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13/25

禁則

新世暦411年 秋


窓が開くと、冷たい風が食卓まで届いた。


「……少し寒くなりましたね」


凛は窓の外を見たまま、そう言った。

白い髪が肩の上で揺れた。

朝の光に透けた細い毛束は銀色に見え、淡い水色の毛先が、制服の襟を撫でている。


宗一郎は、彼女の手元へ目を向けた。

窓枠に添えた指が、少し赤くなっていた。


「冷えてきたな。今日は外へ出るんだろう。暖かくして行くんだぞ」


凛が振り向いた。


「はい。上着も持っていきます」


「茶を淹れた。少し温まってから出かけよう」


 食卓の器へ湯気が立っている。

 凛は窓を閉めると、宗一郎の向かいへ戻ってきた。


「ねえ、私の手袋、知らない?」


 廊下からアリアの声がした。


「玄関の棚にあった。籠の下を見てみろ」


「そこ、さっき見たんだけど……あ、あった!」


 戻ってきたアリアは手袋を鞄へ押し込み、凛の隣に腰を下ろした。


「今日は帰り、少し遅くなると思う。外で実習だから」


「街の北側だったな」


「うん。古い街道の方。先生も一緒よ」


 宗一郎は頷き、アリアの前にも茶を置いた。


「遅くなりそうなら連絡をくれ。帰る頃には、夕飯を用意しておく」


「じゃあ、温かいのがいい」


「スープにするか」


「うん。お肉がたくさん入ってるやつ!」


凛も器を両手で包みながら頷いた。


「帰りにパンを買ってきますね。宗一郎さんは、いつものものでいいですか?」


「ああ。頼む」


「お菓子も見てこようよ」


 アリアが言うと、凛は少し笑った。


「また、迷って遅くならない?」


「今日はすぐ決めるって」


宗一郎は2人のやり取りを聞きながら、茶を飲んだ。

食事を終えると、凛は器を重ね、アリアは鞄の留め具を確かめた。

宗一郎が玄関まで行くと、凛は白い花の髪飾りへ一度触れてから振り返った。


「行ってきます」


「ああ。気をつけてな」


「宗一郎も。今日は、仕事あるんでしょ?」


アリアが言った。


「昼までには済む。無茶はしない」


「なら、よし」


扉が閉まる前に、凛がもう一度こちらを見た。

宗一郎は頷き、2人を送り出した。


仕事を終えて家へ戻ると、宗一郎は買ってきた食材を台所へ置いた。

食卓には、凛の書いた買い物の紙が残されていた。

肉と、根菜と、茶葉。

その端に、アリアの字で菓子の名が書き加えられている。

夕飯の支度には、まだ早かった。

上着を脱いだところで、棚の伝声水晶が光った。

宗一郎は水晶へ魔力を通した。


「宗一郎さんでいらっしゃいますか?」


知らない女の声だった。


「そうだ。何かあったか」


「レガリア魔術学院の者です。凛さんとアリアさんについて、ご連絡を……」


宗一郎の手が止まった。


「2人は無事か」


「お怪我はされていますが、処置は済んでいます。今は医務室にいらっしゃいます。ただ、原因の分からない異常が出ていまして」


「どんな異常だ」


「視界に、数字が見えるそうです。減り続けている、と。実習先で争いに巻き込まれた教師と生徒に、同じ症状が出ています」


「治癒師は診たのか」


「はい。解呪も試していますが、まだ……」


向こうで、別の声がした。


「また減った! 先生、これ、もう——!」


女が息を呑んだ。


「宗一郎さん。できるだけ早く、来ていただけますか」


「すぐに行く。2人に、そう伝えてくれ」


宗一郎は水晶から手を離し、玄関へ向かった。


