第十五話 出立の前
二階で床が鳴る音がした。
階段を降りてきたディアドラは、昨日と同じ白い服だった。
「おはようございます」
「よく眠れたか」
「はい。寝台も毛布も、枕も、水差しまで」
「酒場にはあるものだ」
「昨日、外から見た際には何もないように見えたのですが」
「配置換えをしたんだ」
「……さようでございますか」
ディアドラはもう一度、頭を下げた。
まあいい。
泊めた分は、宝を持ち帰ってから払ってもらう。
そこで扉が開いた。
「おはようございます!」
リナだ。
背には荷。
腰に鞘は下がっているが、中身がない。
昨日ミミックに折られたまま、まだ調達できてない。
「早いな」
「今日は寝坊できないので」
その後ろから、ライアが入ってきた。
布に巻いた長いものを、肩に担いでいる。
「約束のものだ」
布を取ると、鞘に入った剣が出てきた。
「模造品だが、斬れる」
「ありがとうございます!」
リナは両手で受け取ると重さをたしかめた。
「すこし、重い……のかな?」
「お前のより指一本ぶん長い。そのぶん重い」
リナは剣を目の高さまで上げ、それから柄へ視線を落とした。
止まった。
「ライアさん。これ、何ですか?」
「どれだ」
「柄のここに、彫ってあります」
俺も覗き込んだ。
柄の端の少し下に、細い線を組んだ印がある。
「飾りだ」
ライアが答えた。
「きれいですね。線が組み合ってて、真ん中だけ深くなってます」
「……剣を見分けるための印だ」
「え?」
リナが顔を上げた。
「さっき、飾りだって言いませんでした?」
「それより、握り心地はどうなんだ?」
苦しい。
実に苦しい。
説明を足すやつは、足した分だけ崩れる。
俺ならもっと上手くやる。
「あ、はい」
「握りが細い。しっかり指を使え」
ライアが続けた。
「わかりました」
「鞘も持っていけ。お前のには入らん」
剣の話に戻った。
戻し方が早い。
リナは空の鞘を外してから、模造剣をしまった。
◇
俺はカウンターの下へ手を伸ばした。
置いてあるものを、順に上へ出す。
布に包んだ携行食が三つ。
水筒が三つ。
「持っていけ」
「え」
リナが振り返る。
「いいんですか?」
「余り物だ。気にすることはない」
「本当に余ったんですか?」
「昨日の仕込みで残った」
リナは包みへ近づいてきて、指で数えはじめた。
「一、二、三……」
数えるな。
「水も、一、二、三」
だから数えるな。
「ナラックさん」
「なんだ」
「余り物なのに、ちょうど三人分なんですね」
「水が余った」
「水が、ですか」
「そうだ」
「食べ物は?」
「……」
「あの」
ディアドラが前に出た。
「昨夜、道中の食料も用意してくださると、仰っていました」
助かった。
こいつは話の運びかたが分かってる。
「ありがとうございます。私の分まで」
「そういうことだ」
「じゃあ、ディアドラさんの分は約束の分ですよね」
リナが包みを一つ、そっと横へ寄せた。
「残りの二つは?」
助かってなかった。
「二つ余ることもある」
「携行食が、ちょうど二人ぶん余ることってありますか?」
「……ございます」
なぜ俺が敬語になっている。
ある。
昨夜のうちに、俺が包んだからだ。
もちろん、そんなことは言わない。
言えば、次からこいつらは俺を当てにする。
それは困る。
リナは荷物を確かめてから、俺を見た。
「ナラックさん。ありがとうございます。行ってきます!」
「無理はするなよ」
「はい!」
三人は奈落亭を出て、踏破門へ向かった。




