第十七話 あら……
三人が、第二階層の回廊に入ってきた。
俺は意識を、そこの一か所へと絞った。
ダンジョンは広いが、俺が見られるのは集中した一点だけ。
他はわからない。
今日はここでいい。
先頭にリナ。半歩ほど後ろにライア。
最後尾に、頭を覆う布と、白い裾の長い衣。
ディアドラ。
この組み合わせは初めてだな。
◇
「あの、ディアドラさんって、ダンジョンに入ったことは?」
リナが振り返って聞いた。
「そうですね。遠征への同行経験ならあります」
「じゃあ、慣れてるんですね。何階まで行かれたんですか?」
「遠征への同行経験なら、あります」
同じ答えが返ってきた。
リナが少し待つが、続きは来なかった。
「……そうなんですね」
リナが前へ向き直った。
『おい』
二つ聞かれて、一つしか答えてない。
しかも二度目も同じ文だ。
何階まで行ったのかは、どこへ消えた。
隠しているのか。
いや。
隠すなら、もう少し隠す努力をするだろう。
たぶん。
昨夜、この女は自分から撤退という言葉も出した。
危なくなれば引く。
その線を引ける冒険者なら、そう心配することもない。
俺はそう思った。
長くはもたなかった。
◇
リナが回廊でしゃがんでいる。
「見てください。この継ぎ目、幅が違いますよね」
リナは天井を見上げた。
「上の石も、ずれてます。たぶんここが――」
「なら避ければいい」
ライアが言って、そのまま前へ出た。
『人の話は最後まで聞け!』
その足が継ぎ目をまたいで、その一歩先を、
踏んだ。
床が沈んだ。
天井の石が抜けて落ちる。
乾いた音が、回廊に響きわたる。
ライアは落ちる直前に、右へ跳んでいた。
石は当たっていない。
当たってはいないのだが、
「……くっ」
着地で片足を傷めたようだ。
砂埃が舞う。
ライアは剣を支えにして立ち上がった。
「問題ない。石は当たってない……」
問題は石じゃない。
ライアは右足に体重をかけようとして、すぐにやめた。
そのとき、角の向こうから二つの人影が現れた。
さっきの音に反応したのだろう。
白い骨。人ひとり分の背丈。錆びた剣。
骸骨兵。
『おい、来てるぞ!』
俺は叫んだ。
届かない。
ライアは二体に気付くと、剣を抜いた。
抜いただけだった。
「……くそっ」
足が動かない。
そこで、ライアの左手が一度だけ開いた。
開いたが、握りなおした。
『いや、そこは魔法を使うところだろ!』
届かない。
こいつは火を出せる。
出せば、あの二体は片づく。
そのかわり、しばらくは指が震えて剣が持てない。
ライアは左手を下ろした。
剣を選んだ、ということらしい。
リナが前へ出た。
ライアに借りた模造剣。少し重いやつだ。
一体目が錆びた剣を振り上げる。
リナは踏み込まなかった。
半歩、下がって刃先が顔の前を通り過ぎる。
振り切って腕が伸びたところへ、リナが入った。
腕ごと剣が落ちた。
返す刃で、首の付け根。
崩れた。
『いいぞ』
自分の間合いじゃなく、相手の間合いで測ったな。
前に見たときのこいつには、それができなかった。
だが、もう一体はライアのほうへ回った。
当然だ。
魔物は動けないやつを狙う。
ライアが構える。
構えるだけで、間合いは変わらない。
「ライアさん。危ない!」
リナが叫ぶ。
そのとき、後方から白い光が走った。
ディアドラの詠唱は短い。
光はライアの脇をかすめて通ると胴へ、
直撃。
骨はばらけた。
『……いま、ライアの脇を抜いたぞ』
外れれば、当たるのはライアだ。
迷いがない。
あれは、戦い慣れた者の撃ち方だ。
俺の中で、この女の評価がもう一段上がった。
ライアは剣を鞘へ戻した。戻すのに手間取っていた。
「大丈夫ですか!? ライアさん」
リナが駆け寄って、身体を支える。
「……すまん。相手が二体だとは」
油断して罠にかかった、魔法を出し渋った、とは言わない。