医務室の前に、職員が立っていた。

宗一郎の名を聞くと、扉を開ける。

薬草の匂いと、幾つもの声が廊下へ流れ出した。


「さっきは、もっとあったんです……」


「目を閉じていても駄目なの?」


「落ち着いて。今、もう一度調べますから」


窓際の寝台に、凛とアリアがいた。

凛は袖をまくり、処置を受けた腕を膝の上に置いていた。

アリアは隣へ座り、彼女の無事な方の手を握っている。


「宗一郎さん……!」


凛の顔が上がった。

アリアもこちらを見た。


「宗一郎……来てくれたんだ」


宗一郎は2人の前へ膝を折った。

顔色と呼吸を見る。制服に残る血を確かめ、凛の腕へ目を落とす。


「遅くなった。痛むところはあるか。ほかに、具合の悪いところは?」


「腕は、もう大丈夫です。でも……」


凛の目が、彼の顔から僅かにずれた。

何もない空間を見ている。


「数字が、消えなくて」


「私も。何を見ても、同じところにあるのよ」


アリアの声は、普段より高かった。

宗一郎には何も見えない。

2人の瞳にも、術式らしいものは認められなかった。


「最初は、幾つだった?」


「10,000です」


凛が瞬きをした。


「今は……386」


アリアも、唇を動かした。


「私は、472……」


「減るのは、瞬きをしたときか」


2人が頷いた。


「でも、目を閉じてたら、もっと減ってたの」


アリアは早口で続けた。


「見ないようにしても、駄目だった。私、寝てたわけでもないのに……」


傍らの治癒師が、記録を差し出した。

時刻と、生徒たちが口にした数字が並んでいる。


「目そのものに異常はありません。解呪にも反応せず、数字だけが減り続けています。何を示しているのかは……」


宗一郎は紙を見た。

同じ時刻でも、残数はそれぞれ違う。

経過時間だけでは、説明がつかない。

奥の寝台では、負傷した教師が伝声水晶へ話していた。

その傍らで、職員が目撃内容を照合している。

机の上には追跡に使う地図が広げられ、書き込まれた印を、別の職員が水晶越しに現地へ伝えていた。


「橋は渡っていない。林へ入ったはずだ。そちらの隊に——」


「先生、橋の手前です」


 アリアが顔を上げた。


「右側に、倒れた木があったでしょう。その向こうへ行ったの」


教師が頷き、水晶へ伝える。

凛も、求められて相手の使った魔法について短く答えた。

宗一郎は治癒師を見た。


「追跡しているのか」


「はい。現地の隊が、証言をもとに。症状の原因も相手にあるかもしれないので、皆さんで接触時の状況を確かめていました」


治癒師は、2人へ目を向けた。


「治療を終えた方は帰ってよいと、先生は仰っていました。ただ、ここに残れる方には、追跡が続く間、証言の確認に協力してほしい、と。お2人も引き受けてくださって……」


聞き取りを終えて退室すれば、協力はそこで終了する。その説明もされていたという。

凛とアリアは、それでも残った。

現地から問いが届くたびに答え、ほかの生徒の記憶と照らし合わせていた。

宗一郎が次の問いを口にする前に、入口側の寝台から声が上がった。


「……7」


少年が、自分の前を見つめていた。


「5……先生、もう、なくなります……!」


治癒師が駆け寄った。


「大丈夫。こちらを見て。ゆっくり息を——」


「嫌だ……何、これ……!」


少年の指が、治癒師の袖を掴んだ。


「助けて——」


声が途切れた。


「ひっ……!」


治癒師の短い悲鳴が響いた。

袖を掴んでいた手がない。

寝台に座っていた少年も、いない。

