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幼馴染に陰で都合の良い男呼ばわりされた俺は、好意をリセットして普通に青春を送りたい  作者: 野良うさぎ(うさこ)
三章

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藤堂剛の存在証明

 

 不思議な感じだった。


 俺は今、スーツを着てパーティーなるものに出席しなければならない。


 サマーフェスタのイベントの関係者が集まる食事会のようなものだ。

 虎ノ門のホテルのバーラウンジを貸し切って、立食ブッフェが行われる予定であった。


 俺は一人で虎ノ門の駅に降り立つ。ビジネスマンが行き交う街。あまり馴染みのない場所であった。任務で一度だけ降りたことがある。……あの時のカフェは潰れてしまったようだ。


 目的地へと移動をする。


 田中と西園寺は別行動であった。といっても会場ですぐに合流する予定であった。



 天気は雨。なんだか今日は変な気持ちだった。あのアイドル――雀燐火を見ていると昔のことを思い出してしまう。


 俺は会場であるホテルの前で足を止めた。思考が定まらない。リセットをした後みたいに、何かが抜け落ちたような感覚であった。


「……そういえば、一人は久しぶりだ」


 最近はずっと田中と一緒だった。どこへ行くにも田中の護衛としてついて行った。


「妙な感覚だ。何かを忘れているような……」


 もう俺はリセットはできない。だから何かを忘れることなんてない。


 心の奥底に引っかかる感覚。田中の記憶をなくした時のようで……、嫌な気持ちであった。


 そんな想いを胸に抱えたまま、俺は会場へと向かった。





 会場はとても広かった。着飾った人間が楽しそうに歓談をしている。

 どうやら田中たちはまだ来ていないようだ。他に俺の知り合いがいるわけでもない。


 なんだろう、やはり昔の感覚を思い出してしまう。

 幼稚園の頃、中学の頃、そして、高校1年の頃……。


 他のみんなは仲良く話しているのに、俺は独りぼっちでただポツンと立っているだけだった。


 クラスメイトに話しかけようとしても、無視されるか嫌な顔をされるだけだった。


 今が同じ状況というわけではない。俺は壁によりかかり周囲を観察する。


 今があの時と同じ状況というわけではない。だが、思い出してしまう。


 あの頃は、そんなことが普通だと思っていた。だが、今は違う。それは異端であり、俺が異常だったと理解できるからこそ、嫌な気持ちになってしまうんだ。


「……己を知ることは成長できたということだろう」


 小さな声で一人つぶやく。

 以前はこんな独り言はしなかった。


 心が強くなったはずなのに……知れば知るほど、弱くなっていくような感覚は気のせいだろうか?



 ふと、歓声が会場から上がった。


 視線の先には堂島あやめと田中、それに西園寺がいた。

 様々な人に囲まれて、歓迎を受けている。


 俺の足は止まったままだ。状況は理解している。あの中に入ってはいけない。


 田中は笑顔だった。大人のように、受け答えをして堂々とした姿を見せていた。


 安心と同時に少し寂しさを感じられた。


 田中がこちらを向いた。視線が――俺を通り過ぎた。

 一瞬だけ俺は困惑した。


 本来の田中だったら、笑みを浮かべてくれたり、目線を送ってくれたりするだろう。だが……、いまのは一体?


「あら、無視されたんですか? 田中さんとは大変仲が良いお友達じゃなかったんですか?」


 俺の隣に立つ雀燐火。気配を消している。会場の誰もがここに雀がいることに気がついていない。


「花子……」


「……花子じゃないです。私は雀燐火です」


「ああ、そうだったな」


「田中さんのところにいかなくていいのですか?」


「いや、今はいい。それにしても花子は大きくなったな。俺が知っている花子は」


 雀燐火の瞳の色が揺らいだような気がした。まるで、自我が新たに生まれてくるような雰囲気。


 そして、俺の言葉を無視して歩き去ろうとする。


「……藤堂さん。あなたのドラムは悪くなかったです。いつでもうちの事務所に来てもいいですよ」


 と言いながら。


 なんだろう、さっきまでの嫌な気持ちが少しだけ軽くなった。


 きっと誰かと話すことができたからか?


 そうだ、俺は今日はスーツを着ている。昨日、島藤が用意してくれたものだ。


 まだ田中にも見せていない。きっと感想を言ってくれるはずだ。

 感情は表情に現れる。俺はこの数ヶ月でそれを理解した。様々な人々の表情を見てきた。


 問題は残っていないわけじゃない。

 俺自身、本当は誰が好きなのかまだわからない。


 大切な人が沢山いた。


 俺はその人達の気持ちを何度も消し去った。その罪はとても重い。


 そして、今でも思う。普通じゃない俺が普通の青春をしていいのか、と。


 それは誰かを不幸にしてしまうんじゃないか?


