第1話 ② 西の森へ
「……あそこか…西の森。」
町を出て、その町を囲む結界を抜けて更に西に歩き十数分。
間にある草原の50mほど先に、一際木が生い茂った場所が見える。
通称 西の森。数年ほど前から魔物が棲みついてるという、ここら一帯で最も危険な場所とのこと。
安全な結界から遠い上に視界も悪く、それに森自体の規模感も相まって冒険者のパーティすら近付くことを避けるらしい。
まあ確かに、その理由は十分理解できる。障害物の多さや視界の悪さ、起伏の激しい地系など人間が戦いずらい条件を挙げればキリがない。また、自然の中で派手に戦闘しては生態系や環境破壊などの二次被害にも及びかねない。
よっぽどの理由が無い限り、俺もこういう場所では戦いたくない。面倒臭いし。
「ふむ……あそこに魔物がいる訳ね…場所が場所だから、慎重にいきましょ。」
「だな。……てか、ホントに来てよかったのか?おやっさん。」
「当たり前だ!知り合いがやられてるってのに、俺が行かねぇ理由はねぇだろう!!」
俺の左隣で豪快に佇む大男。
この道一筋30年、肉焼きの名人ことバーディンのおやっさんは肩に巨大な戦斧を抱えてそう答えた。
あの後、俺たち2人が森に向かっている最中に後ろからおやっさんが戦斧を担いで追いかけてきた時は本当にビビった。良い人なのは何となく分かってたけど、この人顔怖ぇんだもん。
同行の理由としては連れ去られた子供を一刻も早く助け出したいのと、これまで魔物による被害者が出ていなかった事に対して気を抜いていた自分が許せなかったのだとか。
正直魔の存在…特に魔物による被害は誰が悪い訳でもないのだが、そんな気休めを言った所でおやっさんは止まらなそうだったので同行してもらう事にした。
また、話を聞くとおやっさんは料理人の傍ら何年間かギルドで雇われの傭兵をやっていた時期があったらしく、少なくとも戦闘の素人ではないとの事だった。
体格や武器の劣化具合からしても間違いでは無さそうだし、普通に強い前衛が欲しかったので願ったり叶ったりな話だ。
「標的は全長約10m、体色は赤黒い斑模様、主腕が左腹部に1本と右腹部に2本、副腕が背面部に4本、爪の数は各3本ずつ、長さは約90〜100cm、眼球体は正面に3つ、背面 右腹部に2つ…西の森の奥深くを縄張りにしていて、そこから出た痕跡は今の所無い。住み着いてから人が襲われた事も、今日を除いて無しだ。……とりあえず、町を出る前に集めてきた魔物の特徴と目撃情報はこれで全部だ。」
「おやっさんもあの西の森には定期的に獲物を取りに行ってんだろ?よく今まで襲われなかったな。」
「ああ…森の奥深くには近付かないようにして、狩りも手前半分ぐらいの範囲に留めてたからな。襲われたルベンもそれは知ってた筈なんだが…魔物の野郎が縄張りを広げてやがったのかもな。」
「……通常個体…よね?それにしては部位の増殖が過剰ね…体も随分大きい…。…ねえフェン、これってもしかして狂暴個体のなりかけじゃない?」
「どうだろうな……可能性はあるだろうけど、もしそうなら親子共々その場で食い殺されてると思うけどな。」
「うーん……そう…よね……考えすぎかな…」
「おいおい!話してる暇なんか無いだろ!?早くモルを助けねぇと…」
「落ち着けおやっさん、子供はまだ無事だからある程度余地はある。それより無策で突っ込む方が逆に危ねぇ。」
「ぶ…無事だと?魔物に連れ去られたんだぞ?なんでそんな事が分かるってんだ…?」
「…簡単に説明すると、一緒くたに見える魔物にも一応分類があってだな。知能が低く行動も思考も単調な通常個体と、その通常個体から派生する狂暴個体 特異個体の3つに分けられるんだ。ちなみに俺達が今から相手するのは通常個体な。」
「ま、待て待て…分類があるのは分かったが、狂暴だろうが通常だろうが魔物に連れ去られた人間が危険なのは同じだろ?だったら早く…」
「いえ、実は通常個体に関しては一概にそうと言える訳でも無いんです。通常個体は知能が低いと言っても一定の知力は有していて…それが故に通常個体は人間を見つけた際に連れ去り、その後単純な策を弄する事が多々あるんです。」
「単純な…策?あの魔物がか?」
「はい。本当に単純なもので、連れ去った人間をその場で食べずに餌として利用するんです。誰かが魔物に連れ去られれば、その人を助けようと大勢の人間が魔物の元に向かいますよね?丁度今の私たちみたいに。」
「……つまり…捕獲した人間は餌で、助けに来る人間が…本命って事か…」
「その通りです。そして魔物は魔力が好物なんですが、私のような魔力の多い魔法使いの類でない限り、人間1人分の魔力じゃ魔物は満足しません。それに通常個体の習性を踏まえると、初手で子供を捕食ではなく連れ去った時点で…」
「…この魔物はモルをすぐに食べる気は無い…生き餌にされてるだけなら、俺たちが奴を倒せば…!」
「はい、魔物を倒した後安全に子供を救出できる筈です。」
「…ですが………1つだけ、気になる事があるんです。」
「気になる事?一体なんだ?」
