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第十三話 動く箱もある

 第二階層は乾いている。


 石造りの回廊が続き、脇に小部屋が並ぶ。

 壁に灯る蠟燭が、回廊をほの暗く照らしている。

 

 ここから第十階層までは、《複魔眼》ミルアの区画だ。


 早速、ライアが前へ出た。


 ……出すぎている。


 リナが立ち止まった。


 ……止まりすぎている。


 ライアは回廊の真ん中を、ずかずかと進む。

 リナは床を見ながら、壁際を慎重に進む。


 二人の距離が徐々に開く。


「ライアさん。そんなに真ん中を歩くと……」


「そこだと剣が壁に当たる。剣士が剣を使えなくして、どうする?」


「……はい」


 正しい。

 正しいが、それは通路の幅の話であって、罠の話ではない。


 もっとも、この回廊に罠は置いてない。


 ライアは堂々と真ん中を渡りきった。


 ――なんか、気に入らん。


 二人は俺の言った通りに、三つ目の角を右へ曲る。


 目の前には壁。

 リナが壁を叩きはじめた。


「あっ。ここだけ音が違います」


 押す。

 ズズズ……と音を立てて、石の扉が開いていく。


 千年で初めてのことだ。


 石張りの部屋を、壁の魔石が薄っすらと照らしている。


 ここには、金貨、銀貨、宝石、武具。

 壁には、剣が一振り。

 他にも宝箱を六つ置いた。


 二人で持ち出せる重さはたかが知れている。

 金貨なら片手ぶん、宝石がいちばん割に合うだろう。


 五百分の一の、その一部。

 安いものだ。


「あった」


 ライアがまっすぐ壁へ歩いていった。


 途中で宝石を踏んだ。

 金貨も踏んだ。


 ライアは真っ先に剣を見にきた。

 この部屋の他のものは、目に映ってないようだ。


 まあいい。

 そういう客もいる。


 リナは宝箱の前でしゃがんでいた。


「宝箱が七つありますけど」


 ああ。

 好きなだけ持っていけ。


「この箱だけ、埃がないですね」


 埃はいいだろ。

 金貨を見ろ、金貨を。


 リナが顔を近づける。


「しかも、さっきより手前にあります」


 ――ん?


 何かがおかしくないか。


 俺が置いたのは、たしか。


 六つだ。


 ――待て。


 埃がない。

 位置が変わる。

 宝箱の形で、宝物庫の中にいる。


 《ミミック》だ。


 待て。

 俺はこの部屋に置いた覚えはないぞ。


 たぶん。


 そうしているあいだにも、リナの手は(ふた)に届いている。


『触るな!』


 届くわけがない。

 それでも俺は叫んだ。


 ライアが、壁の剣の柄をつかんだ。

 リナが、蓋に触れた。


 蓋が開いた。


 部屋の宝が、床を滑りながら吸い込まれる。

 金貨も、銀貨も、宝石も、武具も。

 壁の剣は、掛け具ごと持っていかれた。


「俺の剣が!」


 ライアが叫ぶ。

 

『まだ、お前のじゃないだろ』


 宝を吸い込み、膨れ上がったそれは部屋の真ん中に鎮座する。


 俺の宝物庫が、丸ごと一匹になった。


 しかし……こいつ、いつからいた?

 家賃も払わず、挨拶もなく、俺の宝を抱えて居座りやがって。


 念のために、ミミックの数値を見た。

 

 硬い。

 第二階層のどの魔物よりも硬い。


 ――しかし、

 勝手に住み着いたやつが、宝の番として実にいい配置になっている。

 結果としてダンジョンの難易度が上がっている。


 それならいいか。

 

 いや、良くない。


 ライアとリナが剣を抜いた。


 まずはライア。


 いい踏み込みだった。

 教本のように正確に動いて、外殻に当たって、


 弾かれる。


「……今のは、踏み込みが浅い」


 二合目。弾かれる。


「……今のは、間合いが遠い」


 三合目。弾かれる。


「……今のは、硬い」


『それは最初からだろ』


 四合目で火花が散った。


 傷一つ、つかない。


 リナが横から入る。


 合わせ口あたりを狙っている。


 正しい。

 外殻より、継ぎ目のほうが薄いはず。


 二合目。三合目。四合目。


 合わせ口も硬い……


 五合目でミミックが跳ねた。


 蓋が開き、

 噛みつく。


 リナは下がらず、横へ転がった。


 ミミックの蓋は閉じている。

 リナがいた場所の床は割れていた。


『家賃も払わず、床を割るな!』


 リナは転がったまま、剣を握っている。


「今のは、いい足運びだ。リナ」


 そして、ライアは七合目で、

 

「……剣だけでは、無理だな」

 

 自分から言った。


 リナは肩で息をしていた。

 だが、目は相手を追い続けている。


 宝を飲み込むところから、剣が跳ね返るところまで、全部見ている。


「ライアさん。あれ、宝ごと入ってますよね」


「ああ」


「宝だけ出す方法……ないですよね」


「おそらくはな」


「あれ、燃やせますか?」


「燃やせる」


『こら! そこは迷え! 少しは迷え!』


「宝は、諦めます……」


『諦めが早いわ!』


 二人とも迷わなかった。


 俺の宝を。

 俺に断りもなく。

 いや、断りを入れられても困るか。


「でも、外からじゃ燃えないと思います」


「なら、どうする?」


「気付いたんですけど、斬るたびに蓋が少し開くんです」


 たしかに開いていた。


 剣が当たるたび、あれは身をよじる。

 よじるたび、口がわずかに開いて、また閉じる。


「そこなら、炎を中まで通せるはずです」


「開いている時間が短すぎる」


「開けておきます。私が」


 リナが剣を構え直す。


 ――どうするつもりだ


 ミミックの正面に立った。


 ライアが下がる。


 リナが、

 斬る。


 身をよじる。

 口が開く。


 リナが下がって、

 踏み込む。


 ――かかとが、浮いてない。


『……こいつ、直したのか』


 俺は口元が緩んだ。


 そして、

 リナは剣をまっすぐ、

 

