第24話「甘いか苦いか②」
この町には既に何人かのブレード所有者がいる。分かっていた事だし、それなりに覚悟していた。寧ろいないし出会わないのであれば、俺がここに留まる理由はない。
それでも想像していなかった。まさか、単に突っ立っているだけで会ってしまうなんて。それもこんな小さい子まで……。
「なあ、それが出るようになる前……黒いローブの男に会わなかったか?」
「んーと……あった。おかーさんとあるいてるとき、くろいひととすれちがった」
「……変な事されなかったか?」
「わかんないけど、そのひとわらってたきがする。へんなひとだねって、おかーさんとはやあしでとおりすぎた」
恐らくその時、本人も気づかないうちに斬られてたって事か……。俺の脳内に、ふざけた笑いを零す黒ローブが映し出される。そして激しい嫌悪感が溢れ返った。
秋穂と出会い、色んな事があった日。あの時も奴は笑っていた。誰かが死んでもおかしくなかった惨事を起こしたあの時も……。
それだけじゃない。平然と人を殺して……助かっても妙な能力を植え付けて。ほんの一手間で、人の人生を簡単に狂わせて。そんな事をしながら、奴はヘラヘラと笑って面白いなどと抜かしやがる。
……ふざけんじゃねーよ、あの野郎。
「おにーさん、かおこわい」
「! いや、すまん」
いかんいかん、顔に出てたか。無駄にこの子を不安にさせてどうする。しっかりしろ俺、今は今の事を考えるんだ。
一旦立ち上がり、中腰になって少女と目線を合わせる。
「えーとだな。お前の頭のそれは、何と言うか……出ている間は何かしらの不思議な事が起こるはずなんだ」
「おまえじゃなくてひな」
「ひな? ……ああ名前か。因みに俺は命だ」
今の今まで互いに名乗ってなかったな、そう言えば。
「じゃあ改めて。ひな、それが出るようになってから、何かおかしな事とか起きなかったか?」
「んー……」
「そうだよな、急に言われてもだよな……。どうしたもんか」
「ねえ、おにーさんにもこれだせるの?」
「俺?」
ひなは少し期待の篭った眼差しで俺を見つめる。
見える人がいりゃ、そりゃそう思うわな……。言っていいものか、こんな小さい子に。
いやしかし、今までの様子からして、ひなは賢い子だ。きちんと口止めすれば、下手に言いふらしたりはしないか?
「言っちまえば、俺も出せる。それとは形も出来る事も違うけどな」
「おお……!」
「でもな、この事は絶対誰にも言うなよ? 二人だけの秘密だ」
「わかった」
とりあえず現状最も大事なのは、ひなのブレードがどういう能力なのかだ。彼女に悪意や敵意はないのは明白。だが厄介な事に、幼さ故か制御出来ていないらしい。
ちょっと教えただけで出来るようにはならないだろうし、何より感覚的な話なので自信はない。だがせめて能力さえ分かれば、何らかの対策を考えられる。
「俺のはこんな感じだ。形は黒い日本刀で、自分の影を操れる」
「! かっちょいーね」
「だろ?」
キラキラした目で見られ、思わずブレードを担いで口元を緩ませる。そうだろうとも、日本刀はロマンの塊だからな。黒く輝く洗練されたこのフォルム、誰もが見惚れるに違いない。
「さて、じゃあひなの能力を予想するところから始めるか」
「おー」
「……つってもまだよく分からんし、しばらく様子見するしかないけど」
ひなの頭上のブレードは、相変わらず漂い続けている。黒い雄記号もまた、俺の方を指し続けて……。
「…………」
左に数歩動く。雄記号も連動して動き、俺を指した状態を保った。更に左に動いてみても、雄記号は俺を追うように連動して動いた。
ひょっとしてとは思ったが……このブレード、俺を能力の対象にしてるようだ。
「なにしてるの?」
「考えてる」
もしそうなら、迂闊に言うとひなに責任を感じさせてしまう。自分のせいで俺が何らかの被害を受けている……なんて事を思わせたくはない。
そもそも賢いとは言ってもまだ小さいし、あまり複雑そうな事は理解しきれないだろう。よってその辺は俺一人で推測するとしよう。
