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第二十話 宝物庫へ1

 曲がり角の先は、《踏破門》だった。


 リナ、ライア、ディアドラの順で抜けていく。


 これで第三階層は、この三人の往復路になった。


 気が向けばいつでも、あの焼けた一本道を歩けばいい。

 葉もつるも根もない、広くて、平らで、実に歩きやすい道を。


 ――忘れよう。


    ◇


 門の向こうは、天井が高かった。


 第四階層だ。


 壁も床も石で、継ぎ目は俺が引いたとおりに走っている。

 四人分の背丈でも、足りない高さ。

 天井を高く取ったのは、広く見せるためだ。


 広い場所では、人は目立つものを見る。

 そして目立つものは、正面にある。

 白い糸だ。


 壁から壁まで塞いでいる。


 高さは天井の半ばまで。

 何重にも重ねてあるから、奥は見えない。


 三人が足を止めた。


 よし。

 見るだろう。

 あれだけ見ろ。

 そのために、あそこだけ手間をかけたんだからな。


 本物は別にある。

 全部を怪しくする必要はない。

 一箇所だけ、やりすぎるほど怪しくする。

 そうすれば、探索者の目はそこへ吸われる。


 千年やってきた俺が言うんだ。

 間違いない。


 我ながら、よくできている。


    ◇


 ライアは左右を見た。それから上も見た。


「……ここは、いいな」


「いい、ですか」


「横も上も詰まっていない。踏み込んでも、足に絡むものがない」


 ライアが右腕を横へ動かした。


 途中で止まらない。壁まで、まっすぐ通った。


「剣が振れる」


 そう言って柄に手を置いた。


 置いただけだった。


 指が震えている。


 この階層は剣を振るために作ってある。

 剣を振れない階層を焼き払い、ようやく剣を振れる階層へ着いた。


 その剣が振れない。

 なんとも締まらない。


 リナも気づいたらしい。


「戻ったら、振れますよ」


「……ああ」


 リナが糸のほうへ向き直った。


「先に、下を見ます。ライアさんも」


「任せる」


 二人とも糸に背を向けることになる。


 リナが半身を返して、背後へ目をやった。


「ディアドラさん」


「はい」


「ここを見ていてください」


「承知しました」


    ◇


 リナが糸の手前で屈んだ。


 そして床を見た。


 次に隅。

 石の継ぎ目を指でなぞる。壁際。低い位置。


『そっちじゃない』


 目の前に、壁一面の糸があるだろう。

 あれを見ろ。

 あれを見るように作ってある。


「床、なんともないですね」


「壁もだ」


 この二人は、俺が一番手を入れたところだけ避けて、ほかを丁寧に調べていた。


 ライアが立ち上がって、ようやく糸を見上げる。


「……ここだけだな」


「ここだけ、ですね」


「床は普通だ。壁も普通だ。道もまっすぐだった」


 ライアが顎で糸を示した。


「そこだけ、やたらと丁寧だな」


『丁寧で悪かったな』


 丁寧にしたに決まっている。

 全部を丁寧にやったら、手間が何倍になると思ってる。

 同じだけ怪しんでもらえるなら、一箇所で十分だ。


 一箇所だけ。徹底的に。


 ――もう二、三重、足しておくべきだったか。


「ここ、宝物庫でしょうか」


「分からん」


「でも、こんなに塞いである場所が、何でもないわけないですよね」


 そのとおりだ。

 塞いであるから、何かあるように見える。


「切れますかね」


「触るな」


 ライアが即答した。


「分からんものに、こっちから手を出す理由がない」


 リナが伸ばしかけた手を引いた。


 前は、触るなと言われた直後に触ったやつがいた。

 今度は誰も触らなかった。

 少し成長したな。

 俺の不利な方向へ。


「先に、ほかを見ましょう」


「そうだな。ここは覚えておく」


 二人が歩き出した。

 足音が二つ。


 ――二つ?


「ディアドラさん、次はあっち――」


 リナが振り返った。


 止まる。

 ライアも止まった。


 俺も気づいた。


 ディアドラは、さっきの場所にいた。

 立ち位置も変わっていない。

 身体の向きも変わっていない。


 ただ、白い糸を見ている。


「ディアドラさん」


「はい」


 ディアドラは糸から目を離さずに答えた。


「何かありました?」


「いいえ」


「ずっと、ここに?」


「はい」


「どうしてですか?」


 ディアドラが、ほんの少しだけ首をかしげた。


「ここを見ていてください、と伺いましたので」


 リナが黙った。ライアも黙った。


 俺は思い出した。


 こいつは指示されたことは正確にやる。

 正確すぎるほどやる。

 終わりを言わなければ終わらない。


 糸は動いていない。

 ディアドラも動いていない。

 見張りとしては完璧だ。


 探索者としては、どうなんだそれ。


「……糸は?」


 リナが聞いた。


「動いていません」


「何か変わりましたか?」


「いいえ」


「私たちが離れている間も?」


「はい。変化はありませんでした」


 報告まで完璧だった。

 文句を言うところがない。


 いや、あった。場所だ。


「私たちが移動したら、一緒に来てください」


「はい。ご一緒します」


 ディアドラが、そこで初めて白い糸から目を離した。


 リナが歩き出す。

 ライアが続く。

 ディアドラも続いた。


 足音が三つになった。


 白い糸は、三人の背後に残った。


 誰も触っていない。

 誰も切っていない。


 そして俺が一番手間をかけた場所は、見張られただけで終わった。


 ……まあいい。


 目を逸らす役目は果たした。


 予定より、だいぶ真面目に。

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