。
食卓には、三人分の器が並んでいた。
「おはようございます」
「おはよう、凛」
アリアが顔を上げる。
「スープ、まだ温かいよ」
宗一郎も振り返った。
「窓を開けていたのか」
「はい。庭が白く見えたので」
「霜だな。今日は冷える」
そう言って、最後の薪を置く。
凛は暖炉へ目を向けた。
火はまだ小さかったが、近くに立つと、冷えた指先に温かさが戻ってくる。
この家で冬を迎えるのは、初めてだった。
けれど、宗一郎と過ごす冬は、三度目になる。
初めの冬には、暖炉の前へ座ることにも遠慮していた。
眠ってよいと言われても、どこまで毛布を使ってよいのか分からなかった。
喉が渇けば、アリアと顔を見合わせてから、水をもらえないかと尋ねた。
今、アリアは宗一郎に薪の置き場所を指示している。
凛も、食卓へ向かう途中で言った。
「宗一郎さん、お昼に戻られるなら、パンを少し買ってきていただけますか」
「いつもの店でいいか」
「はい。柔らかいものを」
「分かった」
返事を聞いて、凛は椅子を引いた。
頼んでから、申し訳なかっただろうかと考えなくなったのは、いつからだろう。
宗一郎は手を洗って戻ると、自分の席へ座った。
アリアが木屑を捨て、凛の隣へ腰を下ろす。
「今日は、二人で出かけるんだろう」
「うん。買い物」
「昼までには戻ります」
凛が答えると、宗一郎は頷いた。
「橋の上は凍っているかもしれない。足元を見ろよ」
「分かってる」
アリアがスプーンを取る。
宗一郎もそれ以上は言わず、スープを口へ運んだ。
凛は、食卓の下で鞄の位置を確かめた。
小さな内袋には、アリアと二人で出し合った銅貨が入っている。
今日の買い物について、宗一郎には、まだ詳しく話していなかった。
贈り物をしようと言い出したのは、アリアだった。
前の晩、部屋で短剣の手入れを終えると、布を畳みながら、ふと思いついたように言った。
「私たちも、何かあげない?」
凛が本から顔を上げる。
「宗一郎さんに?」
「うん。杖と短剣のお礼も、まだ言っただけだし」
「でも……お礼に買うには、足りないと思います」
武具店で支払われた金額を思い出すと、自分たちの持っているお金は、ずいぶん少なく思えた。
アリアもそれは分かっていたらしい。
「同じ値段のものは買えないよ」
畳んだ布を棚へ置いてから、こちらを見る。
「そうじゃなくて。私たちが選んだものを、使ってくれたらいいなって」
凛は膝の上の本へ目を落とした。
新しい短杖を握るたび、宗一郎が自分の話を覚えていてくれたことを思い出す。
重さも、握りやすさも、勉強している魔法のことも。
使いやすそうでよかった。
あのときの言葉は、今も嬉しかった。
「……何がいいでしょう」
凛が尋ねると、アリアは隣へ座った。
そこから、話が長くなった。
手袋は、仕事で使うものに好みがあるかもしれない。
新しい鞄も考えたが、今の鞄を宗一郎は自分で何度も直している。
剣の手入れに使う道具は、二人には選べない。
結局、その晩は決まらなかった。
ただ、冬の小物を扱う店なら、自分たちのお金でも買えるものがあるだろうということになった。
今、アリアは隣で、通りの店先を順に見ている。
「手袋、やっぱりやめようか」
「大きさも、難しそうですね」
「宗一郎の手、かなり大きいし」
アリアが自分の掌を広げた。
短剣を取り返してくれた手を、凛も覚えていた。
同じ手で、食卓の器を運ぶ。
傷んだ椅子を直し、買ってきたパンを分ける。
凛が考えているあいだに、アリアは一軒の店の前で止まった。
窓の内側に、手袋や肩掛け、色の違うマフラーが並んでいる。
「ここ、見てみよう」
店の中は、通りよりも暖かかった。
壁際の棚には布が積まれ、入口の近くには、厚手の靴下が籠に入れて置かれている。
奥に座っていた女店主が、繕い物から顔を上げた。
「いらっしゃい」
凛が会釈し、アリアも挨拶を返す。
「マフラー、見てもいいですか」
「どうぞ。そこのものは広げて構わないよ」
許可をもらってから、アリアが棚へ手を伸ばした。
凛も隣に立つ。
赤茶色。灰色。深い緑。
同じように見えても、触れると厚さが違った。
柔らかいものもあれば、少し硬く、形の崩れにくそうなものもある。
「これ、暖かそう」
アリアが、厚い灰色の一枚を持ち上げた。
凛は端に触れた。
確かに暖かそうだった。
ただ、幅が広く、二つに折っても、ずいぶんかさばる。