治癒師は腕を持ち上げ、そこを見た。


「き、消えた……今、ここに……! 今、私の腕を……!」


「どこへ行ったんですか!?」


別の生徒が立ち上がった。


「扉、開いてないよ! ねえ、今の、何!?」


椅子が倒れた。

薬の入った器が床へ落ち、割れた。


「廊下を確認して!」


「誰か、学長を呼んでください! 早く!」


職員が扉を開ける。

出ていこうとした生徒が、戸口で足を止めた。


「私も……私も、減ってる……!」


顔を覆った少女が泣き出した。

別の少年は目を見開いたまま、両手で寝台の縁を握り締めている。

アリアの指が、凛の手へ強く食い込んだ。


「……今の、見た?」


凛は答えられなかった。

白かった頬から、さらに血の気が引いている。

視線が空いた寝台へ向き、すぐに宗一郎へ戻った。


「宗一郎さん……あの子、どこに……?」


宗一郎は、消失した場所へ意識を向けた。

発動の気配がない。

転移魔法の術式も、移動の先へ続く魔力もない。

どこかに隠れたのではない。

目の前で、存在が途切れた。


数字。

尽きた直後の消失。

異なる残数。


「今、幾つだ」


凛が瞬きをした。


「……214」


「私、301……さっきより、こんなに……!」


アリアの呼吸が速くなっていた。

数字は、目を閉じている間にも減っている。

瞬きが原因ではない。

別の何かを数え、目を開けたときに見せている。

宗一郎は凛の手首へ指を添えた。

脈が、速い。

心拍か。

確かめる時間はあるか。


「凛、俺の方を見てくれ。少し、息をゆっくりにしよう」


彼女の指が、宗一郎の手を掴んだ。


「でも……減るんです。見たくなくても……!」


宗一郎はアリアにも手を伸ばした。


「アリアも。2人とも、俺のそばにいろ」


奥で教師が水晶へ指示を送っていた。


「生徒に異常が出ている。相手の身柄を確保してくれ。こちらでは、もう——」


「嫌っ!!」


少女の叫びが重なった。

宗一郎が振り向いたとき、その寝台からも人が消えた。

凛が肩を跳ねさせた。


「……っ!」


アリアが首を振った。


「何なの……何なのよ、これ……!」


治癒師が残った生徒へ手を伸ばす。

泣きながら数を伝えていた少年の姿が、その手の届く直前に途切れた。

これで、3人。

消えた者に血は残らない。

悲鳴も、途中で切れる。

誰も、どこへ行ったか分からない。

宗一郎の背に、冷たいものが走った。

何を止めればいい。

凛の腕へ触れたまま、周囲の魔力を探る。

術式がない。

身体にも、空間にも、分析できるものが見つからない。

消失の残滓すら、感知できなかった。

その間にも、彼の手を握る凛の指が震えていた。

別の部屋へ移すか。

建物の外へ。

この場所に仕掛けがある可能性だけでも——。


「立てるか?。ここから出よう」


凛の手を握り、アリアの肩を支えた。


「俺がついている。1人にはしない」


アリアが立ち上がった。

凛も床へ足を下ろしたが、膝が震えている。

宗一郎は彼女の身体を支えた。


「ゆっくりでいい。足元を見て——」


「……38」


凛の声だった。

宗一郎は、彼女の歩幅に合わせて戸口へ向かった。

アリアが反対側から凛を支える。

倒れた椅子を避けようとして、3人の足が止まった。


「そこを空けてくれ!」


職員が椅子を引き退けた。

凛が小さく息を吸い、瞬きをした。


「……21……」


宗一郎の手に、彼女の指が縋りついた。


「宗一郎さん……私も、消えちゃうんですか……?」


胸が、強く打った。


「凛……」


