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第23話「甘いか苦いか①」

 もう少し。

 ここに至るまで計三回の試行を重ね、遂に最高の状態に持って行く事に成功した。後は、次の一手を正確に決めるだけ。


「フー……」


 大きく腹から息を吐き、気持ちを落ち着かせる。そして、標的をその視線の先に捉えた。ここから先、一切のミスは許されない。


 正確に指を動かす。

 一度。二度……。


「そこだ!」


 目を閉じ、三度目。

 成功したという自信と、もしやという不安。二つが絡み合った妙な緊張が俺を惑わせる。


「…………」


 余韻も程々に、ゆっくり目を開く。

 結果をその目で確かめるために。


「……よ」


 その光景に、思わず声が詰まる。


 成功。

 紛れもない大成功に、俺は一人でガッツポーズを決めた。


「っしゃあ!」


 ガッチリとハンドスピナーを掴んだクレーンが、既に取り出し口の真上に到達している。これを成功と言わずになんと言う⁉︎

 断言しよう。他に適切な言葉などないとッ!


「……何してんだ俺」


 そして唐突に訪れる賢者タイム。ゴトンという落下音が、何となく虚しさを助長させる。


 別にそんなに欲しかった訳じゃねーんだけど……四百円使っちまったよ。普通に買うよりは安いだろうから、得っちゃ得か?

 屈んでハンドスピナーを取り出しながら、どうでもいい事を考える。因みに現在、正午から一時間ほど経とうとしている。超絶昼間だ。


 ホントに何やってんだと思われかねないが、暇なんだよ。あの黒いローブの男がどこにいるかも分からないし、なんと苗字が師藤であるらしい事以外に手がかりもない。困ったもんだ、全く。


 こうしているうちにも、どこかでブレード使い及び被害者が出てるかもしれないってのに。二年前と同じもどかしさを感じる。


「……?」


 スマホから着信音が鳴る。秋穂からだ。


「もしもし、どうした?」

『あ、命さん。えーとそうですね、どこから話しましょう……』


 電話越しの声は、先日よりも落ち着いて聞こえる。あの時ほど急を要する訳ではないのだろうか。

 黒ローブと会ったとか、学校で一戦交えたとか……秋穂からの電話はなかなかスリリングな内容が多いので、今回の様子にすこしホッとした。


『まあ言っちゃいますと、ブレード使いが二人いました。一人とは昨日会ったんですけど、色々あって連絡忘れてました……』

「二人⁉︎」

『で、でも大丈夫です! 二人とも悪い人じゃないんで! ただ命さんの事話したら、片方が会ってみたいって』

「そうか……俺も一応会っときたいし、いいぞ。校門にいればいいか?」

『ありがとうございます! 放課後待っててください』


 それを最後に電話は切れた。

 二人一気か……。聞きそびれたけど、学校の生徒だろうか。どんな奴らだ? 本当に大丈夫なんだろうな? 伊代って子はともかく、秋穂はその辺鈍そうだからな……失礼だけど。


 ともあれ、暇な俺に用事が出来た。放課後なら三時半くらいに着いてりゃいいだろ。

 ……結局それまで暇じゃねーか。


「どうすっかな」


 それまでゲーセンに篭ってもいいが、金は貴重だ。これ以上変に溶かしたくはない。かと言って、今の俺にやれそうな事も特に思い当たらない。精々さっき手に入れたハンドスピナーを開封して回す事くらいだ。


「…………」


 何気なしにゲーセンの外に出て、ハンドスピナーに目をやる。右手の親指と中指で摘み、試しに人差し指で羽を弾いてみた。ベアリングがシャリシャリと鳴りながら回転し始める。

 へえ……あんまり力入れなくても案外回るな。


「…………」


 でもこんなにシャリシャリ鳴るもんなのか? 安物だからか?


「…………」


 あれ、何か意外と楽しいぞオイ。ずっと見てられる気がしてきた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……ん?」


 下から視線を感じた。ハンドスピナーに釘付けになっていて気付かなかったが、誰か近づいてきていたようだ。

 俺の方も視線を下げると、幼稚園児くらいの少女とガッチリ目が合った。白いシャツに緑のワンピースでボブカット、そして被ってるというより乗っかってると言った方がしっくりくる、少し不釣り合いな大きなハンチング帽が特徴的だ。


