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第二話 俺を攻略してみないか

「……」


 客は来ない。


 一時間。十時間。二日。


 客は来ない。


「なんでだよ……」


 俺はカウンターに突っ伏した。


 完璧なはずだ。


 酒もある。

 料理もある。

 価格も街より三割安くした。


 しかも迷宮産の新鮮な食材を使用している。


 毒きのこ。

 スライム液。

 デスワームの卵。


「……メニューが悪いのか?」


 いや、俺は使い魔に調査させた。

 それに冒険者はダンジョンのものも食う。

 大丈夫だ。


 待て。


 誰もダンジョンに来ないのに、ここを知ってるわけがない。

 そう思った時、入口の鐘が鳴った。


 客だ。


 俺は勢いよく顔を上げた。


 入ってきたのは、一人の若い女だった。


 十六、七歳くらい。色あせた革鎧を着ている。

 腰にはさびた剣。

 赤茶色の髪を後ろで雑に束ねている。


 装備は古い。


 いや、何よりの問題は。


「……ひどいな」


 弱い。

 とにかく弱い。


 俺はダンジョンだから、冒険者の力量くらいは一目で分かる。


 筋力。魔力。敏捷性。器用さ。生命力。


 低い。

 すべてが低い。


 千年間、見てきた冒険者の中でも、下から数えた方がずっと早い。


 女は店内を見回した。


「あのぅ……」


「いらっしゃい」


「ここ、酒場ですよね?」


「見ての通りだ」


「よかった」


 女は胸をなでおろしている。


 なぜだ。


「外の看板に《奈落亭》って書いてあったので、怖いお店なのかと思って」


「普通の酒場だ」


 少なくとも表向きは。


 店名は再考の余地ありか。

《ほっと奈落亭》という名が浮かんだが、やめた。


「好きな席に座れ」


「あ、はい」


 女はカウンターの端に腰掛けた。

 そしてメニューを見る。


 上から下へ。

 もう一度上から下へ。


「あの……すみません」


「なんだ」


「一番安い料理ってどれですか?」


「銅貨三枚の豆スープだな」


 女の顔が曇った。


「銅貨三枚……」


「高いか?」


「あ、いえ」


 そう言いながら、少女は腰の革袋を開けた。


 俺には分かる。


 こいつが持っている革袋の中身。

 銅貨二枚。

 以上。


「……」


「……」


 女はそっとメニューを置いた。


「すみません、お水だけっていけますか?」


「腹は減ってないのか?」


「大丈夫です」


 ぐう。


 絶妙なタイミングで女の腹が鳴った。

 顔が真っ赤になる。


「……減ってません」


 ぐううう。


「……」


「……」


 俺は厨房へ向かった。


「待ってろ」


「え?」


 豆を煮る。

 卵を落とす。

 香草を入れる。


 少し考える。


 棚から紫色の茸を一本取った。

 第一階層の毒沼付近に生える《紫煙茸》。

 そのまま食えば毒だが、適切に煮込めば毒耐性を高める。


 今日のところは必要ない。

 そのはずなのだが。


 女は明日、俺の中に入る。

 なぜかそんな気がした。


 料理が完成した。


 俺は女の前に湯気の立つ器を置いた。


「スープだ」


「え?」


「余り物の飯だ。気にするな」


「でも、お金……」


「試作品だ。感想を聞かせろ」


「余り物じゃないんですか?」


「余り物で作る試作品だ」


「あ、はい……」


 女はしばらく器を見つめていた。


 やがて恐る恐る匙を取る。


 一口。


 目を丸くする。


「おいしい……すごく、おいしいです」


 俺は少し得意になった。


「実は今日、何も食べてなくて」


「……朝も」


「……昨日の夜も」


 おい。

 どういう生活をしているんだ。


 女は夢中でスープを食べた。


 気づけば器は空だった。


「ごちそうさまでした」


 深々と頭を下げる。


「本当に助かりました」


「お前、冒険者か?」


「はい……一応」


 女は苦笑した。


「昨日までは」


「昨日まで?」


「……パーティーを追い出されました」


 なるほど。


 装備が古い理由も。

