第一話 冒険者が来ないので、入口に酒場を生やした
過疎ってしまった古の大ダンジョン。
ダンジョン本人が入口に酒場を生やし、「自分を攻略できる冒険者」を育て始める。
本日の侵入者――ゼロ。
昨日もゼロ。
先月もゼロ。
今年に入ってから、俺の中に足を踏み入れた冒険者は、たったの三人。
うち二人は入口を覗いただけで帰った。
残る一人は最初の曲がり角で落とし穴に落ちた。
生きてはいる。
たぶん。
「……まずいな」
俺は危機感というものを覚えていた。
俺はダンジョンである。
正式名称は――《奈落の千層迷宮》。
北方の大山脈のふもと。その地下深くに根を張る由緒正しき大迷宮だ。
最深部までの階層数――千。
生息する魔物――三万種以上。
確認されている宝物庫――五百。
竜王。不死王。古代ゴーレム。悪魔侯爵。
そうそうたる守護者を抱え、かつては「世界最後の迷宮」とまで呼ばれた。
百年前までは。
「なんで誰も来ないんだ……?」
俺は困惑していた。
昔は違った。
夜明け前から冒険者たちが入口に列を作ったものだ。
剣士。魔術師。僧侶。盗賊。
腕自慢の連中が、我こそはと俺に挑んできた。
毎日が楽しかった。
罠を仕掛ければ破られた。
魔物を配置すれば攻略法を考えられた。
隠し部屋を作れば見つけられた。
「それならば」と、俺も対策をした。
もっと巧妙な罠を。
もっと強い敵を。
もっと意地悪な謎解きを。
それを冒険者たちが乗り越える。
その繰り返しこそがダンジョンの生きる意味だ。
俺の存在証明だ。
なのに……
「暇だ」
恐ろしく暇だった。
ここ十年。
渾身の罠は、点検のときだけ俺が自分で作動させている。
第六百階層の悪魔侯爵は、定期チェス大会を開いている。
第八百階層の不死王は、詩集を三冊出した。
おかしい。
絶対おかしいだろ。
「このままでは……ダンジョンとして終わる」
俺は決断した。
「緊急会議を開く」
◇
しばらく後。
迷宮中枢には守護者たちが集まっていた。
目前にいるのは、
第一階層守護者、《剛腕》ガルド。
巨大な戦斧を背負ったオーガ。
第十階層守護者、《複魔眼》ミルア。
あらゆる動きを察知する蜘蛛女。
第三十階層守護者、《腐食王》ヴェノムスライム。
その酸は鋼鉄をも溶かす巨大スライム。
その他、およそ二十名。
俺は彼らに告げた。
「我が迷宮は現在、重大な問題を抱えている」
守護者たちがざわつく。
「まさか外敵が?」
「魔王軍でしょうか?」
「封印に異常が?」
「違う」
俺は重々しく言った。
「……不人気だ」
静まり返った。
「……は?」
ガルドが首を傾げた。
「不人気、とは?」
「客が来ないのだ」
「客?」
「冒険者だ」
「あれを客と呼ぶのですか?」
「呼ぶだろ」
「侵入者では?」
「強いて言うなら、挑戦者だ」
「侵入者だと思います」
「細かいことはいい」
俺は迷宮の壁に、ここ百年の侵入者数を映し出した。
百年前は、一日平均で五百人。
五十年前、百人。
二十年前、三十人。
去年、平均一人。
今年、平均――
「〇・〇三人だ」
「半端な人数ですな」
「平均だからだ!」
俺は壁を震わせた。
「この数字を見て何も思わないのか!」
「静かになりました」
ガルドが言った。
「最近はよく眠れます」
ミルアが言った。
「侵入者ニ子供、踏マレナイ」
ヴェノムスライムがぶくぶく鳴いた。
「お前たちには、ダンジョンの守護者としての誇りはないのか!」
俺は頭を抱えた。
いや、頭はないのだが。
「思い出せ! 明けも暮れも冒険者が押し寄せ、そこかしこで罠が作動し、悲鳴と剣戟が鳴り響いていた充実した日々を!」
「騒がしかったですな」
「寝不足でした」