おやっさんに聞き返されたユーナは、小骨が喉につっかかったような表情をしている。やはり、1度生まれた不穏な可能性を切り捨てられないようだ。
「さっきユーナが言ってた、狂暴個体のなりかけかもしれねぇって話だ。この魔物なんだが、俺らが知ってる情報と比べると通常個体にしちゃ体が嫌にデケェんだよな。」
「通常個体の平均は大体全長4~6mくらいなんだが、この魔物は数年間放置されてた事を踏まえても不自然なくらいにはデカイ。これの何が問題かっつーとな、魔物ってのは本来ここまでデカくなると肉体を動かす魔力が枯渇して自立移動すら困難になる筈なんだよ。」
「にも関わらず、こいつはこの短時間で森の奥から離れた場所に居た親子を襲い、更に子供を捕食する事なく自身の住処へと戻り連れ去った…。このデカさの通常個体にしちゃ元気すぎるんだ。ここまで元気だと、狂暴個体になりかけてるんじゃねぇかってユーナは思ってるって訳だ。」
「狂暴個体ってのは…そんなにヤバい奴なのか?」
「…非常に危険です。狂暴個体は体内の暴走した魔力を抑える為に常にエネルギーを求めるので、魔力の有無に関わらず野生動物や昆虫にすら捕食行動を取るんです。それに加えて体も著しく巨大化しているので、討伐の危険度は一段と跳ね上がるんです。」
「バーディンさん。魔物が狂暴個体などに進化する条件として、大量の魔力を取り込むか魔力が内包されている物質を一定量摂取する事が挙げられるんです。この周囲…特に森近辺に魔石などを採掘できる洞窟や坑道はありますか?」
「魔石?魔石が採れる場所っつったら、西の森のさらに奥にそんな洞窟があるな。だがあそこは何十年も前に鉱物が採り尽くされた、言わば死んだ洞窟だぞ?」
瞬間、俺とユーナは顔を見合わせた。
たった今おやっさんから告げられた情報で、1つの仮定が確信へと変わったからだ。
「…そういう事か……こりゃ狂暴個体のなりかけで間違いねぇな。」
「マズイわね。思った以上に時間ないかも。」
「え…あ?なんだなんだ?どういう事だ?」
「……いいかおやっさん。今はその類が無くても、魔石が採れるような環境下はその周辺に滞留してる魔力濃度が高い証拠なんだ。」
「多分今回の標的は洞窟に棲みついてやがるんだ。魔物は暗所や狭所が大好きだからな。オマケに何年も放置されてたなら、その長期間で常に魔力を摂取し続けて緩やかに狂暴個体へ進化してったとしても何ら不思議じゃない。」
「つまり、今この魔物は狂暴個体に片足突っ込んでるみてぇな状態なんだ。それなら親子がその場で殺されなかった説明がつくし、過剰な肥大化とそれに反比例した行動範囲も納得できる。」
「要は通常と狂暴のせめぎ合いだ。連れ去られてからまだ1時間も経ってねぇし、今はまだ子供は生きてると思う。だけどいつ狂暴の方が上回って子供が殺されてもおかしくない状況なんだよ。」
視線を上げると、おやっさんの額から一筋の汗が落ちるのが見えた。
そして数秒し、視線が下がったおやっさんと目が合った。それは、覚悟を腹に据えた眼差しだった。
…こうなったら、やる事は一つだ。
「おし、2人共。今すぐ森ん中入って子供救出するぞ。」
「…それしか無いわよね……作戦はどうする?」
「時間ねぇから簡単なのな。森をある程度まで進んだらおやっさんとユーナで別方向から進行。魔物の住処、もしくは現在地を把握したらユーナが魔力で魔物を引き付けろ。反応したら俺も加勢して潰すから。」
「おやっさんはユーナと俺が引き付けてる間に子供探して、保護出来たら先に結界に戻ってくれ。そんで戻ってきたらユーナの前衛で補助入ってくれると助かる。」
「おいおい俺も戦うぜ!!モルが最優先なのはそうだが、戦うお前ら2人置いてけってのかよ!?」
「バーディンさん、フェンの言う通りにお願いします。通常個体なら3人で魔物を倒した後に子供を救出するつもりでしたが、相手はなりかけとはいえ狂暴個体…何が起きてもおかしくない以上、最低限目的の分散だけは避けたいんです。」
「私たちは魔物に対して戦うことしかできません。ですのでバーディンさん、どうか子供の救出と安全の確保を最優先にお願いします。」
ユーナにそう告げられたおやっさんは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
義理堅いおやっさんの性格的に無理もない事だろうが、今回はこれが最前だと思う。狂暴個体を相手取るなら不安要素は1つでも排除すべきだし、行動目的が分散すると不測の事態に繋がりかねない。
何より、おやっさんだって一般人だ。戦闘の素人じゃなかろうと危険な役回りはさせられない。
「ッ………分かった…俺はモルを最優先に動く…!」
「だがお前ら!…絶対に死ぬんじゃねぇぞ……!!!」
「ふふ、分かりました。絶対に死にません。」
「…うし。行くぞユーナ、おやっさん。」
「おっしゃあ!絶対助けるからな、待ってろよモル!!」
俺たち3人は、歩を進めた。
向かう先は西の森。そこに巣食う魔物、そいつに連れ去られた子供を助ける為に。




