第22話「京也のヨーヨー③」
廊下の角に三人で隠れて、自販機の前にいる男子生徒を監視していた。野球帽を被りやや小柄なその少年は、渋々な表情で自販機に小銭を投入している。
伊代ちゃんが金条君に声をかけた。
「あれがそう?」
「おう、あれが例の馬鹿だ」
「何回馬鹿って言うの」
いない場所で散々に言われる彼に同情しつつ、観察を続ける。どうやら今飲み物を選んでいるようだ。
「んじゃあ、とりあえず俺がさりげない感じで呼んでくる。ここで待ってろ」
「……いや待ちなさい」
出動しようとした金条君を、伊代ちゃんが制服の裾を引っ張って止めた。そしてあからさまに嫌そうに振り返る金条君。
「何だよ、俺の服の裾引っ張っていいのは一人だけなんだぞ」
「知らないわよ……! それよりあんた一人で行くな。何言うか分かったもんじゃないでしょ」
「確かに」
「……チッ」
「舌打ち⁉︎」
止めてくれてありがとう伊代ちゃん。多分「女の子が二人告白しに来たぞ」とか言うつもりだったんだ。これ以上金条君に困らせられたくはない。
「しょうがないな、付いて来い」
「何で上からなのよ」
文句を言いつつ、金条君の後ろに続く伊代ちゃん。わたしも遅れまいと歩きだす。野球帽を脱いで頭を掻きながら缶を取り出す少年が、徐々に近づいてくる。
「おう西部、パシらされてるとこ悪いけど話がある」
「……テメエ改めて言うなよ嫌な奴だな。まず俺はパシらされてる訳じゃ——」
西部君というらしい彼の文句は、こちら側に顔が向くと同時に打ち切られた。というか、西部君が勝手に固まった。そして面白い顔になっている。
「和晴…………誰それ」
「コイツらがな、お前に告白したい事があるそうだ」
……ん?
金条君? 親指で後ろ指しながら何を——
「「……………………はぁ‼︎⁉︎」」
嘘でしょこの人‼︎
一人で行かせようが行かせまいが何にも関係ないじゃん‼︎
わたしの想像通りの事言ってるよ‼︎
「マッ……マジかよォーーーーーーー‼︎⁉︎」
凄まじい衝撃を受けた形相で、手から缶を取り落す西部君。ああ駄目だ、完全に信じちゃってるよ。どうするのこれ。
「ふふふふふ二人⁉︎ 俺に⁉︎」
「金条君……!」
「嘘はついてない」
「KOKUHAKU‼︎ 俺にッ‼︎」
「っ〜〜……まあ、告白? といえばそうだけど!」
「あんっっったねえ‼︎」
「俺は悪くない。悪いのは性格だ」
何そのなんちゃって名言。格好良さげに言ってるけど結局悪いんじゃん!
「へへ、参ったな……こんな時にモテ期が来ちまうなんて。二人同時告白って、都市伝説じゃなかったのか……」
そして存在しない世界に浸りに浸る西部君。目を閉じて顎に手を当てて、絵に描いたような浸りっぷりだ。凄く騙されている。
「けど……俺は二人と付き合うことなんて出来ない。つまりッ‼︎ 俺は片方を傷つける事になるという事‼︎」
そして、うん。何というか……悪いんだけど……少し面倒くさい浸り方してる。
「あんたは本当に何がしたいの? 桂剥きじゃ足りないのかしら⁉︎」
「大根の桂剥き上手い女の人って憧れるよな」
「どうでもいいわよ!」
「お前は下手そうだよな」
「…………開き」
ああ、こっちはこっちで揉めに揉めてるよ……。金条君が胸倉掴まれてる。わたしには収集がつけられない。
「君」
「……え、わたし?」
「ゴメンよ……。俺には選べない。好きでいてくれている女の子を片方だけ選ぶなんて…………俺には出来ないッ‼︎」
なんか振られた。
西部君は拳を握りしめて真面目な顔をしている。
そして声が大きい。耳がきんきんする。
「だからッ‼︎ お友達からよろしくお願いしまぶらべぁッ」
「⁉︎」
西部君の暴走する台詞は、突然明後日の方向へ追いやられた。伊代ちゃんの手刀が、西部君の首にクリーンヒットした事によって。
「——うるさい。さっきから」
白目を向いて吹っ飛ぶ西部君に向かい、伊代ちゃんは冷淡な目と口調で吐き捨てた。そして直後、我に返って顔が青ざめる。
「伊代ちゃん……」
