リターンする心
書籍板の続きなので、WEB1〜3章と設定が変わっています。別物だと思って下さい!
一話
「――というわけだ。堂島あやめの意見を聞きたい」
自分のアパートの居間。俺と堂島あやめ。小学校の頃の教室を思い出す。
俺は、これまでの経緯を堂島に説明し終え、コーヒーを啜る。
この苦みもいつしか慣れて、俺の日常には欠かせないものとなっていた。
堂島は写真立てから視線を外し、小さく頷く。その表情は優しいものであった。
「そうね、リセットをリセットした……。能力を消せるなんて聞いたことないわね……。そんな現象は憶測でしか語れないけど……、あなたが過去の記憶を少しでも思い出してくれるのならば、私にとって嬉しいことだわ」
そう言い終えてコーヒーを一口すする。「あら美味しい」という溢れた声が、俺の心をなんとも嬉しい気持ちにさせた。
そして、真剣な表情で俺を見つめた。
「……でもね、それは、あなただから精神が崩壊していないだけ。いまのあなたはとても危険な状態よ。感情が分裂して、心が分裂して、壊れる可能性が高いわ。……はぁ、誰かを助けている場合じゃないわよ」
「ああ、それは理解している。だが、予想よりも精神が安定している」
「え、どういうこと?」
一瞬だけ、頭の中でこれまで起きたことを回想した。
田中とのららぽーとデート。リセットによる記憶障害。田中への好意を消した。
エリと島藤と再会。
心の奥底に残る激情。
蘇る田中との記憶。
思い出してしまった花園への想い。
特別クラスのクラスメイト。そして、小学校の頃の仲間と再会。
平塚との過去を必死に思い出そうとした時に起きた過去の残滓の邂逅。
そして、リセットをリセットして、すべての感情が心の中で入り混じってしまい、精神が崩壊しそうになった時――
「――感情の『リターン』が行われた」
そうとしか言いようがなかった。
リセットは破壊した。もう感情を破壊することはない。
今、俺の心の中では、幼い頃からの花園へと愛情、田中と育んだ好意、笹身への親愛、道場へと友愛、平塚との絆。
様々な感情が入り混じっている。
良い感情ばかりではない。深く暗い、負の感情も蘇ってしまったのだ。
どうしようもない罪悪感に襲われた。自分がリセットした時の感情が積み重なって、押しつぶされそうになった。
だが、
「感情の切り替え、といいっていいのだろうか? リターンのお陰で感情が暴発しない」
俺がそういうと、堂島は怪訝な顔をした。
「リターンは過去を鮮明に思い出せるだけじゃなかったの?」
きっかけは平塚すみれとの過去を思い出した時だ。俺は過去の出来事を『追体験』しているみたいに、はっきりと思い出せた。
平塚の感情、自分の感覚、街の空気、痛み――
すれ違っただけの人の顔さえもはっきりと認識できた。
そして、その時の感情は――一つの方向性にしか向いていなかった。
他のことの優先順位が下がる。
たったこれだけのことだが、精神的には非常に重要なことであった。
そのことを堂島に説明すると、安堵の表情を浮かべていた。
「……そうね、違う自分が心の中にいても精神が分裂しないのはそのお陰なのね。流石、藤堂っていったところね」
「ただの優柔不断な男なだけだ」
田中が好きだ。花園が好きだ。それを同時に考えてはいけない。心が壊れてしまうからだ。
だから、『リターン』の力で、感情の方向性を変えている。
今現在もそうだ、今の俺は、小学校の頃の俺の気持ちをベースにした俺だ。
田中と花園の愛情は心の奥底に隠れている。堂島あやめとの絆を強く感じられる。
「なら、田中さんと花園さんと三人で喋っている時のあなたは?」
「それは……」
特に気にしていなかった。そう、自然なんだ。三人でいる時が。
どちらに対しても好意を抱いている。だが、感情が破裂しない。
花園と二人の時は、幼馴染としての感情の方向性が定まり、田中への好意が隠れてしまう。
田中と二人でいる時は、あのららぽーとでの続きのような感覚に陥り、花園への気持ちが薄れてしまう。
「なんだろうな……。少し、わからない」
「ふふ、いいわよ。あなたはそのまま『普通の青春』を送ってちょうだいね。それになんか、安心したわ、この部屋を見て」
「何もない部屋だぞ」
「そんなことないわ。あなたが生きている証が沢山あるのよ。このコーヒーだってそう、あのぬいぐるみだって、この写真だって……」
そういって、堂島あやめは懐から何かを取り出した。
それは写真だった。子どもの頃の俺、それに小学校の頃の同級生……。
「この頃のあなたはこんな風に生きていなかったでしょ? 部屋にはベッドしかなかった。心なんてほとんどなかった」
「……何度もリセットしたからな」
堂島は写真を俺に手渡す。
「藤堂、過去の感情ばかり見てちゃ駄目よ。未来でもない、『今』の感情を大切にして。――はい、今日のカウンセリングはここまで! 私はもう帰るわよ」