「嫌です……私……」


声が震えた。

目に溜まった涙が、頬へ落ちた。

宗一郎は彼女の肩を抱いた。

アリアも彼の腕を握り、凛を見つめている。


「2人とも、こっちへ——」


扉は開いていた。

廊下の光が、床へ細長く伸びている。

凛の足が、動かなかった。

宗一郎は彼女の身体を抱き上げようと、腰を屈めた。


「……6」


掠れた声がした。

凛が顔を上げた。

彼を見ていた。

いつものように、何かを伝えようとしていた。


「宗一郎さん、私——」


その先は、聞こえなかった。

肩を支えていた掌から、身体がなくなった。

白い髪も、涙を浮かべた青い瞳も、開きかけた唇も。

薄れもせず、崩れもせず、そこにいた姿が、ふっと途切れた。

背後の寝台が、見えた。

宗一郎の手だけが、彼女の肩のあった高さに残っていた。


「……凛」


声が、喉の奥で擦れた。


「凛!!」


アリアが叫んだ。

空いた場所へ手を伸ばした。

何も掴めなかった指を、もう一度伸ばす。


「凛! どこ……ねえ、凛!!」


宗一郎はアリアを引き寄せた。

今は、アリアを。

何かしなければ。

あと幾つだ。どうすれば止められる。どこへ動けば——。


「アリア、俺の手を——」


彼女が宗一郎へ向き直った。

赤い瞳が、彼を見上げた。

恐怖で見開かれ、その奥には、助けを求める幼い表情があった。

宗一郎の服を、指が強く握った。

彼女の口が開いた。

呼ばれるはずの声が、届かなかった。

その顔が、消えた。

肩に回した腕が空を抱き、服を掴んでいた指がなくなった。

宗一郎は、彼女を引き寄せる力のまま一歩踏み出した。

靴音が響いた。

目の前には、誰もいなかった。


宗一郎は手を伸ばした。

もう一度。

2人のいた場所へ。

空気にしか触れなかった。


「……凛」


 視線を動かす。


「アリア……」


寝台の向こう。

戸口。

窓の外。

いるはずがないと分かっていても、見ずにはいられなかった。

壁越しに魔力を探した。

廊下を。隣の部屋を。

掴めるはずの2人の気配が、どこにもない。

声が、背後で重なっていた。


「全員、確認を……」


「消えた生徒の名前を……」


「先生も、いません! 先生まで……!」


教師の寝台も、空になっていた。

地図の前にいた職員も、立ったまま消えた。

机に添えられていた手がなくなり、押さえていた紙の端が浮き上がる。


「こちらも数字が……待って、応答してくれ……!」


別の職員が水晶へ呼びかけた。

返答はなかった。

その職員も、次の言葉を口にする前に姿を失った。

宗一郎は振り向いた。


「何があった!!」


声が医務室を打った。

職員が、びくりと身を竦めた。

治癒師の手が止まった。


「説明しろ!! ここへ来る前に、何があった!!」


「じ、実習先で……争いに……」


「相手は誰だ! 2人に何をした!!」


治癒師が後ずさった。

その背が寝台に当たり、女は震えながら首を振った。


「分かりません……私たちは、怪我の処置を……数字が見えると聞いて、解呪も……!」


「分からないなら、分かる者を呼べ!!」


誰も、答えなかった。

宗一郎は扉を見た。

今すぐ現地へ行けば、何か分かるか。

相手を捕らえれば、2人は戻るのか。

その相手が、どこにいるのかすら知らない。

息を吸った。

うまく入らなかった。

握った手を開く。

指先には、まだ2人に触れた感覚が残っていた。

凛は、何を言おうとした。

アリアは、何と呼ぼうとした。

頭の中で、途切れた瞬間だけが繰り返された。


 