「…………」

「あー……どうした?」


 子供の相手は苦手なのだが、こうも見られてる上に目が合ってしまってはシカト出来ない。親が近くにいなさそうなので、何となく既に察しているが。


「……それなに?」

「これか? さっきゲーセンで取ったんだけど」


 少女のハンドスピナーを見る目は好奇心で輝いている。というか俺の問いの答えになっていない。これにしか注意がいってないらしい。


「……貸そうか?」

「! いいの?」

「おう。で、こんな所に一人でどうした?」


 屈んで少女と目線を合わせ、俺は改めて同じ質問を投げかける。差し出されたハンドスピナーを両手で受け取り、少女は更に目を輝かせた。


「んーとね、おかーさんが迷子になった」

「ん? ……うん、そうか」


 お前がな、という突っ込みは飲み込んでおこう。


「じゃあ、どの辺ではぐれたか分かるか?」

「きづいたらいなくなってた。おかーさんったらしょーがないんだから」


 何なのその言い方。

 あとハンドスピナー弄ってないで俺の方見てくれない?


「あのな? 人と話してる時はその人の方を……」

「ごめんなさい」


 あ、意外と素直。姿勢まで正して。


「おかーさんさがさなきゃ」

「そうだな」

「せわがやける」

「……そうだな」


 そのスタンスは崩さないつもりなのか。凄いなこの子面白いわ。


「おにーさん、ひま?」

「あ、ああ」

「てつだって?」


 少女は首をコテンと傾げる。推定園児に暇かと聞かれるとは。台詞だけだと逆ナンみたいだな。

 つーかこの子、人見知りとか全くしないのな。警戒心はないのだろうか。


「知らない人と一緒にいちゃ駄目って、お母さん言わなかったか? 俺が悪い人だったらどうすんだ」

「……おにーさん、ろりこん?」

「どこで覚えたそんな言葉。違います」

「じゃあだいじょーぶ」


 少女はグッと右手でガッツポーズする。まさかこんな純粋な目をした子から、あんな言葉が吐き出されるとは……。危うく声を荒げるところだった。


「ま……暇だしな。手伝うよ」

「ほんと⁉︎ やった!」

「じゃあとりあえず、来た道戻ってみようぜ」

「うん! はやくしないと、おかーさんさみしくてないてるかも」

「……おう」


 この子の中でお母さんはどういう立ち位置なんだ。ヤバイ、いつか子供相手に本気で突っ込んじまうかもしれん。


「……⁉︎」


 小走りで駆け出す少女の背中を、謎の危機感を覚えつつ追いかけ始めた時。その頭上で、一瞬空間が歪んだ気がした。


「おい、ちょっと待——」


 呼び止めようとした瞬間、首の裏を嫌な感触が襲った。同時に聞こえた『ベチョッ』という気色悪い落下音。通り過ぎて行くカラスの鳴き声……。

 反射的に顔をしかめた。


「どうしたの? へんなかお」

「……ティッシュないか? ハンカチとまでは言わないから」

「?」


 振り向いた少女は、頭に疑問符を浮かべる。代わりに、歪みは一切見えなくなっていた。




*




 公園の砂利の上に座り込み、首を水道の真下に持っていって蛇口を捻る。全て洗い流してしまえ……鬱だ。


「だいじょーぶ、『にんげんばんじさいおーがうま』っていうから」

「ありがとよ。難しい言葉知ってるな……」


 俺のジャージを抱えながら、少女は俺の後ろに立っている。そして妙に重みのある慰めを受けた。いよいよ只者じゃないぞこの子。


 十分洗い流せたところで蛇口を戻して立ち上がり、ジャージを受け取って羽織り直した。……衣類は無事で済んだのは、不幸中の幸いだろうか。


「……あつい」

「確かにな」


 少女は額の汗を拭う。今日も今日とて真夏日和、太陽は手加減を知らないらしい。水を浴びたばかりだが、焼け石に水と言っていいだろう。

 襟元をはためかせていると、公園内の自販機を見つけた。


「何か飲むか?」

「おかねない」

「奢ってやるよそれくらい」

「! おにーさんふとっぱら」


 ……子供がする言葉のチョイスじゃないと思うが、もう今更だ。大して驚きもしない。


 自販機の前に立ち、財布を取り出す。思えばこの町に来た最初の頃、ここでコーラ買ったっけ。そんでその後、秋穂に会った。そこまで日は経ってないが、懐かしい気もする。


「何がいい?」

「うーん……うーろんちゃ」

「渋いな。本当にそれでいいのか?」

「りょくちゃとまよった」

「どっちにしろ渋いな」


 その年の子が二種類のお茶を飲み分けるのか……。俺なんてジュースしか飲んでなかったぞ。

 まあとりあえず烏龍茶のボタンを押す。ガタガタと音を立てて、取り出し口にペットボトルが落ちてきた。


「ほらよ」

「ありがとう」


 烏龍茶を手渡し、自分はどうしようかと物色を始める。


「…………」


 にしてもやっぱり、中段右端の存在感が凄いな。ミリオンジュースとやら、お前を買う奴はここらに一人でもいるのか? 何がミリオンなんだよ。あれか? 嫌われ指数が百万なのか?


