城太郎と西園寺
「……すごい……プロ顔負けの演奏ですわね」
私、西園寺希は開いた口が塞がらなかった。練習を終えて、後輩のイベントの応援するために駆けつけたのに、なぜか藤堂君があの女豹(雀)のバックでドラムを叩いていた。
でも、あの藤堂君のことだから何が起きてもおかしくない。私は知っている。だって、私のお母さんの記憶を呼び戻してくれたんだから。
さっきから身体の震えが止まらない。
藤堂君のドラムは確かにすごい。まるで機械のよう性格なリズムを刻み、強い存在感を放っていた。が、一番の理由はそれじゃなかった。
「悔しいですわ。……雀燐火。私の努力ではあなたを超えられない……」
私は才能が無かった。でも、必死に必死に努力した。いつか、生き別れた弟が私を観てくれるように――
でも、才能っていうのは本当に残酷なものだと思う。
いまステージの上で輝いている雀燐火は小さなころからトップアイドルだった。
一時期、怪我で休んでいた時期もあったけど、昔も現在も、きっとこの先の未来さえも、トップを飾るであろうアイドル。
深呼吸をして心を落ち着ける。こんな才能の差なんて、子どもの頃からずっと見てきたものだもん。
私なら耐えられる。努力すればいい、そう思っていた。
「……藤堂君のは何か違う……感じがするわ」
彼は才気溢れている。でもそれは危なっかしくて、そこがまた魅力的になっている殿方。
でも……あの人から感じられる、私以上の努力の痕跡を。
「……お父さんみたい」
この気持ちははっきりとわかる。恋愛感情とは違う。そう、親愛だわ。
「誤魔化してなんかいないわよ? 田中波瑠」
私は少し遠くにいる田中波瑠を見てそういった。
もう一人の化物。才能の塊。
ほんの少しの嫉妬が湧き上がった。それは才能に、ではなかった。田中さんよりも……少しだけ早く藤堂くんに出会いたかったな、って――
私はちょっとだけ、その場から離れて……ホールを出るのであった。
ホールの入口の扉を閉めると、ライブの音楽はかすれて聞こえる。そのまま、廊下の角により掛かる。
色々考えることはある。でも、私は私のペースで出来ることを――
「やあ、希さん。奇遇ですね」
「……城太郎さん」
龍ケ崎城太郎さん。私の同い年の男性アイドルであり、雀燐火さんと同じ事務所。
「ああ、僕はこのイベントに出なかったんですよ。どうせレベルが低いですからね。燐火は物好きですから」
「そ、そうですか」
凄く傲慢に聞こえる。実際、芸能界で彼のことが嫌いな人は沢山いる。
性格が悪く、顔とコネだけでのし上がったアイドル。
でも不思議で、その言葉は私にとって、なぜか自虐に聞こえるんだ。
「……弟さん、行方がまだわかりませんか?」
彼は私にはとても紳士的だった。それを他の子にいうと心底驚かれる。
「ええ……仕方ないですわ」
「うちの事務所に来たらわかるかもしれませんよ」
彼は昔から私を自分の事務所に誘ってくれていた。嬉しい申し出だけど、彼の事務所は少し特殊で……正直怖い。
「それは……、あやめさんに悪いですわ。事務所を変えたばかりですし、そちらに行くつもりはありませんわ」
「だが、君はあれだけの努力を重ねて……いや、なんでもありません。ふん、君の素晴らしさをわからない愚民どものどうしようもないな」
「あら、口がうまくて悪いですわね」
城太郎さんは少しはにかみながら顔を下に向けていた。その仕草は年齢相応に見え、とてもアイドルには見えなかった。
普段はとても大人っぽく見えて、時折感情が切り替わるように演技がうまくて――
あれ? そういえば、少し藤堂君に似ている?
顔は全然違う。城太郎くんは濃くて垂れ目で、髪がわかめみたいだ。
「雰囲気かな?」
「どうしました?」
「城太郎君がうちに新しく入った練習生と少し似ていまして……」
と、言った瞬間、城太郎君が何故か苦い顔をしていた。それも一瞬。すぐに普通の顔に戻る。
「――藤堂剛」
「そう! そうですわ! もしかして城太郎君って知り合いですの?」
「まあ……そんなようなものです」
「ふふ、あの藤堂君に知り合いがいたんですね。なんだか嬉しいですわ。あ、この後、会う予定ですか? わたくしもご一緒してもいいですか?」
「希さん、嬉しそうですね」
「え、え、そ、そんなことないですわ! べ、別に好意なんてありませんわよ。そう、友人として大切な方ですわ」
「ふっ、希さんが楽しそうでなによりです。……僕は仕事があるので、銀座の事務所に戻ります」
なんだろう、城太郎君は普通の表情をしているのに、とても悲しそうに見えたんだ。
背中を向けて駐車場へと向かう城太郎さん。
身体が勝手に動いていた。私はポケットの中に入っていた『飴』を手に取って――
「城太郎さん! 飴ちゃん食べて元気出してほしいですわ」
「あ、ああ……」
振り返り、戸惑いながらも飴を受け取ってくれた。
城太郎さんの手と私の手がほんの少しだけ触れた時――頭の中で何かが流れてきた。
意識が遠くなる。私は知らない誰かの『記憶』の奔流に飲み込まれるのであった。
***
僕の人生は『嫉妬』で焼かれてしまったのだろう。