「うむ、堂島の知識の広さには助かる」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね。次は島藤も同席させるわよ」
「それは楽しみだ」
と言いながらも俺は首をかしげる。
……戦闘特化の島藤にカウンセリングなど出来るのだろうか? どうせ笹身の話になるのだろう。
***
堂島あやめが帰った後のアパート。
ポコポコとコーヒーを淹れる音だけが室内に響く。インスタントコーヒーと違って、ドリップコーヒーは少し難しいし手間がかかる。
だが、コーヒーの風味が格段に上がるんだ。
そんなことでさえ知らなかった俺だ。
「……少しは普通に近づけたのだろうか」
床に座り、ぽめ吉に手を伸ばす。人は孤独に見えて孤独じゃない。必ず何かと繋がりがある。
「リターン」
強く力を発動させると、はっきりと過去をなぞるように思い出すことが出来る。
そして、感情の方向性だけを変えられることが出来る。それは……ある意味「リセット」と同じだ。いや、感情自体を消しているわけじゃない。
ぽめ吉を抱きしめたまま、俺は窓を開けて部屋に空気を入れる。
緑の匂いを感じる。土の匂いを感じる。日の光を感じる。
「とても天気が良い日だ。きっと素敵な日になるんだろう」
そんなことを自然に思えること自体、俺にとって特別なんだ。
洗面所に向かい、花園が教えてくれたワックスで髪を整える。
田中が選んでくれた服を着て、ぽめ吉を所定の場所に置き、写真を見て――
「――行ってきます」
と言って、誰もいない部屋を見た。以前感じていた孤独の寂しさは、もう感じられない。誰もいない
わけじゃない、そこには見えない何かが感じられる。
積み重ねた様々な出会いと想い。
俺は大切な人に会いに行く――
***
「は、花園? す、少し怒っているのか?」
堂島あやめとのカウンセリングの後、俺は花園と、飯田橋駅近くのスターバックスカフェでお茶をする約束をしていた。
現地待ち合わせで時間に遅れたわけではない。通りを行き交う若者たち。
花園はなんだか昔みたいな雰囲気で『遅いわよ、剛!』と口をむにむにさせながら言っていた。
本気で怒っているわけではない、とわかる。だが、人の心の中まではわからない。きっと、大丈夫だ。
「べ、別に剛が悪いわけじゃないよ。ほら、大学が近いから……ナンパが多くて……もう、高校生に話しかけないでよね」
「む、それはすまない。花園は綺麗だからな」
「ちょ、剛なんでそんな口がうまくなってるのよ! はぁ……、というか、こんな風に落ち着いてお茶するのも久しぶりね」
「ああ」
花園との記憶が戻り、リセットをリセットして、俺は普通に戻れたと思った。
だが、異変が起きた。
平塚すみれを助けて、学園に着いた後……俺は再び倒れた。
幸い、学内には堂島あやめがいたから、『薬』を打つことで意識を取り戻すことができた。
「あ、あとね、堂島さん、すっごく綺麗だから、その……」
「安心しろ。堂島あやめは俺にとって……、俺にとって……、友人? いや、戦友? なんと言えばいいかわからないが、島藤に近い存在だ」
「わ、わかってるって! もう……、それでカウンセリングはどうだったの?」
俺にとって大切な人たちには、俺の生い立ち、特殊な小学校、奇妙な力、そして、今の状態をすべて話していた。
信じられないという顔をする道場、悲しそうに泣いている笹身、無表情な島藤、そして、唇を固く結ぶ田中。花園の身体は震えてた。
その中でも、花園は俺の状態を一番把握しているといってもいいだろう。幼少期から俺と一緒にいたんだ。
「……まあ世間話をしただけだ」
「ふーん、まあいいよ。というかさ……、もう、どこにもいかないよね?」
やり残したことは沢山ある。
万が一、エリが暴走して俺を拘束したとしても――
「花園がここにいる限り、俺はここを離れない」
「〜〜〜〜っ! バカっ! あんた恥ずかしいよ! あ、あのね、剛の精神状態はわかってるのよ。だから……、その」
スターバックスカフェのガラスから差し込む光。花園の柔らかい笑顔。
きっと、俺は花園に何度も恋をしていたんだな。
その感情はもう二度と忘れない。だが、こんな感情を俺はいくつ……幾人の人に持っているんだ?
「……花園、恋とは苦しいものでもあるんだな」
この好意を抑えないと、俺は不誠実な男だ。
「……私もずるしない。どんな結果になってもいい。だから、剛。絶対に、心を壊さないでね」
お互い好意を持っていたとしても、それは過去の出来事の中の話。
俺の分裂した精神は儚く脆い。
だが、しかし、それでも、青春は前に進む。
「大丈夫、花園。俺はもう壊れない」
本当の意味で、俺の普通の青春が始まる予感がした――
三巻(三章)は田中メインです。超田中です。
無理せず更新するので、3日に一話目安です!