アルベルドが医務室へ入ってきた。

長い白髭を揺らし、空いた寝台へ目を向ける。

携えた杖の先では、紫色の球体が静かに浮かんでいた。


「消えた者の名と、最後に確認した数字を。覚えておることは、小さなことでも記録しなさい」


声は静かだった。

普段の柔らかさは、なかった。


「現地との連絡は、どうなっておる」


「追跡隊からは、誰も応答しません。通信の記録には、数字が見えるという報告が……」


治療の記録をつけていた職員が答えた。

追跡情報の照合と伝達を担った者は、全員消えていた。

残っているのは治癒師と、処置や患者の状態だけを記録していた者たちだった。

アルベルドは一度、目を閉じた。


「現地を確認する者を手配する。消えた者の最後の通信も、残さず保管しなさい」


職員たちが動き始めた。

アルベルドは宗一郎へ近づいた。


「宗一郎殿」


宗一郎は顔を上げた。


「……2人とも、目の前にいた」


「うむ」


「触れていたんだ。凛の手を、握っていた。アリアも……」


言葉が止まった。

アルベルドは、続きを急がせなかった。


「移動した先が掴めない。術式もない。何も——」


宗一郎は、空いた寝台へ目を戻した。


「何も、できなかった」


老人は目を伏せた。

しばらくして、宗一郎と同じ場所を見た。


「この子らを預かっておったのは、わしらじゃ。原因も分からぬまま、失ってしまった」


杖を握る指に、力が入った。


「必ず、調べる。わしは学院と現地の記録から追う。教師が何に関わったのか、相手が何をしたのか。こちらに残った者の話も、全て集めよう」


「俺も、現地へ行く」


「実習の場所を知る者をつける。ただ、追跡隊とは連絡が取れぬ。準備ができるまで、少し待ってくれんか」


宗一郎の顎に、力が入った。


「待っている間に、2人が——」


「分かっておる」


アルベルドは彼を見た。


「じゃが、ここで姿を失ったことと、命を失ったことは、同じと決まったわけではない」


その言葉に、宗一郎の目が動いた。


「わしにも、何が起きたのかは分からぬ。だからこそ、今は、その可能性を捨ててはならん」


宗一郎は何も言わなかった。

戻ってくるかもしれない。

まだ、どこかで生きているかもしれない。

そう考えるための根拠は、何もなかった。

けれど、死んだと認める根拠もない。


「調査の進展は、水晶で知らせる。宗一郎殿も、何か分かったら伝えてくれ。別々に探しても、得たものは合わせよう」


宗一郎は、ゆっくり頷いた。

術式も、残滓も掴めないまま、人だけが消える。

通常の魔法では説明できない現象を、宗一郎は以前にも経験していた。


 シオン


彼女なら、何か分かるかもしれない。

分からなくても、自分と違う見方ができるかもしれない。


「先に、力を借りたい相手に連絡する。案内の準備ができたら、知らせてくれ」


「うむ。何か動きがあれば、すぐに伝えよう」


宗一郎は医務室を出た。


家へ戻る頃には、外は薄暗くなっていた。

台所には、買ってきた食材が置かれていた。

鍋は棚にある。火は入っていない。

宗一郎は、食卓の前で足を止めた。

朝、3人で使った椅子。

凛の書いた紙。

アリアが書き足した、菓子の名。

温かいスープがいいと言っていた。

凛は、パンを買ってくると言った。

宗一郎は紙を手に取った。

文字が、うまく目に入らなかった。

ゆっくりと卓へ戻し、棚の伝声水晶に触れる。

登録されたシオンの魔力紋へ、呼びかけた。


「どうした」


聞き慣れた声が返ってきた。

宗一郎は口を開いた。

一度閉じ、息を吸った。


「……凛とアリアが、消えた」


水晶の向こうが静かになった。


「何があった」


宗一郎は話した。

校外実習での争い。

視界に現れた数字。

数字が尽きた者から、何の兆候もなく消えたこと。

凛の手を握っていた。

アリアも、目の前にいた。

そこまで話すと、次の言葉が出なくなった。

シオンは黙っていた。

話を終えたと決めつけず、待っていた。


「……俺には、何が起きたのか分からん」


宗一郎は、自分の手を見た。


「2人を、見つけたい」


掌には、古い傷が幾つも残っている。


「連れて帰りたいんだ」


水晶へ添えた指が震えた。


「シオン……力を貸してくれ」


「今、家か」


「ああ」


「そこにいろ。すぐに行く」


迷いのない声だった。

宗一郎は目を閉じた。


「……頼む」


通信が終わった。

玄関の方へ耳を澄ませた。

外を通る足音がして、遠ざかった。

宗一郎は椅子へ座り、扉を見た。


 帰ってくるはずだった2人を、まだ、待っていた。

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