ディアドラが一歩前へ出た。
「ライアさん。右足に、体重を乗せられますか」
「……乗せられる」
「では、乗せてください」
ライアは乗せようとして、乗せられなかった。
「治します。よろしいですね」
「……ああ」
ディアドラは、そこまで一歩も動いていない。
ライアは言い返さなかった。
言い返しようがない。
乗せられるか、乗せられないか。
それだけの話にされた。
白い光が足首を包みこんだ。
ライアは立って右足で床を踏んだ。
「……治ってる」
その横で、リナは埃を見ていた。
落石で舞い上がった埃が、まだ残っている。
それが一方向へ流れていく。
リナが壁の蠟燭を見た。炎がわずかに同じ方向へ傾いている。
次のも、その次も。
「風、あっちから来てます」
正解だ。
正規出口の方向。
突き当りには《踏破門》がある。
先頭のリナが、蠟燭を一本ずつ確かめながら進む。
ライアはもう足を引きずっていない。
蠟燭の列の、その先。
リナが指をさした。
「あれだと思います」
三人は足を早めた。
◇
《踏破門》の少し手前。
回廊の真ん中に、宝箱が二つ並んでいた。
「ライアさん、あの並び……」
埃はついておらず、蓋の金具は蝋燭の光を反射する。
「ああ。親切すぎる……」
「罠かどうか、分かりますか?」
「開けるまでは分からん……」
「じゃあ」
「だから触るな。行くぞ」
「そうですね」
二人は正しく警戒した。
その横を、白い裾が通っていった。
『は?』
ディアドラはまっすぐ左の箱へ向かうと、蓋に手を置いた。
『おい、待て!』
「ディアドラさん、それは!」
リナの声は早かったが、間に合わない。
蓋が開いた。
いや、正確には口。
同時に、右も動きだす。
《ミミック》。二体。
ディアドラは手を置いた姿勢のまま、ゆっくり立ち上がった。
悲鳴は上げない。
「あら……」
『あら、じゃない!』
さっき骸骨兵を一撃で吹き飛ばした女と、同じ声だった。
リナがとっさに剣へ手をかける。
一瞬だけ構えて、すぐにその手をはなした。
「走りましょう! 門へ!」
いい判断だ。
一体であれだけ手を焼いたんだ。
二体を相手にできるわけがない。
ライアがディアドラの腕を引いた。
三人が走る。
箱が二つ、床を跳ねながら追ってくる。
リナ、ライア、ディアドラの順で門を抜けた。
抜けた瞬間、俺の中で第二階層の扱いが変わる。
この三人は、もうここを通り道にできる。
踏破とは、そういうことだ。
ミミックたちは門の手前で止まった。
二体は床に落ち着いて、蓋を閉じると、置かれた箱に戻った。
三人とも息が上がっている。
『触るなと言われた直後に……』
『いきなり触るやつがあるか?』
リナは止まった。
ライアも止まった。
遠征に同行して、魔物を瞬時に倒し、ライアを説得し足を治したディアドラだけが止まらなかった。
その止まらなかった当人が、二人へ向き直った。
「リナさん。ライアさん」
深く頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
「いいんです。門は抜けられましたから」
リナが両手を振る。
「お二人を、走らせてしまいました」
『そこ!?』
走らせたこと、か。
開けたことじゃなくて。
「走るのは、私が言いました」
リナは流した。
「では、その点については安心いたしました」
『こら。安心するな』
――待て。
さっきの、ライアの言葉。
開けるまでは分からん。
あれは「開けるな」だ。
だが、終わりのある仕事に聞こえたんじゃないか。
開ければ、分かる。
分かれば、終わる。
確かめようがない。
本人に聞くわけにもいかん。俺はここにいないことになっている。
あの女は強い。そこは動かない。
だが、次にあの三人が何かを頼み合うとき、言葉を一つ間違えれば、また箱が開いてしまうかもしれない。
俺は意識を第三階層へ移した。




