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なるようになるの  作者: 七番
序章 宵の宮

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6.行き合いの空

「陽戸、さっきの地蔵がなんで十体も並んでるか知ってるか?」


 私と陽戸の少し前を歩く兎が、先程通り過ぎた"すてごもり十地蔵《とおじぞう》"を親指だけで指して示す。


「ううん、来たばっかりだもん。どうして?」


 横で陽戸が首を傾げているのが見える。果てには口元に手を当てて唸り始めた。わざわざ考えているのだろう、真面目なやつだ。

 あれの由来には諸説あるが、どれも大したものではない。また兎の悪い癖が出ている。言わないが。


「あれな、元は九体だったんだ。キリが悪いだろ?

 それであたしがもう一体彫ったってわけだ。奇数は嫌いだからな。たいへんだったんだぜ?右端のがあたし作だ」


「えっ!ほんと!?えぇえっ!ちょっ、ちょっとみてくる!」


「……嘘に決まってるじゃん」


 振り向いた勢いそのままに駆けていきそうな陽戸を制止して、宥める。一人の女子高生がそんな技術を持っているわけがないだろう。世間知らずというか、どこまでも純粋というか。


「もうっ!おこった!もう騙されないから、ね!」


 そんなやり取りを数回繰り返した頃、漸く目的地が見えてきた。なかなかにたいへんな道中だったが、こんな晴れた日に歩く事自体は嫌いじゃない。


「着いたな」


 木漏れ日の落ちる緩やかな丘を抜けると、長閑な田園風景が広がっていた。その中に佇む赤いレンガ造りの二階建てテラスハウス。ここが、碧と兎の住む家だ。


「よく来てくれたな。疲れただろ」


 半ば強引だった気がしないでもないが、まぁいい。

 兎の調子からして碧も元気なのだろうことがわかる。要らぬ心配だったというものだ。それよりもそこそこに歩いたからか、少しお腹が空いてしまった。なにかご馳走にでもありつければ願ったり叶ったりなのだが。


 ──ぐぅ。


「……えへ、えへへへ。お腹すいちゃった」


「くくっ。胃は鳴らされたってか?

 丁度いい、食ってけよ。なんなら泊まっていけ」


 丁度いい、その通りだ。それに恥をかかずに済んだ。胃をおさえておいて正解だった、私も鳴りそうだったから。

 

「でっ、……でっかい、ね!」


 大きな建物を前にした陽戸がぐっと顔を上げ、そのまま全体を見渡すように視線を往復させていた。たしかに気持ちはわかる。古びてはいるが趣のある良い建物だ。


「それで!?どこ!どこの部屋!?」


 正面には奥から一〇一号、一〇二、と刻まれた扉が等間隔に五つ並んでいた。


「全部だ」


「……?ゼンブ……って部屋があるの、かな?」


 至極当然の反応だ。

 "何号室なのか"、誰だってそう言う。

 "五つの住戸がある"、誰だってそう思う。


「全部、だ」


「……あ!!わかった!また嘘ついてる、ね!

 もうっ!おこるよ!ほんとに!ね、凪乃ちゃん!」


 ……名前。…………まぁ、気にしないけど。

 それより兎の方だ。すっかり陽戸の信用を損ねてしまっている。軽くフォローしておいてやってもいい、仕方がないから。


「見ればわかるよ」


 私のナイスなフォローを聞き届けた兎が一〇三と刻まれた扉へと手を掛ける。等間隔に置かれた扉、その真ん中。重たい開扉音と共に私たちの視界に映ったのは、


「広っ!えっ、なに!?っ!?え!!?」


 二階まで吹き抜けになっている玄関に、両の壁をぶち抜き、まるで一軒家のようにされてしまった内装だった。


「えっ、なにが!?どう!えっ!?」


 陽戸が扉の縁を跨いだまま、外と中を何度も交互に見比べていた。驚くのも無理はない。

 外から見れば区分けされているようにみえるのに、中から見れば一つなのだから。

 外にある四つの扉が繋がっている筈の場所は、中から見れば漆喰で塗り固められているのだから。


「ま、入れよ。もう出来てる頃だろうしな」


 困惑しっぱなしの陽戸を連れ、兎の背を追う。

 隣を歩く陽戸の視線が、廊下のところどころに掛けられた写真に向いているのが見えた。鹿々桜の風景を写したものに加えて、何年か前に三人で撮ったものがいくつか飾られている。飾るなら廊下以外の場所にしてほしいと伝えたのだが、まだ変えてくれていないようだった。


「ね、ね!なんか、さ!なんか!なんかだね!」


 陽戸は私の肩を揺らしながら辺りを見回していた。驚きが続いているのか、なにも言えていない。

 聞こえているだろうに何食わぬ顔で先を歩く兎はなかなかに薄情だと思う。説明不足という言葉はあいつの為にある。

 途中いくつかの扉を過ぎて、磨りガラスの向こうに明かりの見える扉の前で兎が立ち止まる。これが居間に繋がる扉である事は、さすがの陽戸にも予感できた筈だ。なぜなら中から漂うカレーの匂いに続いて、碧の笑い声が聞こえてきたから。きっとテレビでもみているのだろう。


 ──がちゃ。


「あ!!!らっしゃいらっしゃいぃ!