「ひとまずお母さん探すか」
「! そうだった、おかーさんないちゃう」
「そうだな、早く見つけないとな」
この子のスタンスにもそろそろ慣れてきた。既に自然な受け答えも完璧である。
ともあれ公園を出て、何となく二人で歩く。ひなが記憶を頼りに前を進み、俺はその数歩後ろ。迷子の付き添いに、未知のブレード能力の予想……。思っていたより大変な事になったな。
だが関係ない。一度首を突っ込んだのなら、最後までやりきる。それがものぐさな俺の、せめてものモットーだ。
「おにーさん、かおのきずすごいね」
「これか。昔ちょっとな……。怖くないか?」
「ううん。でもいたそう」
ひなは俺の方を振り返りながら器用に歩く。今更だが、顔にこんな傷のある年上の男なんて、普通近寄りがたいだろうに。本当に物怖じしないというか、肝が座ってるというか……。将来は大物に違いない。
「今は痛くないから大丈夫だ。前見て歩かないと危ないぞ……」
そう言った途端、ひなが何かに躓いた。注意が前にいってなかった分、尚の事無防備に姿勢を崩す。
「危な……!」
咄嗟に地面を蹴り、前のめりになったひなに手を伸ばした。胴に回し、何とか支えられる形になる。が、この姿勢だと俺ごとかけてしまう。左足を前に出して踏ん張った。
「っ……」
どうにか踏み止まったが、着地した際に違和感を感じた。足首にじんわりと痛みが広がる。
「おにーさん?」
「何ともない。そっちは大丈夫か?」
「うん……」
ついしかめた顔を、姿勢を戻したひなは心配そうに見つめる。彼女自身に怪我はなさそうだ。
今しがた着地した場所を見下ろす。俺が足を落とした丁度ピンポイントの位置に、やや大きめの石ころが転がっていた。あれのせいで体重のかかり方がおかしくなったらしい。
「ついてねーな……」
頭を掻きながらそうこぼした時、ふと脳裏を何かがよぎった。今までの状況と、俺を指し続ける黒い雄記号。そして、ひな自身を指す白い雌記号。
ひなを手伝う事にした瞬間、鳥に糞を落とされた。
ジュースを奢ってやれば、地雷を飲まされた。
こけかけたのを助ければ、俺が軽傷を……。
もしや……。
「…………」
「……おにーさん、わかったかも」
「ん?」
「おにーさんがひなのことたすけたら、おにーさんいやなめにあってる……」
「ひな……?」
「あと、これがでてるとき……おかーさん、よくついてないっていってたきがする……」
会ってから初めて、ひなは後ろ向きな表情を浮かべた。俯き、服の裾をぎゅっと掴む。
……やっぱりこの子賢い。だがそれが仇となった。どうやら俺と同じ結論に辿り着いてしまったらしい。
ひなのブレードの正体……簡単に言ってしまえば、多分運勢操作の類だ。白い雌記号で指した者に得な事が起き、同時に黒い雄記号で指した者に不幸が訪れる。
誰かが甘い汁を吸えば、別の誰かが苦汁を舐める。
「…………」
「あの……えっと……」
「…………」
「ごめんなさ……」
「ドルチェ・オ・アマーロと名付けよう」
目を赤くしかけていたひなは、俺のこの台詞の意味が分からなかったようだ。あからさまにキョトンとした顔で、俺の顔を見上げている。
因みに今の俺の顔はドヤ顔だ。
「どる……?」
「ドルチェ・オ・アマーロ。簡単に説明すると、『ドルチェ』ってのはイタリア語で甘いって意味だ。『アマーロ』が苦いで、『オ』はもしくは。つまり直訳すると、『甘いか苦いか』って事になるな」
「⁇ なにが?」
「ひなのブレード。どうだいい名前だろ」
ひなはまだキョトンとしているが、個人的には決まった感が止まらない。ここ最近の俺の中でもトップクラスに冴えたネーミングだ。もちろん先日秋穂たちの為につけた名前も劣ってはいないが——
「おこってないの……?」
「?」
恐る恐るな面持ちで、ひなは俺を見上げ続けていた。残念な事に、俺のネーミングはイマイチ響いていないらしい。
しかし、そうか。
やっぱりそんな心配するのか。
「怒らねーよ、これしきの事で」
「でも……」
