第十四話 ついに、まともなのが来た
今日、俺の意識は第二階層にあった。
リナとライア。
乾いた回廊。隠し部屋の宝物庫。
それと、灰。
だから酒場は見ていない。
いや、正確ではないな。
店主の身体はここにあった。
周りで起きたことが、わからないだけだ。
――で。
奥の椅子には、知らない女が座っていた。
「……」
いつの間に……
「ナラックさん」
リナは俺と同じ方を見ていた。
「お客さん、いますよ?」
「見ればわかる」
見えてなかった。
◇
店の鐘が鳴らないことに、うなだれた日々がある。
椅子を生やしたのに、無駄になったこともある。
そんな酒場に客が来た。
女を見る。
第一印象。座り方が違う。
背筋は伸びており、両手を膝の上で重ねている。
着ているものが白い。
裾の長い衣と、頭を覆う布。
若くはない。
リナやライアほどの若さではない、という意味で。
落ち着きはらった。
というのは、こういうたたずまいのことだろう。
しかし、何者だ。
女が立ち上がった。
俺は思わず身構える。
が、こちらを見ないまま、リナとライアのところへ歩みを進めた。
「まあ……」
「あなた、お怪我は?」
リナが目を丸くした。
「え? あ、いえ」
「そんなに灰だらけになって。どこか痛くないですか?」
「あっ、灰は平気です。ただ、ちょっと脂っぽくて、とれないのもあって」
「脂?」
俺の中の宝物は、「脂っぽい」で流された。
女はリナの手元へ目をやる。
俺も気になったので覗いてみる。
手のひらあたりが真っ赤だ。
柄に体重を乗せて、ミミックをこじ開けたときの影響だろう。
「失礼します。少し、診せていただけても?」
「いえ、そんな」
「痛みがあるうちは、痛いと言っていいのですよ」
リナが、おそるおそる両手を開いた。
女はそれを覗き込み目を伏せる。
「では、少しだけ」
触れない高さに、両手をかざす。
「――光よ」
「この手を、傷つく前の形へ」
女の掌からは白い光が流れ、リナの手をやわらかく包んだ。
光はしばらく留まって明滅する。
赤みが引いていった。
――この女、治癒師か。
「はい。もう痛みません」
「……えっ?」
リナは手を握っては、また開く。
それを繰り返した。
「あれ? 痛くない」
「あとは、よく食べて、よく眠ることですよ」
いいことを言う。
うちの守護者が毎日やってることだ。
「そちらの方も。診せていただけますか?」
「断る」
ライアが手を後ろへ回した。
「剣士は、かすり傷など数えん」
数えろ。
「そうですか」
女は伸ばしかけた手を止めると、そのまま静かに下ろした。
「失礼しました。勝手に触れてはいけませんね」
――ん?
引いた。
断られて引いた。
断られて素直に引く。
久々に見たかもしれん。
「ではせめて、お顔の灰を」
「これは剣士の勲章だ」
「まあ」
違うだろ。
◇
女がようやく、こちらを向いた。
「この店の主人でいらっしゃいますね」
「そうだ」
「お取込み中に見えましたので、待たせていただきました」
――待たせていただいた。
つまり、この女はこちらが気づくまで黙っていたわけだ。
どれくらい黙っていた?
わからん。
「すまんな。うちは客を待たせる店なんだ」
「私、待ったことないですけど」
リナが口を挟む。
こら。
余計なことを言うんじゃない。
「お前は特別だ」
「え。あ……ありがとうございます」
リナは、はにかんだ。
違う。
お前らしか来ないから、待つことがないんだ。
それは言わないでおく。
◇
大事なことを忘れていた。
酒場の店主には、通常の手順がある。
「注文は?」
女は何か言おうとして下を向いて、
顔を上げた。
「……お水を、いただけますか」
一番安いものを頼まれるかと思ったが、
その下があった。
俺は水を出す。
女は両手で受け取ると、頭を下げた後、一口だけ飲んだ。
あとはカウンターに戻して、それきり触らない。
慎ましいな。
――ん?
待て。
注文をしない者が、俺に気づかれるまで待っていた。
ということは。
それは客じゃない。
客じゃないなら何だ?
聞けば済む。
「うちに、何の用だ」
女はこちらへ向き直り答えた。
「このあたりに、奈落の千層迷宮があると聞きましたので」
「ああ。たしかにある」
――今、「聞いた」と言ったよな。
誰から? どこで?
考えるまでもない。
俺が街へ出したのは、あの募集の板しかない。
見た者が話し、聞いた者が来たのだ。
しかもこの女は、俺が気づくまで待っていた。
用があるから、待つのだ。
こいつは応募者だ。
ここで俺はようやく、いつものを思い出した。
力量の確認だ。
すっかり忘れてた。
この女が先に二人の怪我の話を始めるからだ。
筋力。敏捷性。器用さ。生命力。
――高い。
肉体。魔力回路。資質。適性。
――すべてが高い。
上から下まで、まとめて高い。
どこかに穴があるだろうと思って二周した。
穴はない。
その上で、回復に関わる項目が、頭一つ抜けている。
まともだ。
久しぶりに、まともな冒険者を見た。
大歓迎だ。
リナとライアでは足りなかった部分を完全に埋める。
今日の清算を、もう一度書く。
ミミック一体――撃破。
宝物庫一つ――消失。
リナの剣――折れる。
報酬――正体不明の塊一つ。
治癒師、一名。
最後の一行がまぶしい。
やはり、椅子を生やすことが必要だったのだ。
「あの、どうなされたのですか?」
おっと。
俺としたことが浮かれすぎてしまったようだ。
「よくきてくれた。募集の板を見て来たんだろ?」
「募集? 何のことでしょうか?」