「えらばないの?」

「いや、ちょっと考え事してただけだ」


 コーラのボタンを押しながらそう答える。結局はこれ一択なのだ。


「よっこら……せ…………?」


 取り出し口を開いた時、そこに存在する缶の異様なオーラに気付いた。色という色が不快に入り混じったそのデザイン……明らかに既視感あるぞ⁉︎


「え⁉︎ 何で⁉︎ 俺コーラのボタン押したよな⁉︎」

「……いれまちがい?」

「嘘だろ⁉︎」


 いや誰にだってミスはあるだろうよ! でも何でよりによってコレを入れ間違えんだ‼︎ こんなエグい缶を何でコーラの所に入れちゃったんだよ⁉︎ 目が節穴ってレベルじゃねーぞ! ドリルでガッツリいかれてんじゃねーの⁉︎


「それきらいなの?」

「飲んだ事はない」

「くわずぎらい、よくない」

「いい事言うな……」


 そ、そうだ、何もメチャクチャマズイと決まった訳じゃない。ド○ペみたいに好き嫌いの激しいやつを、ちょっと誇張して宣伝しただけかもしれん。もうそうであってくれ。

 だって今ので小銭使って、もう手持ちは万札しかねーんだよ! 買い直せねーんだよ‼︎


 缶をマジマジと眺める。見れば見るほど毒にしか見えない。とりあえず宣伝文句っぽい文字を発見した。


『この世のありとあらゆる食べ物を炭酸ジュースにしてみました。その数なんと百万通り⁉︎』


 ……ミリオンってそういう事かい! 馬鹿かッ‼︎

 じゃあこれは何味だ⁉︎ せめてマシな味であってくれ——


「…………」


 缶の下部に『ステーキ味』という表記を見つけた瞬間、あらゆる物がどうでも良くなった。


「どうしてもいや?」

「五万払ってでも別のと交換したい」

「……代わりにこれじゃだめ?」

「⁉︎」


 少女はそう言い、自分の烏龍茶を俺に差し出そうとする。


「いや駄目だ! これは俺が飲むから!」

「でもいやって」

「大丈夫! 急に飲みたくなってきたから! 俺メッチャこれ飲んでみたい!」


 プルトップを上げる。この音だけは耳障り最高だ。聞くのが最期にならない事を祈ろう。


「……はぁ!」


 覚悟を決め、口に缶を付けて中身を注ぎ込む。


 ……なるほど。

 肉の脂っこさが悪い意味で完全再現されていて。

 その臭みが強炭酸によって弾けるように口の中に。

 そしてそれが鼻孔から一気に抜けて……。


 まあ要するに。


「クッッッッッソマズ‼︎‼︎」


 口に含んだ全てが、一気にぶちまけられた。思わず缶を放り投げてその場に踞る。


「ゲッホゲホ! オゥエ゛……‼︎」

「おにーさん!」


 口を押さえ、人生最大級にむせた。実際の毒物でもここまでむせないと思う。俺でなかったらリバースしてた。

 流石にこの子の前で、そこまでの惨事を起こす事は出来ん……! ホントコレ考えて作っちゃった奴表出ろ! 影のラッシュで顔面三倍に腫らしてやる……!


「おにーさんしぬ? しぬの⁉︎」

「死なない死なない、安心しろ……」


 顔面蒼白で説得力皆無だろうが、どうにか落ち着かせようと少女の方を見て。


「……⁉︎」


 思わず絶句した。

 心配そうに慌てる少女の頭上に、何かが浮かんでいる。


 輪の部分が鎖のように連なった、雄雌記号。

 雄記号が黒、雌記号が白。

 雌記号の先端が、真下の少女を。

 雄記号の先端が、俺を指していた。


「お前、それは……」

「? あ……またでちゃってる」


 真上を向いた少女は、何でもなさげな様子で言った。


「これね、さいきんでてくるようになって。おかーさんは、なにもないよっていってたのに……おにーさん、みえてるの?」


 少し驚いてはいるが、今しがたとは真逆に落ち着いた表情だ。


 その物体をよく見て、俺は確信した。俺たちを指す記号の、輪から先の部分。両方とも、縁が鋭利な形状に研ぎ澄まされている。そう、まるで刃物のように。


 つまり。

 形は実用的な刃物とは程遠いが間違いない。

 これはこの子のブレードだ。

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