第十話 断る、俺は剣士だ
「待て。ライア」
「なんだ」
「訓練用だ。こっちを使え」
俺は自分の持っていた剣を、ライアへ渡した。
「一本取るか、相手の剣を落とした時点で終わりだ。それ以上はやるな」
「分かった」
「はい……」
二人が向かい合う。
ライアが構えた。
――美しい。
文句のつけようがない構えだった。
肩の力は抜け、
剣先はまっすぐ相手の喉を指し、
重心はわずかに後ろ。
教本のような構え。
リナの構えとは比べものにならない。
同じことを思ったのか、リナの顔はこわばっている。
「……お願いします」
「来い」
一合目。
ライアが踏み込む。
上。
リナが剣で受ける。乾いた音。
リナがよろける。
押し返せてない。
俺は打ち合いを見ながら、ライアの中を細かく調べていた。
さっき見たのは剣に関わる項目だけ。
何かあってくれ、と願っていたのかもしれない。
肉体。魔力回路。資質。適性。
――待て。
魔力のところに違和感がある。
高い、という言い方とは違う。
項目の枠から、はみ出している。
個々の適性まで調べてみる。
《火属性適性》――測定不能。
「おいっ!?」
俺の突っ込みは、誰も聞いてなかった。
二人とも打ち合いの最中だ。
二合目。
ライアが踏み込む。
一合目と同じ。
構え、踏み込み、剣の軌道も違わない。
リナは受けず、半歩、横へ出る。
ライアの剣が空を切って、剣先が下がった。
三合目は。
なかった。
リナの剣は、下がった剣の手元を打っていた。
乾いた音とともに、ライアの剣は地面に転がる。
静かになった。
「……あ」
リナが自分の剣を見た。
「勝った」
もう一度、剣を見る。
「勝ちました! ナラックさん、私、やりました!」
「二回目で分かったんです! 一回目と同じだったから、次はこう来るかなって!」
俺は小さくうなずく。
「ちゃんと避けられました!」
リナが跳ねている。
「なるほど……」
ライアはそう言うと、剣を拾った。
砂埃を払い、まっすぐリナを見る。
「俺の見立て以上の使い手だったらしい」
「えっ?」
「二合で癖を読まれるとはな」
「そんな、私なんて……」
「俺の目は節穴ではない。お前が強い」
見る目はある。間違いない。
――だが
「ありがとうございました!」
深々と頭を下げるリナ。
余程うれしいのか、顔は真っ赤だ。
ライアは満足げに、うなずいている。
勝った側も、負けた側も、自分の評価を上げていた。
――違う。
こいつの剣が弱すぎるだけだ。
俺は口には出さなかった。
いや、出せなかった。
ここに三人いて、正しい評価をしてるのは俺だけだった。
「ライアさん。ちょっと気になったんでいいですか?」
リナが尋ねる。
「その髪、もしかして自分で切ってるんですか?」
「剣で切ってる」
「剣で!?」
「伸ばしてた頃は兜に収まらなかった。女の髪は剣士には向かん」
「じゃあ私も……」
「いや、やめておけ」
――ん? 待て。
いま、何と言った。
「おい」
「なんだ」
「女の髪、と言ったか」
「言った」
俺はライアを見た。
今度は、力量ではなく。
短い髪。
男物の上着。
腰の剣。
分からなかった……
「言え!」
「聞かれなかっただろ」
「聞かなくても、言うべきことだろ!」
「剣士に男も女もない」
「ない……いや、ないが、あるだろ」
「え?」
リナが目を丸くした。
「男の人だと思ってたんですか?」
「思ってた!」
「あんなに近くで見てたのに?」
俺は三万種の魔物を見てきた主だ。
それが二種類だけの人間を見間違えてしまうとは。
おっと、それどころではなかった。
《火属性適性》――測定不能。
この測定不能を、俺は最近見ている。
あのときは、誰も見ていなかったものが埋まっていた。
今回はどうなのか。
確かめなくてはならない。
◇
「リナ。剣を片づけろ」
「はい!」
リナは二本の剣を持って酒場へ走った。
