第19話 ただ、歩けばいい
ゴブリンが、横に広がった。
三体。まっすぐな通路の、向こう側。
葉はなく、つるもない。
だからこそ、横へ散開できる。
三体が並んで迫れば、リナ一人では受けきれない。
◇
ライアが剣を抜いた。
抜いて、構える。切っ先が沈んだ。
右手の指はまだ震えている。
「……くそ」
リナが、その前へ出た。
借りた剣。少し重いやつだ。
柄を握りなおして両手で持つ。
「ディアドラさん」
リナが、半身だけ後ろへ向けた。
「私の横を抜けた敵だけお願いします」
「承知しました」
抜けたら、撃つ。
抜けなければ、撃たない。
始まりがあって、終わりがある。
ディアドラには効く形だ。
一体目が走った。
短剣を、下から上へ持ち替えている。
ライアは前へ出ない。
出たところで、振れない。
見ているのはゴブリンの足。
「右足が前だ」
ライアの声は低かった。
「肩が落ちるまで動くな。そこから振ってくる」
リナは動かなかった。
いや、動いた。
半歩、前へ。
『おい!』
下がるならわかる。
前へ出てどうする。
――違うか。
相手の短剣は短い。
リナが借りている剣は、それより長い。
半歩詰めたところで、まだ届かないのはゴブリンのほうだ。
肩が落ちた。
短剣が跳ね上がって、空を切る。
伸びきった腕は、もうリナの間合いだ。
「今だ。上から」
リナが踏み込んだ。
両手で上から。
短剣が石床に落ち、遅れてゴブリンが崩れ落ちた。
◇
残り二体が止まった。
一体は正面に残った。
もう一体が、右へ動いた。
右側は空いている。壁まで何もない。
抜けた先にいるのは、剣を振れないライアだ。
「リナ、下がるな」
ライアが言った。
「正面を押さえろ。動かすな。動くのはお前じゃない」
リナは切っ先を正面へ据えたまま、動かない。
正面のゴブリンが踏み込もうとして、止まる。
もう一度。
踏み込もうとして、また止まる。
届く位置にリナがいるからだ。
剣士は、言葉で戦っている。しかも、それが効いていた。
右のゴブリンが、リナの真横まで回り込んだ。
後ろからは、何も来ない。
まだ、来ない。
その一体が、リナの横を走り抜ける。
白い光が走った。
詠唱は短い。前と同じだ。
光はリナの横を通過した一体だけを射抜いた。
ゴブリンが崩れる。
二発目の光は、来なかった。
抜けたものだけ。
抜けていないものは撃たない。
正面の一体は、まだ立っている。
「最後の一体だ」
ライアの声が続いた。
「右に体重が乗ってる。左へ流れろ。追わせろ」
リナが左へ動いた。
ゴブリンが追う。
足が交差する。
その一瞬、動きが止まった。
リナの剣が、横から入った。
三体目が倒れた。
◇
通路が静かになった。
リナは肩で息をしている。
ライアは剣を収めず、まだ手にしたままだ。
ディアドラだけは、最初の位置から一歩も動いていない。
三人とも、傷はない。
俺は通路を見た。
両側は壁まで空いている。頭上には何もない。床は平らだ。
剣を、横にも上にも振れる。
その場所で、剣を横に振ったのはリナだった。
上から振ったのも、リナだ。
白い光が後ろから前まで一直線に通ったのも、この通路だ。
ライアは、最後まで一度も剣を振らなかった。
「さっきは、いい間合いだったぞ、リナ」
「はい。ありがとうございます」
ライアは、少し得意げだ。
待て。
ここは、お前が剣を振るための場所だったはず。
実際に振ったのは全部リナだ。
『……お前が作って、お前以外が使った場所だぞ』
「あれだけ距離が取れれば、負ける戦いではない」
「合図はライアさんでした。あとは、間合いだけ見てました」
「なら、動いたのはお前だ」
ライアはそう言って、それ以上は言わなかった。
そこは譲るのか。
「ディアドラさん、ありがとうございます」
リナが、ディアドラへ向けて言った。
「横を抜けたのは、一体だけでしたから」
それだけだった。
撃った理由も、撃たなかった理由も、その一言で足りていた。
前回は、曖昧な会話でミミック二体を起こした。
今回は、明確な一文でゴブリン一体だけを倒した。
同じ治癒師とは思えない。
いや。
同じだからこそか。
頼み方一つで、事故が戦力になっている。
リナが先に歩き出す。ライアが続いて、ディアドラが最後に続いた。
曲がり角までは、まっすぐだ。
門止めるものは、何もない。
◇
俺は通路のほうに残った。
灰が落ちている。焼けた葉の残りだ。
入口側から、次の曲がり角まで見通せる。
……見通せる。
この階層は、三つで挑戦者を止めていた。
見える範囲、並び方、動ける広さ。
葉が先を隠し、つるが隊列を許さず、根と枝が長物を殺す。
ライアは、それを正しく読んだ。
そしてすべてを焼いた。
なるほど、完璧だ。
攻略する側には。
焼けたものは戻らない。迷宮の損は痛みでは来ない。
こうして残る。
次に誰かが来ても、もう葉を分ける必要はない。
縦に並ぶ必要もない。
枝に剣を取られることもない。
ただ歩けばいい。
まっすぐ歩いて曲がる。
それだけだ。
挑戦者は少し強くなった。
迷宮は、かなり弱くなった。
自称剣士が一人、一度通っただけで、そうなった。
俺は文句を言う相手を探した。
見つからなかった。