「…………つい。ごめん」
「真剣なら飛んでたな、首が」
西部君が廊下に倒れると同時に、人ごとのように金条君はポツリと呟いた。
*
昼休み、昼食後にさっきと同じ階段の踊り場。三人に西部君を加えた四人が、再びそこに集まっていた。
「……あんな事して楽しいか」
「超楽しい」
「最悪だよお前! あんなの俺が馬鹿みたいじゃねえか!」
「実際そうじゃん」
現在、金条君によって先の出来事のあらすじが語られたところだ。当然西部君は憤慨しているが、一瞬で何も言い返せなくなっている。もっと頑張って、西部君悪くないから。
「もう、さ。俺はいいよこの際。でもさあ、わざわざ初対面の女子連れてくるか普通? どういうツテ?」
「それが本題だ。辿り着くまでに時間がかかり過ぎなんだよ」
「お前のせいでなッ‼︎」
「まあ落ち着け。ところで」
金条君は全く悪びれない。本当に少しは反省とかしてほしい。
そんな変わらぬ調子で、西部君からは見えないようにブレードを出して前に差し出した。
「こいつを見てどう思う」
「あ? どうって……モデルガン? 変な形だな。パチモンじゃねえの?」
西部君は訝しげに、金条君の持つブレードをまじまじと眺めた。
見えている。
つまり。
「お前のヨーヨーと同じメーカーだ。あの二人も似たのを持ってる」
「ッ…………⁉︎ お前今なんて」
つまり、西部君はブレード使いだ。
「和晴お前、あれの事知ってんのか⁉︎ 善人には見えてなかった……」
「ざっくり言うと超能力ってやつだ」
「超……? お前まだからかってるか?」
「本当だって。なあ?」
金条君がわたしの方に振り返る。頷いてみせると、西部君は絶句して数歩退いた。そして不審げに、金条君とわたしたちを見比べる。まだ少し疑ってるみたいだ。
「……じゃあ、わたしも出すね。そしたら信じてくれる?」
「出す?」
両手のひらを上に向け、腕を前に出す。
頭に槍を思い浮かべる。
虚空から、手のひらに何かを握る感覚。
穂先のねじれたあの槍が、どこからともなく現れた。
「⁉︎ 今どこから……そんなでかい槍」
「桧笠も今言ってたろ? 出したんだよ。お前の手のひらからヨーヨーが出るのと同じだ」
「…………」
目を白黒させながら更に退き、西部君は背に壁をつけた。そのまま自分の右手のひらに視線を落とす。
やっぱり、いきなりこんなはっきり言っちゃまずかったかな……? ああ駄目だなあ……もう。そりゃこんなのショックに決まってるのに、わたし気づかなかった。配慮が足りなかった。
「あの、西部君……?」
「…………ぇ」
「『え』?」
「スッゲエッ‼︎‼︎ マジかよ超能力⁉︎ ヤベエな‼︎」
そんな後悔をしていたら。
かぶりを上げた西部君の表情は、純粋な少年のように爛々としていた。好奇心を爆発させ、テンションが一気に振り切れている。
「マジかよマジかよ‼︎ いつの間にそんなトンデモな事が俺に⁉︎ なあこれってどんな——」
「静かにしなさい。誰かに聞かれるでしょ」
「……スミマセン」
はしゃぐ西部君だったが、伊代ちゃんの壁ドンで一気に大人しくなった。首チョップの事もあってか、なかなかの怯えようだ。
「まあはしゃぐのも結構だけど、問題が一つ。これには一人一つ何らかの能力がある訳だが、お前は自分の能力が分からない」
「お、おう……」
「もしかしたら危険なものかもしれない。だからそれを見定める必要がある」
「なるほど……」
「もしヤバい能力だったら桧笠の所属する秘密組織に処分……」
「されないしどこにも属してないから!」
隙あらば変な嘘を挟み込むの止めてくれないかな。真剣な話してるのに。
「何だ嘘か……」
何で信じちゃうの。
「つってもなあ。急にそんな色々言われても、能力とか分かんねえよ。考えた事もない」
「今日の朝はそのヨーヨーあったんでしょ? 何でもいいから変わった事の一つくらいなかったの? 思い出しなさい。それに……黒いローブの奴の事何か知ってるの⁉︎」
「コイツさっきから怖ぇんだけど⁉︎」