「上着の中に入れると、苦しくないでしょうか」
「外に巻けばいいんじゃない?」
「でも、仕事のときは……」
「そっか。引っかかるかも」
アリアは広げたものを畳み直した。
二人で宗一郎の服装を思い浮かべる。
濃い色の上着。飾りの少ないシャツ。
必要なものだけを入れた鞄。
本人は、どの色でもいいと言いそうだった。
それでは選ぶ側が困る。
アリアが今度は、明るい青のものを取った。
「これは?」
凛はそれを見て、宗一郎の顔を思い浮かべた。
朝の玄関で、首へ巻いているところを想像する。
少し違った。
その隣には、もっと深い青があった。
光の当たる折り目だけ、わずかに色が明るく見える。
「こっちの方が、宗一郎さんに似合うよ」
言ってから、凛は棚へ伸ばした手を止めた。
アリアがこちらを見ていた。
「……何ですか?」
「今の」
アリアの手には、明るい青のマフラーが残っている。
「もう一回、言って」
凛は少し戸惑った。
「こちらの方が、似合うと思います」
「そっちじゃなくて」
アリアは笑いかけて、それから、少しだけ声を柔らかくした。
「さっきの言い方」
凛は、自分が何と言ったのか思い返した。
こっちの方が、似合うよ。
確かに、そう言った。
「……すみません。考えていたら、つい」
「謝らなくていいよ」
返事はすぐだった。
アリアは持っていたものを棚へ戻した。
「私には、今みたいに話してくれたら嬉しい」
凛は顔を上げた。
アリアの表情に、からかう気配はなかった。
「嫌だったんですか?」
「嫌じゃない。凛って、そういう話し方だし」
アリアは布の端を揃える。
「でも、たまに思ってた。私にも、誰かに頼み事するときみたいに話すんだなって」
凛は黙った。
丁寧に話すことは、小さな頃からの習慣だった。
言い方を考えると、自然にそうなる。
アリアとのあいだに、距離を置きたかったわけではない。
それでも、今の言葉を聞くと、いつもの返事をそのまま返すことが、少し違うように思えた。
「……すぐには、変えられないかもしれません」
「うん」
「変な言い方になったら……」
凛はそこで止まり、言い直した。
「笑わないでね」
アリアの口元が緩んだ。
「今は、ちょっと笑いたい」
「……アリア」
「嬉しいから」
そう言われて、凛も笑ってしまった。
隣のアリアは、これまでと何も変わらない。
肩が触れるほど近くにいて、凛が選ぼうとしたものを、一緒に見てくれている。
凛は深い青のマフラーへ手を伸ばした。
「……これ、どう思う?」
「いいと思う。宗一郎の上着にも合いそう」
二人は一枚の布を広げた。
アリアが片方の端を持ち、凛がもう片方を持つ。
それだけのことが、凛には少し嬉しかった。
深い青のマフラーは、厚すぎず、指の間を滑らせると柔らかかった。
首に触れるところが痛くならないか、アリアは頬へ軽く当てて確かめる。
凛も、店主に手入れの仕方を尋ねた。
「贈り物かい?」
「はい」
凛が答えた。
「いつも、お世話になっている人に」
「そう。なら、長く使ってもらえるといいね」
店主は棚のそばへ来て、布を傷めない洗い方を教えてくれた。
アリアは話を聞きながら、端の縫い目を見ていた。
凛は、広げられた青を眺める。
これを巻いた宗一郎と、街を歩く。
その姿が、先ほどよりもはっきり浮かんだ。
買い物の荷物を持ってくれるだろう。
店先で足を止めれば、一緒に待ってくれる。
寒くないかと尋ねられて、自分は大丈夫ですと答える。
そこまでは、今までにもあった。
けれど、思い浮かべた自分は、その先を望んでいた。
用事が済んでも、もう少し一緒に歩いていたい。
宗一郎がこちらを見たとき、隣にいるのが自分でよかったと思ってほしい。
凛は布へ添えていた指を、ゆっくり離した。
暖かくしてほしい。
怪我をせずに帰ってきてほしい。
そう願う気持ちは、今も変わらない。
ただ、今日、似合う色を探していたのは、それだけのためではなかった。
贈ったものを使っている姿を見たい。
それを見て、自分のことを思い出してくれたと感じたい。
胸の奥が、静かに熱くなった。
学院で、誰か好きな人がいるのかとアリアに尋ねられたときも、すぐには答えられなかった。
宗一郎の顔が浮かんだことは、覚えている。
けれど、それが何を意味するのか、凛にはまだ分からなかった。
「凛?」
呼ばれて、顔を上げた。
「これにする?」