龍ケ崎城太郎。
自分では普通の家庭に生まれたと思っていた。
相模原という場所の小さなアパート。母と姉の三人家族。
『気持ち悪い子どもね。笑ってないでさっさと働きなさい』
『菜月は遊んでいる? あなたね、弟で男なのよ。菜月とは違うのよ。いいから仕事しなさい』
『……なんで痣を隠さなかったのよ。こっちは面倒だったなからなね。罰としてご飯抜きよ』
『あんたなんか生むつもりなかったのよ。あんたが生まれかなったら……あいつも私たちを捨てなかったのよ!』
家があり、家族がいて、時折学校に通わせてもらえて、少しだけご飯が出る。
それだけで、僕には十分だった。だって、僕は役立たずで生まれてきてはいけない存在だってずっと言われていたから。母さんと妹と目の色が違う。
だから、暴力を振るわれるのは当たり前、だって、物心ついたときから、そう言われているから、それが普通だと思っていたんだ。
それに――辛いことがあれば……頭をスッキリさせればいいんだ。
嫌な感情を強く強く押しつぶしように、時間をかけて嫌な感情を殺す。
そうすると、嫌な感情はどこかへ行ってしまうんだ。
『ねえ、龍ケ崎君ってちょっと臭くない?』
『いつも同じ服着てるわね』
『あそこの親、相模原でもヤバいって有名でしょ』
『あ、知ってる。この前コンビニで怒鳴ったの見たよ。ていうか、龍ケ崎君も……』
たまに学校に登校しても、常識がわからなかった。だって、そんなに優しいのが普通だと思わないから。
嫌な言葉を言われるけど、家に比べたら天国だった。
『あいつバカだよな』
『なんか頭に障害あるのかな? 支援学級いけばいいのに』
『ちょ、お前、それヤバいって。流石に怪我するぞ』
同年代の男の子の暴力なんてたかが知れている。怪我をすることもない。
でも、なんだろう。なんてことのない言葉の暴力も、男子からの暴力も、段々と胸の奥が『きゅっ』としてくるんだ。
そんな時、友達と楽しそうに学校の廊下を歩いている『菜月』を見て、また、胸の奥が『ぎゅっ』とした。初めはこの感情がなにかわからなかった。
あとになって、それが『嫉妬』だとわかったんだ。
『遊園地にいくわよ』
小学校三年の時だった。
その日の朝、母も妹もとても優しかった。
初めは何を言っているのか理解できなかった。
だって、前日の夜に、僕は二人から死んでもいい存在って言われていたからだ。
『ちょっとお兄ちゃん、早く用意してよね。ていうか、臭いからお風呂入ってよね』
『そうよ城太郎。新しい服用意したからね』
ぼくはとにかく言われた通りに身体を洗い、新しい服を着て、母さんが髪を整えてくれた。
そして、読売ランドへと向かった。
暑い夏の日だった。電車に揺られ、バスに揺られ、その間も二人の態度に半信半疑で、僕はどうすればいいのかわからなく固まっていた。
遊園地に着いてからも、二人がとても優しくて夢のようにふわふわした気持ちがずっと心の中にあった。
木製のジェットコースターに乗った。メリーゴーランドに乗った、海の中を探索する船にも乗った、ぐるんぐるん回る乗り物にも乗った。
大きな敷地を沢山歩いた。
何もかも新鮮で、胸がはずんだ。この心をずっと記憶していたい。
これが喜びだって、僕は初めて知った。
『はい、これでアイスクリーム買ってきてちょうだい』
『お兄ちゃん、私はチョコミックスね』
『私たちはトイレに行ってくるから待っててね』
――待っててね。その言葉が僕の胸にしこりを残す。
アイスを買って戻っても、誰もいなかった。
5分待っても誰も来なかった。
30分待っても誰も来なかった。
アイスが溶けて、僕の手を汚す。
それでも僕は『待て』と言われたから動けなかった。
日差しが熱い、身体が焼けるように熱い。それ以上に心がぐちゃぐちゃになり、駆け出したくて沸騰しそうだった。
でも、僕は『待て』と言われた。
だから、待った。
ずっとずっと待った。
夜になるまでまった。
『……君が城太郎君か?』
スーツ姿の初老の人が話しかけてきた。僕は無視していたけど――
『これ、お母さんからの手紙だ』
手紙を見た。それは確かに母の汚い字だった。手渡された手紙を開ける。
期待してはいけない。だから期待しない。そうすれば、落胆しなくて済む。最低を想定しろ。
『ごめん、城太郎。お金ないからあなたを売ったわ。もう家族じゃないから私たちのことは忘れてね。最後に良い思いさせてあげたでしょ』
だが、もしも、想定よりもひどい内容だったどうする? そんなもの忘れればいい。
それでも、脳裏によぎった今日の楽しかった時間。
母さんが笑顔だった。妹も笑顔だった。僕も凄く楽しかった。
こんな日がこれからも続くと期待した。だって僕はまだ子どもなんだもん。
涙を拭わなきゃいけないのに、嗚咽で身体が震えて動けない。
悲しみが押し寄せて、心が押しつぶされる。
怒りなんて湧かない。だって、僕にとって大好きな家族だったんだ。
それがどれだけ下衆な人間であろうと。
「もう……僕は……誰も信じない……」
だから、僕は家族への愛情をリセットした。弱い自分の心とともに――