「床ガ汚レル」
「……」
どうやら俺と部下たちの間には、かなり深刻な意識の差があるらしい。
「もういい。原因を調べるぞ」
俺は部下たちを無視して続けた。
「なぜ冒険者が来なくなった?」
「時代でしょうなあ」
ガルドが腕を組んだ。
「最近の若者は根性がありません。すぐに諦める」
「なるほど」
「あやつらは第一階層のオーガ十体程度で逃げ帰ります」
「……ん?」
「先日は倍に増やしました」
「待て」
嫌な予感がした。
「第一階層にオーガ何体?」
「二十体です」
「お前を含めて?」
「いえ、私を除いて」
「第一階層だぞ?」
「はい」
「冒険者が最初に来る場所だぞ?」
「だからこそ、万全の準備を」
「殺しにいってるだろそれ!」
俺は迷宮全体を震わせた。
「他は!?」
ミルアが手を上げる。
「最近、入口直後の通路に《千本毒針廊下》を設置しました」
「なんで!?」
「以前の罠は発動しても効果が薄かったので、強化を」
「初見殺しすぎるわ!」
俺は理解した。
誰も来なくなった理由。
俺たちは攻略されるたび、対策されるたび、着実に難易度を上げ続けてきた。
その結果がこれだ。
誰も来なくなるのは当たり前だ。
最初に十体以上のオーガと戦わされるダンジョンなど、誰が好き好んで来る?
「ならば、難易度を下げるべきでは?」
ミルアが言う。
「却下」
俺は即答する。
一同が首を傾げる。
「なぜです?」
「ダンジョンとしての沽券に関わる」
難易度を下げるだと?
そんなものは逃げだ。
罠を洗練し、魔物を育て、階層を増やす。
より難しく、より深く、より美しい迷宮へ。
それを今さら……
「初心者でも歓迎! お手軽ダンジョン! などと看板を掲げられるか!」
「そこまでは言っておりません」
「同じことだ!」
「ではどうなされるので?」
ガルドが問う。
俺はしばし考えた。
難易度は下げたくない。
だが冒険者には来てほしい。
そうだ。
簡単な話だ。
「冒険者を強くすればいい」
沈黙。
「……は?」
「俺を攻略できる冒険者がいないなら、育てればいい」
「主が?」
「ああ」
「侵入者を?」
「挑戦者だ」
「侵入者では?」
「そこはもういい!」
考えてみれば、これまでの俺は受け身すぎた。
いいダンジョンさえ作ればいい、と。
そうすれば冒険者が勝手に強くなり、仲間を集め、装備を整えて、俺のところへ来る。
それが駄目だった。
これからは違う。
俺自身が、俺を攻略できる冒険者を作る。
「そのためには……」
そう。冒険者が集まれる場所だ。
攻略情報を渡せる場所。
装備や回復手段を提供できる場所。
そして何より、何度でも戻ってきてもらえる場所だ。
俺は過去の記憶を探った。
冒険者たちがよく集まっていた場所。
笑い声。酒。料理。仲間探し。依頼。
「冒険者の酒場だ」
「酒場?」
「ああ」
俺は決めた。
「入口に酒場を作る」
◇
三日後。
《奈落亭》は完成した。
俺の入口。
正確には第一階層への巨大な門の手前。
そこに木造二階建ての酒場を生やした。
もちろん普通の建物ではない。
これは俺の一部だ。
壁も俺。床も俺。厨房も俺。机も俺。樽も俺。
火と水だけは精霊に頼んだ。
問題は接客。
酒場なのに店主が壁や床というのは、少々入りづらい。
部下にやらせるとしても、俺の意図は汲みきれない。
そこで俺はホムンクルスを用意して、それに入ることとした。
短髪。三十歳くらい。頑丈そうな体格。少し無愛想。
昔、冒険者たちが「こういう店主だと安心する」と話していた容姿を参考にした。
名前は適当に、
「ナラック」
とすることにした。
こうして俺は千年の迷宮人生で初めて、酒場のカウンターに立った。