アリアが尋ねる。
凛は頷いた。
「……うん。これがいい」
これを巻いた宗一郎と、並んで歩いてみたい。
そう思うだけで、少し恥ずかしかった。
今までも、何度も一緒に街を歩いた。
それなのに、今日思い浮かべた時間は、いつもとどこか違っていた。
凛は布の端へ、もう一度そっと触れた。
その違いを、まだうまく言葉にはできなかった。
アリアはその横顔を見ていた。
凛は、宗一郎のことを考えている。
何を考えているのかまでは分からなかったが、その顔は、さっきまで品物を比べていたときと少し違った。
アリアはもう一度、マフラーへ目を落とした。
確かに、似合うと思う。
宗一郎がこれを巻いて玄関に立つ姿を想像すると、自分も嬉しかった。
そのとき、何と言ってほしいのだろう。
ありがとう。
それで十分なはずだった。
凛が選んだんだな、と言われたら。
考えて、アリアは布の端を握り直した。
自分も選んだ、と言いたくなる気がした。
厚さを確かめたのも、縫い目を見たのも、自分だ。
二人からの贈り物なのだから、そう伝えるのはおかしくない。
そう思っても、胸に残った小さな引っかかりは消えなかった。
「……二人で選んだって、言おうね」
アリアが言うと、凛はすぐに頷いた。
「もちろん」
柔らかな返事だった。
アリアは少し安心して、それから、その安心の理由を考えるのをやめた。
店を出ると、風が強くなっていた。
アリアが包みを鞄へ収め、凛は襟元を合わせた。
通りの向こうに、見覚えのある背中があった。
宗一郎だった。
片手にパンの包みを持ち、店先で何かを受け取っている。
「もう帰るところかな」
アリアが言った。
「そうみたい」
凛が答える。
二人が近づく前に、宗一郎が振り返った。
「買い物は済んだのか?」
「うん」
「何を買った」
アリアは鞄の口へ手を置いた。
「帰ってから」
宗一郎は二人を見た。
凛も、少し緊張しながら頷く。
「家で、お渡ししたいものがあるんです」
「……そうか」
それ以上は尋ねなかった。
宗一郎が歩き出すと、二人も並んでついていく。
パンの包みから、まだ温かな匂いがした。
「凛、鞄、ちゃんと閉まってる?」
「うん。アリアの方は?」
「平気」
宗一郎が、わずかに顔をこちらへ向けた。
凛はその視線に気づき、口を閉じた。
アリアが先に言う。
「何?」
「…いや」
宗一郎は前へ向き直った。
凛は隣を見た。
アリアが、気にしなくていいと言うように、小さく笑っている。
凛も笑った。
三人で橋へ差しかかる。
宗一郎が言っていたとおり、欄干の陰には薄い氷が残っていた。
凛とアリアはそこを避けて歩いた。
家へ戻ると、宗一郎はパンを食卓へ置いた。
二人が上着を脱いでいるあいだに、暖炉の火を確かめ、薪を一本足す。
いつもなら、そのまま昼食の支度になる。
今日はアリアが、鞄を持ったまま食卓の前へ立った。
「宗一郎」
振り返った宗一郎へ、包みを差し出す。
「これ」
凛も隣へ並んだ。
「二人で、選びました」
宗一郎は包みを見てから、二人の顔を見た。
「俺にか?」
「ほかに誰がいるの」
アリアが言った。
少し早口だった。
「杖と短剣のお礼。あと……いつも、いろいろ買ってもらってるから」
「今日のお金は、私たちが少しずつ残していたものです」
凛は言い添えた。
受け取ってもらえるだろうか。
自分たちに使えばよかったと言われるかもしれない。そのとき、何と答えるかまでは、二人で考えていなかった。
宗一郎は包みを受け取った。
「開けていいか?」
アリアの肩から、少し力が抜ける。
「うん」
紐が解かれ、紙が開かれた。
深い青の布が現れる。
宗一郎はそれを持ち上げ、指先で一度、編み目に触れた。
「暖かそうだな」
「厚すぎないものにしました。お出かけのときにも、使えると思って」
「引っかからないように、端は上着に入れてね」
アリアが続ける。
宗一郎は頷いた。
それから、二人を見た。
「ありがとう。使わせてもらう」
凛は、自分が息を止めていたことに気づいた。
隣でアリアが、包み紙の折り目を直し始める。
直す必要は、あまりなさそうだった。
「……着けてみて」
アリアが言った。
宗一郎はマフラーを広げた。
首へ回し、前で揃える。
片方が、ずいぶん長かった。
「そっち、もう少し短く」
「こうか」
「反対。そっちを引くと、もっと長くなる」
凛が笑う。
宗一郎は手を止め、二人を見た。