「俺の友達にな、とんでもねーのがいるんだ。人がミスしてるの指差して笑ったり、俺に学校の制服が似合わないだのと抜かしたり」
「ひどい」
「だろ? でもソイツとは……まあ親友なんだ。そんな酷い奴とも親友の俺が、ひなの事を嫌いになると思うか?」
「…………」
頭をポンと撫でてやる。浮かぶブレードが、忙しなくクルクルと回り始めた。ひなの心が反映されているのだろうか。
どういう心情かは分からんが、明るくなった表情から察して悪い気持ちじゃないらしい。
「おにーさん、いいひと」
「んー……よく言われる」
照れくさくなり頭を掻く。何回言われても慣れない気がするな。
「そのブレード、ひななら近いうち使いこなせるようになるだろ。頑張れ」
「がんばる」
小さな拳でガッツポーズ。
確かに能力は不安定で危ないが、この子なら悪用したりはしないだろう。あとはうまく扱えるようになれば……ってところか。
「教えれるもんなら教えてやりたいけどな……そうそう機会があるもんでもないだろうし」
「……けーたい」
「ん?」
「れんらくさきおしえて?」
ひなはそう言い、ポケットから子供用携帯を取り出した。
その年で既に携帯を……。俺の子供時代とは随分変わったもんだ。だが親御さんに黙って連絡先交換というのは——
……いや、おい。
「ちょっと待て……。それでお母さんに連絡すれば」
「……あ」
「…………」
ガラケー型の携帯を開き、拙い手つきでボタンを操作するひな。しばらくして、呼び出し音が鳴り始める。
「…………」
「……あ、おかーさん」
そして呆気なく繋がったらしい。
何という結末だ……。
*
程なくして、ひなの母親は俺たちの元へと合流出来た。軽く涙目で何度も頭を下げられ、逆に恐縮だった。というか、ひなの言う通り本当に泣いてるとは思わなかった。
「本当にすみませんうちの娘が……! 何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「いやそんな……いい子でしたよ」
「何とお礼を……ほらひな、お兄さんにありがとうって」
「おにーさん、ぐっじょぶ」
「ひな!」
うん、やっぱり手を焼いてるらしい。想像はしてた。
「それでおにーさん、れんらくさき。またあそぼ」
また台詞だけだと逆ナンみたいな事をこの子は。お母さんには頑張って立派に育てていただきたい。俺は応援しますよ。
「……この子随分あなたに懐いてしまったみたいで。すみません、迷惑でなければよろしいですか?」
「いや、逆にいいんですか? 俺とあなた初対面ですよ?」
「恥ずかしながら……その辺の判断は私よりこの子の方が上手いので……」
いいんですかそれであなたは。自分で言っててどういう気持ちなんですか。
「……まあ、断る理由もないですけど」
「ありがとうございます。ひなもお礼」
「ありがとー」
よしよし、今度はちゃんと言えたな。お母さん凄い安堵した表情してるぞ。親の心臓の為にも、その辺精進しろよ。
ちゃちゃっと連絡先を交換し、二人と別れた。その時の手を振るひなの頭上に、またブレードが現れていた。相変わらず黒い方が俺、白い方がひなを指していたが……。
「あ」
ハンドスピナー、ひなが持ったままだ。今呼び止めれば間に合うか?
「……ま、いっか」
連絡先も分かるし、次会った時返してもらうとしよう。今ひなが幸せな思いしてるんなら、あんなの安いもんだ。そう思って笑いながら、距離が遠くなるまで手を振り続けた。
さてと、また時間が出来ちまったな。秋穂たちとの待ち合わせまでどうするか。ハンドスピナー、もう一個ゲットしに行くかな。
ブレード名:ドルチェ・オ・アマーロ
所有者:宇佐美ひな
身体強化:バランス型
形状:白い雌記号型の刃と黒い雄記号型の刃が知恵の輪のように連結し、所有者の傍に浮かんでいる。
能力:刃で指し示された二人の運勢を操作する。
・白で指された者に得が訪れ、黒で指された者は損を被る。この二つは同時に起こる。
・直接的な攻撃力は皆無。