 金がない理由も。

 一人でいる理由も。


 全部つながった。


「役立たずだから、だそうです」


 女は笑った。

 だが、口元だけがぎこちなかった。


「剣も下手だし、魔法も使えないし、足も速くないし」


 正確な自己分析だった。


「二か月くらい一緒にいたんですけど」


 女は空になった器を見つめる。


 だいたい、想像はつく。


『お前がいるとランクが上がらない』

『足手まといなんだよ』

『次から来るな』


 そんなところだろう。

 珍しくはない。


 冒険者という生き物は、生死がかかる分だけ仲間選びに厳しい。

 だから弱いやつを容赦なく切り捨てる。

 目利きの怪しいやつらもいるようだが、合理的ではある。


 俺がそう考えていると、女が言った。


「私、ダンジョンはまだ挑戦してないから、最後の思い出に一人で潜ろうかなって」


 一応、尋ねる。


「どこのダンジョンにだ?」


「このダンジョンに」


「やめておけ」


 即答。


「え?」


「死ぬぞ」


「そんなにですか?」


「第一階層にオーガが二十体いる」


「二十!?」


「入口すぐには毒針廊下もある」


「毒針!?」


「しかも千本」


「なんで一層からそんなに殺意高いんですか!?」


 女は身を乗り出す。


「俺が聞きたい」


 いや、俺に責任があった。


「とにかく、お前一人では無理だ」


「そうですか……」


 女は肩を落とした。


 その顔を見た瞬間、俺の中に妙な感覚が生まれた。

 やはり、この女をこのまま帰したくない。

 そう思った。


 なぜかはわからない。


 俺は改めて女を見る。


 筋力。魔力。敏捷性。器用さ。生命力。


 どうしようもない。

 だが……どうしようもないのに、妙な違和感がある。


「どうしたんですか? じっと見て」


「なんでもない」


 俺は解析を深めた。


 肉体。魔力回路。資質。適性。


 ――見つけた。


 今までほとんど意識したことのない項目。


 《迷宮適応率》。


 冒険者が、どれほどダンジョンという環境に適応できるかを示す数値。


 普通なら十もない。

 一流冒険者で五十。

 歴代最高は第六百階層まで到達した勇者の八十。


 この女は――測定不能。


「……は?」


 もう一度解析する。


 同じだ。


 ――測定不能。


 俺の解析能力が追いついていないのか。


「なんだ、これは」


「え?」


 女が首を傾げる。


 俺は女を見た。


 どうしようもなく弱い新人冒険者、のはずだが俺には分かる。

 自分がダンジョンだからこそ分かる。

 こいつはダンジョンの中でこそ……


 化ける。


「名前は?」


「え?」


「お前の名前だ」


「リナです」


 俺は決めた。

 リナを育てる。


 あとで部下にも伝えなくてはな。


「リナ」


「はい?」


 俺はカウンター越しに、正面から向き合った。


「俺の名前はナラック」


 一度、言葉を切る。


「俺を攻略してみないか?」


「はい?」


 リナが固まった。

 俺も固まった。


 違う。

 言い方を間違えた。


「いや」


「店主さんを……?」


「違う」


「私が攻略?」


「違う。間違えた。今のは忘れろ」


「あ、はい」


「ダンジョンだ」


 俺は背後を指す。


 その向こう、巨大な石門の先に……俺自身が広がっている。


「あのダンジョンを攻略してみないか?」


 リナはしばらく黙っていた。


「私が?」


「ああ」


「……無理ですよ」


「今はな」


「今は?」


「挑戦はしたいのだろう?」


「それは、まあ」


 俺は口角を上げた。


「明日も来い」


「え?」


「どうせ腹も空かせてるだろう?」


 リナは意味が分からないという顔をした。


 当然だ。

 それでいい。


 俺自身もこの先どうなるのか、まだ分かっていない。


 ただ、確かなことがある。


 本日も侵入者はゼロだった。


 明日は一人、俺の千年で一番面白い挑戦者がやってくる。


 かもしれない。

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