 突き立てた。


 やつは口を閉じにかかるが、閉じきらない。


 リナが剣の柄に、体重を乗せている。

 両手では足りず、肩まで入れて、


「こんのぉ!」


 こじ開けた。


「ライアさん!」


 リナが叫んだ。


「私の剣を狙って!」


 手を離した。

 離してから、転がるように移動して距離を取る。


『いい判断だ』


 ライアが剣先をリナの剣へ向けた瞬間。


 刃が炎をまとった。


 剣へ魔法を乗せられるのか。

 撃つのではなく、斬る。

 こいつなりに、剣士の筋は通してる。


 炎が走った。


 狙いは外してない。


『っていうか、あるじゃないか。炎剣流……』


 ただ、加減だけが違った。


 部屋が白くなった。


 銀貨――溶けた。

 金貨――溶けた。

 宝石――弾けた。

 武具――炭。


『火加減を考えろよ!』


 失われるのは、俺の五百分の一の、そのまた一部と思ってた。

 五百分の一の全部のようだ。

 

 リナの剣は床を転がっていた。

 黒ずんだそれは、折れていた。


 天井からはパラパラと小石が落ち、煙は回廊のほうへ流れる。


 すすけたミミックは、動かなくなっていた。

 その周りには、貨幣や宝石だったものの残骸が散らばっている。


 ライアは剣を下ろした。


 ――いや、違う。


 落とした。


「からん」と、鋼が床を打つ高い音が響く。


 ライアは自分の手を見ていた。


 指が震えている。


 落とした剣を拾おうとするが、拾えてない。


 ライアはその場にへたり込んだ。


「大丈夫ですか!? ライアさん!」


 リナが駆け寄る。


「……強く撃つと、しばらく剣が振れんのだ」


「しばらくって、どれくらいですか」


「そう長くはない。気にするな」


 ライアは手を握って、開いた。


「宝を潰してしまった。名剣も一緒に……」


 それだけだった。


「帰りましょうか……」


 俺の宝物庫が一つ、完全になくなった。

 五百のうちの一つだ。

 残りはたくさんある。


 うん。

 気にすることはない。


 自分に言い聞かせた。


    ◇


 《奈落亭》の鐘が鳴った。

 

 俺は扉へと向かう。

 灰まみれのリナと、灰まみれのライアが立っていた。


「止まれ」


「え?」


「落としてから入れ。床が汚れる」


 二人が服を叩くと、灰が舞った。


 俺の宝物だったものが舞っている。

 これは武具だろうか、金貨だろうか。


 どっちでも同じか。


「ナラックさん」


 リナが力のない声で話しかけてきた。


「宝物庫、あったんですけど……持って帰れなくて」


「そうか」


「宝箱の一つが、動いてて」


「ほう」


「触ったら、魔物……ミミックだったんです」


「宝箱が動いてたら、普通は触らんだろう」


 理由が聞きたい。

 なぜ触る。


「もしかして……」


「もしかして?」


「動く料理もあるし、動く宝箱もあるのかなって」


 ――え?


 《紫煙茸》のスープ。

 紫色で、泡立っていて、目があった。


 あのとき俺は、こう言った。


 ――動く料理もある。


 だから今日、動く宝箱を信じた。

 

 リナならあり得る。


 っていうか、俺のせい?


「あっ、そうだ」


 リナが革袋から布包みを出した。


「これだけは持って帰れました」


 包みを開く。


 握りこぶしほどの、溶けた金属の塊。


 俺は値踏みをする。

 ……銅貨。

 いや、銅貨にも届かん。


「ライアさん。やっぱりこれ、報酬ってことで」


「いらん」


「でも」


「それは、俺が宝を潰した結果だ」


 リナは包み直して革袋へ戻した。


「じゃあ、預かっておきますね」


「ライアさん。すみません。せっかく行ったのに、こんなのだけで」


「気にするな」


 ――いや、気にしてるのは俺だ。


「それで、ミミックはどうしたんだ?」


 俺は知っているのだが、尋ねる。


 倒すまでの話は、知らないふりをして聞いた。


「リナ」


「はい」


「ミミックはな。第二階層で一番硬い」


「一般論、ですよね?」


 覚えられた。


「そうだ。出くわしたら、普通は死ぬ」


 リナは固まった。

 

 今ごろ怖くなったらしい。


「だが、死ななかっただろ? 二人でやったからだ」


「二人で、ですか?」


「そうだ」


 能力値ではわからない掛け算がある。

 俺は今日、それを見た。


 ライアが顔を上げた。


「俺は加減を間違えた」


「剣の狙いは外してないだろう?」


 剣の話にしておいてやる。

 魔法の話にすると、こいつはへそを曲げる。


「ナラックさん」


 リナが笑った。


「今、私たちを褒めたんですよね?」


「値踏みだ」


「ふふっ。ありがとうございます」


 俺は背を向けた。


 今日の清算。

 

 ミミック一体――撃破。

 宝物庫一つ――消失。

 リナの剣――折れる。

 報酬――正体不明の塊一つ。


 冒険者の育成は安くない。

 

 そう思うこととした。


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