腕組みしながら考える素振りをする西部君に、伊代ちゃんがまた壁ドンする勢いで迫る。
「落ち着いて伊代ちゃん」
「……ごめん」
西部君に軽く頭を下げて、トボトボと距離を開ける伊代ちゃん。
「そ、それでね西部君。些細な事でも何かなかった?」
「何かって……。あ、そういや一つ」
「あるの⁉︎」
「ベッドで頭ぶつけたんだけど……その時は痛みどころか何も感じなくて。で、ヨーヨーが消えたのと同時に痛みが」
帽子の上から頭をさすり、西部君は尻すぼみな言葉で言った。
ブレードを戻した途端に痛みが蘇る……。命さんは、ブレードを出していれば身体能力が上がると言っていた。それでも、頭をぶつけて何も感じないなんて事になるだろうか。前に伊代ちゃんが潜原さんをブレードで斬った時は、ダメージがあったし……。
「多分、それが能力の一部だと思う」
「つまりどんな?」
「……発動中はダメージが無効」
「おお!」
「でも解除するとそれまでのが一気に来る、とか?」
「微妙じゃね……?」
うーん、そう言われても。わたしの頭じゃどうもパッとした説が浮かばない。うーん……。
唸るわたしを見兼ねたのか、金条君が顔を上げた。
「ならこう考えるとどうだ? 西部が頭に受けた衝撃は、一旦ヨーヨーの中に蓄積された」
「蓄積?」
「そう。でもその蓄積させた衝撃を発散させないまま、西部は図らずもヨーヨーを戻した。その結果、衝撃がそっくりそのまま帰ってきた」
金条君は自分の脳天を抑えながら、西部君を見る。なるほど……何だか凄くそれっぽい。
「どうよ、一気に強そうになったろ」
「よく分からん」
「だろうな」
「あれ、俺いま馬鹿にされた?」
西部君は不満げに顔をしかめたが、金条君は知らん顔している。
「まあ大方の検討ついたし良しとしようや。俺は残った時間を机で寝る事に使いたい」
「どこまで勝手なんだお前は。こっちはまだ理解が追いついてねえんだよ」
「あの、ごめんね? 急に色々……」
「謝んなくていいよ、大体アイツが悪いから。ところで」
急にわたしの方に振り向いた西部君は、さっきの休み時間ばりの真剣な顔をしていた。思わず肩がこわばる。
「な、なに?」
「お名前、教えてください」
「……桧笠秋穂です」
「秋穂ちゃんって呼んでいいですか?」
「いいけど、何でいきなり敬語なの?」
それより、こんな所でよそ見するのは危ないよ? せめて歩くの止めるか後でその話するかした方が——
「あ」
「おわっ⁉︎」
……って言おうとした途端、西部君は階段で足を踏み外した。
「っ⁉︎」
「ちょっと、危な……!」
階段を降りかけていた金条君の真横で。伊代ちゃんの声も虚しく、西部君は真っ逆さまに落下した。二、三度続く落下音。
「西部君!」
「何してんだあの馬鹿は……‼︎」
金条君は叫んでその場から一気にジャンプした。
急いで階段を下るわたしと伊代ちゃん。下にいるのは、屈む金条君と仰向けに大の字で倒れる西部君。
「おい西部無事か⁉︎ 大丈夫か⁉︎」
「…………ブハァ! 死ぬかと思ったッ‼︎」
廊下に着くと同時に、一刻を争うかもと本気で思っていた心情が肩透かしを食らうに十分な、お腹から出た大きな声。上体だけを飛び起こした西部君は、焦りまくった表情で大量の汗を浮かべていた。
「びっくりしたー……」
「よく無事ね……。絶対頭打ったでしょ」
「いや、何か全然痛くない」
「……お前、右手」
金条君の一言で、全員の視線が西部君の右手に行く。そこにあったのは、白縁の黒い円盤のようなもの。
「……これが西部君の」
「へえ。じゃあ金条の仮説は意外と当たってるのかしら」
自分の右手が握る物を、興味深げに見つめる西部君。金条君はその様子を見ながら溜め息を吐いて立ち上がった。
「もしそうなら、お前それすぐに戻すなよ? どっかにぶつけるなりしてみた方がいい」
そう言って後ろを向く金条君。
「……ちょっと保健室行ってくる」
「何で? 先生いないよ」
「今ので足グネったから、湿布取ってくる」
「ああ……」




