田中がヒロイン
「じゃあな藤堂、また明日!」
「藤堂君バイバイ!」
「ていうか、来週の体育祭頑張ろうな!」
「実験に付き合ってくれてありがとう……」
放課後になり特別クラスの生徒たちが帰路へ向かう姿に手を振る。
なんでもない仕草なのに、自然と出来るようになった。
多人数の友人、というのはどういうものか理解しづらかったが、なんてことはない。友人は友人であった。
この学園の特別クラスは特異な力を持つ生徒たちが集められていた。
エリの組織とも関わりがあるみたいだが、母体は違う組織であると堂島あやめが説明してくれた。
といっても、堂島や俺、Fクラスの生徒のように、強い違和感を覚えるほどの能力の持ち主は限られている。
例えば、西園寺希。彼女は芸能界でトップアイドルというものらしい。だが、尖った能力というものは感じられない。ひたむきな努力でその地位にたどり着いたといっていいだろう。
彼女の母親は記憶障害を起こしていた。……もしかしたら、西園寺も何かしらの力を有しているのかもしれない。
ふと疑問に思う。あの胸を収納にする力は……、見ていると恥ずかしくなるのはなぜだろう?
自然と視線をそらしてしまう。
「ねえねえ、藤堂、いま他の女の子のこと考えていたでしょ? なんかわかるじゃん」
「そ、そ、そんなことはないぞ、田中」
田中波瑠。俺にとって心から大切な人だ。もちろん、西園寺も大切な友人だ。
俺は何を焦っているんだ。
「ふふ、知ってるじゃん。最近、西園寺さんの動画観てるって」
「あ、あれは、西園寺が勝手に俺のスマホに登録して……、だが、あのダンスと歌は、西園寺の熱と努力が伺える非常に興味深いものだ」
「うん、私もそう思うじゃん。すごいよね、西園寺さん」
「田中?」
田中は遠い目をしていた。田中の心の中で何かの感情が渦巻いているように思えるが、それが何かわからない。ただ、負の感情ではないことだけはわかる。
田中が西園寺のダンスの振り付けを軽く踊る。リズムにのったそれは、明らかに素人の域を超えていた。
「確かこんな感じだったっけ?」
「うむ、右手の振りが少し違う。足のステップのタイミングが――」
俺も少し踊ってみたが、ぎこちない動きしかできない。可動域が狭いわけでもないし、ふりを覚えていないわけでもない。
うまく説明できないが、田中や西園寺とは何か違う。
「やば、完璧に覚えてるじゃん藤堂。てか、やっぱり西園寺のこと大ファンじゃん」
「……ファンであることは否定しない。確かに、あの踊りと歌はなにか勇気に似た気持ちを与えられる。不思議な感覚だ」
と、その時廊下でガタッという小さな音が聞こえた。足音の種類と、匂いでそれが誰だかわかった。
その人物がひょっこりと顔を出す。
「ふ、ふん、あなたもわかってきたようね。そう、私はトップアイドルとして――、ごほんっ」
顔を真っ赤にさせた西園寺が教室に入ってきた。
そのまま田中の後ろに隠れる。
「ちょっと希ちゃん。恥ずかしすぎじゃん! ていうか、歌とダンス本当にうまくなったよね」
「あなたがそれを言うの……」
「てか、希ちゃんも一緒にカラオケ行く?」
そう、今日は田中と一緒に、神楽坂の毘沙門天近くのジョイサウンドというカラオケ屋さんに行く予定であった。
体育祭でやれる準備はない。田中いわく、前夜祭とのことだ。花園は家族と用事があるようで、今日は行けないと言われた。
顔の赤みが引いた西園寺は、田中の後ろから出てきた。
「よいアイデアだ。ぜひ西園寺の歌声を聞いてみたい」
「……はぁ、嬉しいお誘いですわね。でも、今日はちょっと事務所と打合せがあるのですわ。それに今日は田中さんにお話があったのよ」
「私に?」
俺は西園寺の真面目な表情を確認すると、立ち上がりこの場を去ろうとした。が、西園寺に腕を掴まれた。
「大丈夫よ。藤堂君もいてほしいですわ。ふふっ、あなたは気を遣いすぎですわよ。そういう時は確認してくだされば大丈夫ですわ」
「なるほど、そういう場合もあるんだな」
「うん、それで私に話って?」
「実は――」
***
神楽坂の細い道を通り抜けて、大久保通りへと出る。隣にあるく田中はいつもどおりの表情をしているように思えた。
だが、いつもよりも口数が少ない。
『私が人前で歌いなんて絶対無理じゃん。ほら、希ちゃんも知ってるでしょ? 私、大勢の前だと全然駄目で……、だから、この話はまた今度ね!』
端的にいうと、西園寺が所属している……正確には堂島あやめが運営に関わっている芸能事務所からのスカウトであった。
田中の歌は特別なものだと思う。だからこその特別クラスに所属している。
俺が記憶を壊したあの時――俺は視聴覚室で田中の歌声を聴いた。
いまでも心に残っている。
あれは特別な歌声だ。
そんなことを考えていると、田中の足音が止まった。セガのゲームセンターの前だ。ピコピコとクレーンゲームの音だけが聞こえる。
振り返ると、半歩後ろにいる田中が下を向いていた。
声をかけようとしたが、俺は田中が動くまでまった。
そして、
「ねえ、藤堂。今日はさ……、ちょっと遠出しない?」