俺はライアの横へ立つ。
ここで、「お前は魔術師向きだ」とは言えない。
こいつは剣士として応募してきた。
剣士として名乗り、剣士として試されるのが当然だと言った。
魔法の話を、魔法の話として、してはいけない。
「ライア。迷宮の中は暗い」
「なんだ。唐突に」
「松明がいる」
「当然だ」
「火は起こせるのか?」
「当然だ」
「火打ち石か?」
「魔法だ」
あっさり聞きだせた。
「魔法が使えるのか?」
「使える。だが苦手だ」
「苦手?」
「松明に火をつけるときくらいしか使わない」
――おい。
こいつは測定不能を、松明に使っている。
「剣士が遠征で火を起こせないようでは話にならん」
こいつは何を聞かれても、剣士へ帰ってくる。
「ちょうどいい」
「何がだ」
「今日の煮込み料理に使う薪が湿っている」
俺は厨房裏の薪置き場へ行き、一番奥から数本を抱えて戻った。
握ると指が沈むほどだ。
これでは火がつかない。
「ずいぶん湿っているな」
「そうだ。火がつかない」
「ナラックさん、乾いた薪なら、さっき裏にありましたよ」
リナが口を挟む。
こら。
余計なことを言うんじゃない。
「まあ待て……これは特別な薪なんだ」
「特別?」
「特別な湿り方をしている」
「ただの駄目な薪では?」
「細かいことはいいから、手伝え」
俺とリナとライアで薪を抱えて、空地の端へ持っていった。
その周りにあるのは木だけ。
薪を積む。
これでいい。
万が一にも、酒場に燃え移られてはたまらん。
「ライア。薪に火をつけてくれ」
「何で空地の端なんだ?」
「大勢の客に料理を振舞うため、外で大鍋を焚く」
「店には誰もいなかったようだが……」
「ライアさん。ナラックさんって、商売下手なんですよ」
またもや、リナが入ってくる。
いいぞ。
見事な助け舟だ。
「一つ、条件がある」
俺は人差し指を立てる。
「なんだ」
「加減はするな」
ライアが片眉を上げた。
「加減?」
「見ての通り、かなり湿っている」
俺は薪を指した。
「半端な火では表面が乾くだけだ」
「……ふん」
ライアが薪の前へ立った。
「野営の火も扱えないようでは、剣士とは言えないからな」
「私、鍋を持ってきましょうか?」
リナが酒場のほうへ振り返る。
「後でいい。見ていろ」
「はい」
リナが俺の横に並んだ。
準備は整った。
「じゃあ、燃やすぞ」
ライアが薪に手をかざした、その刹那。
光った。
音はしなかった。
一瞬だけ空地が白くなって、それで終わった。
俺は薪を見た。
残ってる。
――いや、違う。
燃え尽きてもいない。
積んだ形をそのまま残して黒い。
炭化。
湿った薪が火も上げずに。
俺は薪の周りを見た。
土が黒い。
薪から一歩、二歩、三歩。
そこまで黒い。
その先の木。
葉は一枚もない。
枝が黒い。
幹も黒い。
立ったまま、炭になっていた。
風が吹いた。
枝の一本が音もなく落ちる。
それは崩れて地面と同化した。
「……」
俺はこの千年、魔術師の挑戦者たちを見てきた。
だが俺の中で名を上げたやつらは、
もっと遅く。もっと狭く。もっと派手だった。
こいつはただ、一瞬で全てを炭にした。
俺の千年でも、指で数えるほどしかない才能。
リナは口を開けたまま固まっていた。
「湿っていたから、強めにしたぞ」
ライアが自分の手のひらを見て、少しだけ眉を寄せた。
「……やっぱり魔法は雑だな」
雑。
今のが、雑。
俺は黒くなった木をもう一度見た。
それから、ライアを見た。
剣士としてはリナより弱い。
だが、これは違う。
すべての欠点を補って、なお余りある才能だ。
「ライア。あらためて話がある」
「また薪を持ってくるのか?」
「いや、採用の話だ」
俺はライアの目を見て言った。
「お前を魔術師として採用する」
静かになった。
「断る」
ライアが俺を見る。
「見ての通り、俺は剣士だ」




