第十五話 募集、何のことでしょうか?
「募集? 何のことでしょうか?」
――違った。
今日の清算。
最後の一行。
治癒師、一名。
消去。
書いてから消すまでが、早すぎる。
さっきまで、まぶしかったのだが。
気を取り直す。
「勘違いだ。忘れてくれ」
応募者でないなら、こいつは何しに来たんだ。
聞いてみるか。
「とりあえず、名は?」
「ディアドラと申します」
頭を下げた。
手は膝の上で重ねたまま。
「あ、私、リナです。さっきはありがとうございました」
「ライア。剣士だ」
名乗りが済んだ。
「ディアドラだな。この迷宮に何の用なんだ」
「導かれました」
「……」
導いた覚えはないぞ。
「ええと。それはどういう……」
「失礼しました。ながらく攻略者の途絶えた迷宮があると耳にしまして」
「それで?」
「誰も入らぬ迷宮の宝なら、持ち出されておりません」
正しい。
気に入らないが、正しい。
誰も来ないのだから当然だ。
「つまり、宝探しか」
「ええ。お恥ずかしながら」
「恥じることなどない。冒険者は大体そうだ」
「実は、遠征で路銀が尽きておりまして……」
水を一口だけ飲んで触らない。
俺はあれを、「慎ましい」と思った。
違った。
金がなかっただけだ。
この身なりで金が無いとは思わなかった。
今日は訂正が多いな。
「あんたの読みは当たってる。今日、そこの二人が宝物庫を見つけた」
「まあ……本当ですか?」
「それで、宝は?」
「焼けた。全部」
「宝箱の一つがミミックだったんです」
リナは灰の付いた髪を触っている。
「置いてたもの、全部飲み込まれちゃって。倒すしかなくて」
「持って帰れたのは、これだけなんです」
拳ほどの、溶けた塊。
ディアドラはそれを両手で受け取った。
傾け。光に当て。
値打ちを確かめる手つきだ。
「……これだけ、ですか」
ディアドラは肩を落とした。
当然の反応だ。
当ての宝が消えたのだ。
「ナラックさん。他に宝物庫ってないんですか?」
リナが身を乗り出している。
「なぜお前が聞く?」
「手を治してもらったし、それに焼いたのも私たちなので……」
そういう理屈で動くやつだった。
「知らん」
嘘をつく。
位置も知っている。
中身も知っている。
扉の向きも知っている。
ただ、これ以上は言いたくない。
難易度が下がる。
それは嫌だ。
「そうですか……」
リナは小さく息をはいた。
ディアドラは姿勢を変えた。
白い裾が、床の灰に触れる。
礼をしてから、出ていくしぐさだ。
「……知らんが、昔、冒険者から聞いた気がする」
口が勝手に動いた。
「第四階層には、一室あるらしい」
三人が一斉に俺を見る。
「あれ? 知らないって言いませんでした?」
「知らんが、聞いたことがあった」
「……」
「まあ、細かいことはいい」
ディアドラは変わらず、そのまま席を立とうとしている。
「まさか、一人で行くのか?」
「はい」
「仲間は?」
「今はおりません」
「食料が半分になる前に引き返します」
こいつ、ダンジョンに潜り慣れてるな。
撤退の線を引いている。
「では、参ります」
無謀ではない。
おそらく選択肢がないだけだ。
――って、待て。
こいつ、金を持ってないよな。
「食料はどうやって調達するんだ?」
「……道中でなんとか」
拾い食いでもするつもりか……
「面白いな」
ライアだった。
顔は灰だらけのままで、前に出てきた。
「第四階層と言ったな?」
「言った」
「なら、腕試しができる。宝物庫に剣も、あるかもしれん」
「私も行きます。治してもらったので、返します」
リナも乗ってきた。
「あ、でも……」
リナは腰に手をやって気付く。
鞘は空だ。
剣はミミック戦で折られている。
「明日、俺のを貸してやる」
ライアが持ちかける。
「え?」
「模造品だが問題なく斬れる。自分のが手に入ったら返せ」
「ありがとうございます! ライアさん」
「お待ちください」
ディアドラが二人の前に立つ。
「あなた方を巻き込むわけには……」
「巻き込まれてはいない」
ライアが即答する。
「俺の意思だ。剣を見に行く」
「私も返させてください。先を見たいってのも、かなりありますけど」
リナも譲らない。
「リナさん……ライアさん……」
ディアドラが二人を順に見た。
目を伏せて小さく息をした。
返事がない。
これは気が進まんということか。
「嫌なのか?」
「えっ? いいえ!」
初めて声が張った。
「いいえ! いいえ、とんでもありません!」
「ぜひ、ぜひ、ご一緒させてください!」
酒場にディアドラの声が響いた。
「……なんて尊い」
最後だけ静かだった。
リナは固まっている。
ライアは柄に手を置いて構えている。
尊い。
どれのことだ。
樽か。
看板か。
うちの煮込みか。
まあ、いい。
三人をまとめて見る。
ディアドラ《治癒師》
ダンジョンを歩き慣れてる。
力量は熟練冒険者並みだろう。
リナ《剣士》
成長はしているが、まだまだ。
見つけたものを的確に使う。
ライア《剣士》
剣は弱い。剣を見る目はある。
魔法を使う気にさせれば本物だ。
行ける。
弱点を補ってはいる。
到達できるかもしれない。
それに、このままディアドラを仲間にできるかもしれん。
「よし。明日から三人で行け」
「はい!」
リナは威勢よく返事をする。
「ただし、無理はするな。踏破門を超えたら、一度は引き返すことも考えろ。」
◇
出発は翌朝と決めた。
リナとライアは先に帰った。
ディアドラはまだ残っている。
「宿は?」
一応、聞いておく。
「これから探します」
「金はどうするんだ?」
「宝を得た後に、払える宿があれば……」
――あるわけないだろ。
「二階で寝ろ。夕飯も用意してやる。道中の食料も」
「そこまでしていただくわけには。ほかのお客様は?」
「夜になれば、ここは客もいない。安全だ」
昼間もいないが。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
ディアドラは深々と頭を下げた。
――ところで、二階には何もない。
泊まる客のために生やした階だが、これまで泊まった客はいない。
木の床と、木の壁だけだ。
寝ろ、と言った手前、床板で寝かせるわけにもいかん。
二階にベッドを一台。毛布を一枚。枕を一つ。
生やしておいた。
……水差しも置いておくか。
夜中に喉が渇くかもしれん。
ふん。
勘違いするなよ。
明日の戦力を整えているだけだ。
しかし、分からんことがある。
こいつ、これだけの能力で、なんで一人なんだ。
たしか、遠征で金が尽きた、と言ってたな。
旅先で仲間がやられたのか。
それとも見る目のないやつらに追放されたのか。
後者だな。
世の中、見る目のないやつが多すぎる。
俺の評価も不当だ。
まったく持って腹立たしい。
清算に、もう一行足す。
治癒師、一名。
――いや、まだ気が早い。
明日の挑戦者、三名。
こっちは確定してる。