「…難しいな」
「巻くだけでしょ」
アリアは笑いながら一歩近づき、布の端を引いた。
凛も、もう片方を支える。
宗一郎は二人が整え終わるまで、黙って立っていた。
「……はい。できました」
凛が手を離す。
思っていたとおり、深い青はよく似合った。
宗一郎が凛を見る。
「どうだ」
尋ねられた途端、用意していた言葉が出てこなくなった。
店では、もっと気軽に言えたのに。
「……よく、お似合いです」
ようやく答える。
宗一郎はアリアへも顔を向けた。
「……うん」
アリアは頷いた。
「似合う」
声が、自分で思っていたより小さかった。
宗一郎は首元へ手を添えた。
「柔らかいな」
「そこも、二人で確かめました」
凛が言う。
「ああ」
宗一郎は布をもう一度見てから、少しだけ口元を緩めた。
「よく見て選んでくれたんだな」
アリアは包み紙へ目を落とした。
欲しかった言葉をもらった気がした。
けれど、嬉しいと返すには、顔が熱すぎた。
「……ちゃんと使ってね」
「使う」
「忘れて出かけないでよ」
「ああ」
凛は二人のやり取りを聞きながら、胸の前で手を重ねた。
宗一郎が、贈ったものを身につけている。
それだけで、いつもの部屋が違って見えた。
午後になって、雪が降り始めた。
初めは、窓の前を一つ、二つと流れるだけだった。
やがて庭の向こうが細かく霞み、石塀の上に白が積もり始める。
宗一郎は翌日の仕事の書類を読んでいた。
暖炉に近い椅子へ、凛とアリアが並んで座る。
凛の膝には本があったが、しばらく同じ頁のままだった。
「凛」
アリアが小声で呼んだ。
「さっきから、読んでない」
「……読んでるよ」
「じゃあ、今、何の話?」
凛は本へ目を落とした。
薬草の乾燥について、という見出しがある。
「乾燥の……」
「見たでしょ、今」
凛は返事の代わりに、隣の袖を軽く引いた。
アリアが笑う。
食卓の宗一郎が顔を上げた。
「何かあったか?」
「何でもない」
アリアが答え、凛も頷いた。
宗一郎は書類へ目を戻した。
椅子の背には、青いマフラーが掛けてある。
明日、仕事へ出るときには着けてくれるだろうか。
凛はそう考えて、また本へ視線を戻した。
宗一郎を見ていたかった。
けれど、見ていることに気づかれるのは、今は少し困る。
アリアは隣の凛を見て、それから宗一郎を見た。
自分も、さっきから何度も顔を上げている。
理由は分からなかった。
贈り物を喜んでもらえたからだと思えば、それで済む。
ただ、首元の布を直したときの距離を思い出すと、胸の辺りが落ち着かなくなる。
アリアは椅子へ深く座り直した。
「……明日、積もるかな」
凛が窓を見る。
「少しは、積もりそうだね」
「朝、見よう」
二人の声に、宗一郎が書類から目を上げた。
窓の外を確かめる。
雪は静かに降っていた。
あの冬も、雪があった。
薄い衣服のまま身を寄せ合っていた二人に、何を尋ねればよいのか分からなかった。家へ連れ帰ってからも、器を差し出すたび、食べてもよいのかという顔をされた。
今は、食べたいものを言う。
買ってきてほしいものを頼む。
二人だけで街へ出て、自分のために贈り物を選んで帰ってくる。
宗一郎は椅子の背へ掛けたマフラーを見た。
明日の出発は早い。
二人が起きる前になるかもしれない。
出かける前に、忘れずに取ろうと思った。
「宗一郎」
アリアが呼んだ。
「明日、帰りは?」
「夕方には戻る」
「じゃあ、雪が残ってたら、庭、見てね」
「ああ」
凛が顔を上げる。
「温かいものを、用意しておきます」
宗一郎は頷いた。
約束をして、書類を閉じる。
暖炉の火が、小さく音を立てた。
隣でアリアが、凛の本を覗き込んでいる。
「そこ、さっきも読んでたよね」
「アリアが話しかけるから、進まないの」
「私のせい?」
「……少し」
二人は顔を見合わせて笑った。
宗一郎はその声を聞きながら、明日の書類を鞄へ収めた。
窓の外では、庭の草が少しずつ隠れていく。
凛は本を閉じた。
店で宗一郎の姿を思い浮かべたときから、胸の奥に、慣れない気持ちが残っている。
今は、それを誰かに話す言葉が見つからなかった。
ただ、明日の朝、あの青を巻いた宗一郎へ、行ってらっしゃいと言いたかった。
アリアは暖炉へ手をかざしていた。
温かさが指先へ戻っても、胸に残る落ち着かなさは、そのままだった。
三度目の冬が、始まっていた。