俺は田中のような人と会ったことがある。
他人を優先して、自分を殺して、それでも笑っている人。
俺は知っている。田中は優しすぎる子なんだ。
でも、いまの田中の顔はなんだか、いつもと違う。
俺がリセットで記憶を壊した時のように、
俺が記憶と取り戻した時のように、
俺がリセットを壊した時のように、
田中の「言葉」には強い決意のような力を感じさせる。
その言葉は、人を「魅了」させる力があるのか、俺は田中に吸い寄せられそうになり――
「わわ、藤堂、えっと、一緒に来てくれる? 豊洲のららぽーとまで」
俺は田中の手を握っていた。
『リターン』の力で、感情の方向性を制御する。
感情は大事であるが、行き過ぎては駄目だ。振り回されては駄目だ。
深呼吸。
リセットとは違う、感情の処理の仕方。
田中への好意を隠し、俺は少しだけ苦い笑みを浮かべる。
「俺も田中と行きたい」
****
「だからね、一旦、心を整理したいと思ったじゃん。藤堂はね、気を使えるのに、言葉で説明しない時あるじゃん」
「そ、それはすまなかった。だが、田中が傷つくと思って」
わんことにゃんこが沢山いるペットショップ。田中は俺に言葉をぶつける。
それは、強い感情が伴っていた。
「だってさ、ららぽーとのあと、感情のリセットだけじゃ説明できない変な感覚あったんだもん」
「そ、それは記憶を消してしまって」
「うん、知ってたじゃん。でもさ、言ってくれないと悲しいじゃん」
喋り続けてのどが渇いて、あのジュース屋さんに入ろうとしたら、違う店になっていた。フードコートに移動して、お茶専門店で注文をする。
「すごい、これは美味しいお茶だ。このつぶつぶがとてもよい食感となっている」
「むぅ、藤堂、こっちのドリンクも美味しいよ。飲んでみる?」
「ありがとう田中。そういえば、あの時は緊張して俺は変なことをいっていなかったか?」
「大丈夫じゃん。ていうか、平塚さんと藤堂ってどんな関係なの? こ、恋人?」
「そ、それは違う。絶対に違う。なんというか、中学の旧友であり……リセットした関係だ」
「……むむ、それって結構好きだったってことじゃん」
「そ、そうだったのかもしれない」
そして、プリクラを撮って、ららぽーとの中庭みたいなところのベンチに座った。
夕暮れ時、空が綺麗だった。隣に座っている田中も綺麗で、感情が揺れ動いてしまう。
「私ね、ずっと罪悪感があったんだよ。だってさ、私から『リセット』をお願いしたわけじゃん。……ごめんね」
「……あの時の俺は記憶をなくしていた。それでも、目の前の子が大好きだと心が言っていたんだ」
「うん、すっごく嬉しいじゃん、それって」
「その気持ちがあったから、俺は田中との記憶を取り戻すことができた」
「そっか、あの時だね……」
神楽坂で田中に車が近づいてきた時だ。あの時から、俺は何かが変わった。というよりも、田中とのリセットから俺の身体の中で変質が起きた。
「なんだか、今日は俺は怒られているみたいだ」
「そう、私は怒っているの! ……だってさ、華ちゃんとの大事な思い出を思い出したのにさ……、なんで付き合っていないの?」
「それは、俺の心が――」
「ううん、だってさ、華ちゃんは「リセット」されても思い出したんでしょ? それって藤堂のことがすっごく好きなんだよ? あっ……、ご、ごめん、なんか言い過ぎたよね」
田中が我に返ったかのように、落ち込んでしまった。
田中の言いたいこともわかる。
花園の気持ち、俺の気持ち、田中の気持ち。
「わかってるじゃん……。藤堂の心にリセットした色んな気持ちが蘇っちゃって、心を制御しなきゃ壊れちゃうって」
「田中、俺は大丈夫だ。少しだけ時間をくれ。必ず、俺は普通の心と取り戻す」
「うん、あやめさんも言ってた。藤堂は普通の学生みたいに、普通の青春をしたら、きっと普通になれるって」
自嘲したくなる気持ちを必死に抑える。
俺が普通になれるのか? 普通のふりをしている化物なのか?
「藤堂、華ちゃんを絶対に泣かせないでね」
田中は笑顔で俺の顔の前に小指を差し出した。それの意味が一瞬わからなかったが、指切りだと気がついた。
指と指が触れ合う。
心臓が高鳴る。
「約束だよ。……うん、元気もらえたじゃん。よ〜し、ちょっとそこにいてね」
といって、田中は立ち上がって、俺の前に立った。そして、目を閉じて――再び開いた時、田中ではない別人がいるかと思った。
俺の感覚では覇気というのだろうが、きっとこれはオーラと呼ばれるものだろう。
恥ずかしがり屋の田中は、俺の前で堂々と歌を歌い始めた。西園寺の曲だ。
決して完璧ではない振り付けだが、完璧なアイドルとしての形。
田中の歌声に引き寄せられるように、人々が集まる。
そして――。
歌い終わった田中は、状況に驚いて、俺の手を引いて走って逃げた。
なんだか、田中の顔がすごく楽しそうに見えた。きっと彼女の心の中で何かが決まったんだろう。
俺は、さっきから心臓のドキドキが止まらない。だから、いまだけは心をリターンせずに、その気持ちを大事にしたかった。




