第十八話 場所がないなら、作ればいい
第三階層に、意識を合わせた。
葉だ。
石の通路の上に、大きな葉が垂れている。
太いつるが壁から壁へ渡り、ところどころ背の高い草が伸びている。
三人はその下にいた。
横に並ぶ幅はない。
三人とも縦に並んでいる。
そう立つように作った。
◇
リナが先に屈んだ。
目の前の葉を、そっと横へ動かす。
「床、ありますね」
石が出た。継ぎ目も、俺が引いたとおりに続いている。
「この先も、たぶん同じですね」
同じだ。
葉の下は端まで全部、石だ。
誰も見ないところまで、ちゃんと作ってある。
ディアドラは進む方向を決めようとしなかった。
二人が動くのを待っている。
俺はこの階層を見直した。
罠は減らない。
石壁も壊されない。
それでいて、長物は使えなくなる。
ただ歩きにくい。
地味だ。
実に地味だ。
だが、挑戦者には嫌な階層だ。
いい。
実にいい。
誰にも褒められないが、俺は気に入っている。
◇
ただ、一人だけ植物を見ていなかった。
ライアは左右を確認する。そして上も。
「狭いな……」
「そうですね。歩きにくいです」
「そうじゃない」
ライアが剣の柄に手を置いた。
「横に斬れば、そこの葉に当たる」
右手を腰の高さで水平に動かした。途中で止まる。
「上段は、つるで止まる」
腕を上げる。頭のすぐ上に垂れている。
「踏み込むと、根で姿勢が崩れる」
足元を指さした。石の継ぎ目から根が浮いている。
「三つとも、死んでいる」
リナが目を丸くする。
「そこまで考えてたんですか?」
「剣士だからな」
俺は黙っていた。
全部合っている。
見える範囲、並び方、動ける広さ。
俺がこの階層に持たせた制限だ。
『これが第三階層だ』
届かない。
届かないが、言った。
こういう客なら、悪くない。
少し気分がいい。
◇
「ならば、話は早い」
ライアは剣を抜いた。
「剣を振れる場所が無いなら、作ればいい」
『待て』
今、何を作ると言った。
嫌な予感がした。
だが、ライアがやったのは、そういうことではなかった。
一番手前のつるに、刃を斜めに入れる。
まっすぐではなく、斜め。
つるが落ちた。
次は、振り切った先に枝が来ない角度を選んでから振る。
太い枝が落ちた。
根を踏まない位置に足を置いて、そこから振る。
三本目のつるが落ちた。
「すごい……きれいに切れてます」
やるな。
文句のつけようがない。
一本目は、見事だと思った。
二本目も、見事だと思った。
三本目で、俺は数えはじめた。
四本目。
五本目。
『待て待て』
六本目で、曲がり角まで見えた。
七本目で、頭上のつるが落ちた。
ディアドラが、落ちたつるを踏まないように一歩下がる。
俺の階層が、きれいに伐採されていく。
止める理由はない。
正当な攻略だ。
剣士が、剣を使って切り開いている。
何も間違っていない。
間違っていないのだが。
なんか、気に入らん。
◇
ライアが止まった。
目前の通路が緑で埋め尽くされている。向こう側は見えない。
リナが近づいて、葉の隙間へ顔を寄せた。
「床は続いてますね……」
葉を押さえたまま、少し目線を下げる。
「隙間から、石が見えます。進めないわけじゃないです」
「一本ずつなら切れるが、これはそうじゃない」
ライアが、自分の左手を見ていた。
開いて、握る。
前もそこで握りなおした。第二階層で骸骨兵を二体、前にしたときに。
「ライアさん」
リナが呼んだ。
「戻って、別の道を探しませんか?」
俺は少しだけ、考えた。
あの量を剣で片づけるのは無理だ。
焼けば早い。
――いや。
やめろ。
あの火は、高くつく。
「いや」
ライアは前を向いたままだった。
「剣で戦うためには、まず剣を振れる場所が必要だ」
筋は通っている。
通っているんだが。
ライアが左手を上げた。
リナが下がる。ディアドラは、さらに後ろへ下がった。
ライアだけが前に残った。
炎と共に白い光。
それから、赤。
葉は縮れて黒く焦げ、太いつるは音を立てて裂けた。
熱気は通路を駆け抜け、曲がり角の手前まで抜けていった。
しばらくして、火が消えた。
灰が落ちる。
それだけだった。
◇
リナが最初に前へ出た。
片足ずつ、床を踏んで確かめる。
「熱くはないです」
右の壁際を見る。左の壁際も見る。
「燃え残りも、ないみたいです」
『何だ、これは……』
灰色の床と、灰色の壁。
曲がり角まで、まっすぐ一本。
幅は、両側に剣を振っても壁に当たらない。
頭上には何もない。
根も焼けて、床は平らだ。
『剣士には理想的な環境になったな……』
ライアも、同じことを思ったらしい。
「よし」
剣を構えた。
構えて、
刃先が、揺れた。
ライアは自分の右手を見た。
指が震えている。
握りなおすが、震えは止まらない。
「ライアさん、手が……」
リナが気づいた。
「怪我ではない」
ライアはそう言って、剣を下ろした。
下ろして、通路を見た。
「やっと戦える場所ができた」
剣を振れる場所を作る。
その目的だけなら、これ以上ない成功だ。
本人の剣先が、まだ震えていることに目をつぶれば。
曲がり角の向こうから足音がした。
一つじゃない。
三体、出てきた。
背は低く、緑がかった肌。手には粗末な短剣。
ゴブリンだ。
開けた通路の、まっすぐ先。
見通しはいい。
ライアが剣を握り直す。
けれど、それだけだった。切っ先の震えは、まだ止まらない。
リナが、借りた剣の柄を握った。
ディアドラが下がった分だけ戻ってくる。
三体は短剣を持って、まっすぐ歩いてくる。
広い通路だ。
逃げるにも、攻めるにも困らない。
どちらにとっても。