 頭を振る。もう俺は昔の俺じゃない。前に進むんだ。



 田中に向かって歩く。

 なぜか、周りの時間がゆっくりと感じられた。今朝から感じる違和感。

 それがわからない。


 田中はまだ俺に気がついていない。俺は田中を見て胸がドキドキするのを感じる。それがリターンの感情の方向性の変化だと理解している。


 やはり何かを忘れている。


 俺は……最後に学校へ行ったのはいつだ?


 俺には、幼馴染がいる。


 それは、誰だ? 花園華だ――


 おかしい、俺にとって一番大事な人のはずだ。なのに、俺は意識していなかった。


 この数日、ほとんど話していなかった。


 俺は足を止めた。思考が高速回転する。


 大丈夫だ。『記憶を失くしたわけではない』


 自己分析。感情の優先順位のせいで、意識が飛んでいただけだ。



 深呼吸をする。花園の件は後回しだ。今は田中の護衛を――


 後ろ姿の田中との距離は2メートル。意識が田中へと向かう。


 田中が振り返った。

 俺の目が合う。



 全身の血が逆流するような感覚だった。

 俺はこの視線を知ってる。








「……あ、あの、どなた……ですか?」







 唇を噛みしめて、感情の衝撃を吸収する。なにか異常な事態が起こっている。それが田中の身に起きているのか、俺に身に起きているのかわからない。


 叫びたい衝動を抑えて、俺は周りを観察する。


 堂島あやめが俺を注意深く観察していた。その瞳は敵対者を見るそれだった。

 そして、西園寺希は堂島の後ろに隠れていた。



「……失礼、人違いで、あった……」


 感情を押し殺す声。大丈夫だ。慣れている。こんな不条理はいつものことだ。




 もう一度だけ俺は田中を見た。その表情からは一切の好意の感情を感じられなかった。


 胸が締め付けられる。

 動き出しそうな身体を理性で抑える。





 俺は走って会場を抜け出したのであった。




 ***




 涙というものを知っている。俺はリセットした時に何度も涙を流していたらしい。



 だが、俺を意識していなかった。



 今、俺は涙というものを流したい気分だった。

 その感情を消し去るために、俺は走った。


 向かう先は学校。スマホで花園の連絡先を確認する。

 不思議な現象が起きていた。花園の連絡先が見つからなかった。それだけじゃない。俺の友人たちの連絡先が一切見つからなかった。


 嫌な胸騒ぎがしてたまらない。


 意識が花園へと向かう。


 俺はこの数日、花園と話していなかった。


 花園は俺の大事な幼馴染だ。幼稚園の頃から一緒で、花園はリセットされても、俺を何度も思い出してくれた。




「大丈夫だ。きっと……大丈夫だ……」




 俺は何度も何度も花園の名前を繰り返した。


 学園の敷地内に入る。校門の近くには五十嵐くんたちが歩いていた。俺と目があっても知らない人を見る目つきだった。


 道場と廊下ですれ違った。道場は俺を認識していなかった。



 花園のクラスへと入る。生徒たちの視線がこちらへと向かう。花園はいなかった。


 廊下の窓から中庭が見えた。花園の姿を確認できた。




 俺は窓を開けて中庭へと飛んだ――

 着地の衝撃をうまく殺すことができずに、凄まじい音と衝撃が身体に襲いかかる。



 息が上がっている。きっと心が焦っているからだ。


 俺は下を向いたままだった。


 顔を上げるのが怖かった。



 足音が聞こえてきた。その足音は花園のものであり、聞き慣れたものであった。







「だ、大丈夫ですか?」






 その言葉に全身が身震いした。俺は力なく顔を上げた。


 花園は……、知らない人を心配しているだけの表情であった。



「花園……」



「え、えっと、私のこと知ってるんですか? あ、あの……」



「い、いや、体育祭で見かけただけだ。……失礼、俺は用事が……」



 花園に今の俺の顔を見られたくなかった。




「本当に大丈夫ですか? 保健室、行きますか?」



 俺は言葉を出すことができなかった。



 ただ走った。全力で走り続けた。




 目から涙が止まらなかった。



 この状況の分析をしなければいけない。だが、頭がうまく働かない。


 おかしい、ほんの前日まではうまくいっていたと思っていた。


 歪つだが、普通の青春を送れていると思っていた。



 学園にいる誰もが俺を認識していなかった。特別クラスに生徒、前のクラスの同級生、大事な友人たち。



 確認しなければいけない。だが、怖い。


 俺は全ての人から忘れられているかもしれない。


 バカげたことである。


 だが、可能性は否定できない。




 心の中で叫び声が止まらない。





 そして、疲れ切った俺は……湾岸公園のベンチで力尽きるように座った。











「あれ、、こんな所でどうしたんですか?」




 顔を上げた俺が見たのは――















ここからが三章本編スタート

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