 ようこそぉ!待ってたよぉ〜!」


 兎が扉を開けた瞬間、予想通りの声が飛んできた。姿は見えないが、どうやらキッチンの奥にいるらしい。元気そうでなによりだがサボりはいただけない。……別に珍しいことではないが。


「お〜い!テレビつけっぱにすんなっつったろ」


 テレビはコメディ番組を映していた。これも予想通りだ。液晶の奥でおどける芸人は、学校で見た月炉と似たようなネタを披露していた。哀れ初音 蒼角。しかしこれもある意味、後世に語り継ぐ為の一つの手段なのかもしれない。たかがオカルトチックな奇人一人、そんなものを語り継いで何の意味があるのかは知らないけれど。


「できたよぉ〜っ!」


 碧の声に目を向けると、テーブルの上にはそれぞれ種類の違うカレーの盛り付けられた皿が四つ並んでいた。サイドには彩り豊かなサラダまで添えられている。


「わぁ!わぁ〜っ!美味しそうだ、ね!

 ねねね!どこ座る!?凪乃ちゃん!」


 カレーの匂いというのはどうしてここまで食欲をそそってくれるのか。人類の叡智と言っても過言では無い。四つの皿全てが私に"食べて欲しい"と伝えてきている。


「好きなとこ選んでいいぜ、ほら碧も」


「わたしどこでもいいよぉ〜っ!」


 私が選ぶわけにはいかない。理由は選ぶ事のできなかったカレー達を悲しませてしまうから。ならば私がとる手は一つだけだ。


「皆、先に選んでいいよ」


 兎が鼻歌を鳴らしながらドライカレーの前に座り、隣に並んでいたスープカレーの席に、碧用のクッションを敷いた。口惜しいが仕方ない。


「ね、ね。凪乃ちゃん。このさ、辛そうなの!

 なにカレー?っていうの?」


「マッサマンカレー。甘口だよ」


 それにとても美味しい。

 陽戸のやつは赤みの強いさらさらしたスープの見た目から辛さを感じとったらしいが、まだ青い。当然ながら辛味はある。が、マッサマンの本質はそこにはない。目を凝らせばよくわかる筈、赤いスープに溶けた"ココナッツミルク"の甘味を視覚から感じられる筈だ。


「へぇ〜っ!美味しそう!貰っちゃおっかな!

 凪乃ちゃん、いい!?」


 もしかして食べたことがないのだろうか?

 なら仕方ない。譲ってあげてもいい、マッサマンカレーの喜びを知るといい。


「いいよ、どうぞ」


 私が選んだのは……いや、私を選んだのはこの子だ。


「私はグリーンカレーね」


 匂い、色合い、添え物すらも。……堪らない。

 私の皿を前にした今、想像を膨らませることすら無粋というもの。それにしてもよくこの種類にこの量を作ったものだ。


「おっまったっせぇ〜っ!」


「本日の主役のご帰還だ。碧、持ってきたか?」


「もち!じゃん!じゃじゃーん!」


 クッションの敷かれた席に腰掛けた碧の手には、なにやら一枚のカードが握られていた。一日ぶりに見る碧の稚気に満ちた笑顔に劣らない存在感を放つそれは、誰が言うまでもなく、先に理解を落とす。


「今朝ぁ!わたしのとこにきちゃったってわけ!」


 白地に簡潔な文字の書かれた、能力通知カード。啓示を受けた者が手にする、本人だけの証明書だ。


「なんて能力だったの?」


「ふっふ、すごいよ!驚くよぉ!きっと!」


 驚くこともない。驚く筈がない。

 能力なんてどれも瑣末なものだ。啓示も然り。


「そんなに浮かれるほど?」


「見りゃわかる、ってやつだ」


 今日び、どこかの誰かが啓示を受けることはさほど珍しい事ではない。身近なものでいえばクラスの半分ほどが能力者なのだから、能力自体に希少価値なんてない。浮かれるほどのことなどなにもないのだ。

 

「これ!です!ばん!」


 碧の手がカードから離れ、書かれた文字が露になる。

 碧によく似合う、幼さを感じさせる平仮名が刻まれた白地。


「『ほんのすこし うまくできるようになる』!でぇ〜っす!」


「………なにが?」


 つい漏れたのは心からの言葉だった。

 なにが、どの程度上手くできるのかさっぱりわからない。刻まれた文字は平仮名で統一されていて碧らしく可愛らしいが、上げられたハードルを超えられる程ではない。驚きはしない、それくらいだ。


「料理に決まってるでしょぉ!凪乃のおバカ!」


「そうだな、碧の言う通りだ。料理に決まってる。

 そして凪乃はバカ野郎だ」


 そうだろうか。……そうだろうか?

 食卓に並ぶ四種のカレー、彩り豊かなサラダに綺麗に揃えられたカトラリー。丁度四人の手の届く位置に、バランスよく配置された二種類のドレッシング。コップにはそれぞれ冷えた水が七分目。それらを見るに、料理を上手く作れるというよりは……手際が良くなった。そういった印象を受ける。バカではないから。

 碧は元から手際の悪い方ではないし、料理もかなり上手な方だ。食べてみないことにはなんとも言えないが、能力によるものなのかを判断するにはあまりに曖昧が過ぎる。

 

「ままま!いいからいいから!食べちゃってぇ!」


「いただきます」


 その言葉を待っていた。

 碧には悪いが私のお目当てはこっちだ。私を待ち侘びているグリーンカレーにスプーンを差し込み、ライスと三対七の比率で掬ってそのまま一口。

 ん、美味い。思っていた通り……いや、思っていた以上に美味い。スプーンを口に運ぶ手が止まらない。

 とろっとまろやかな甘みを少しずつ上塗りしていく尖った辛味のバランスがちょうどいい。……美味いな、なんだこれ。


「美味いだろ」


「……ん、かなり」


 ついつい漏れ出た私の心からの言葉を受けてか、碧のだらしない笑い声が耳に届いた。能力由来かなんてこの際どうでもいい、こんなに美味しいのだから。

 そういえば陽戸の声を聞いていない気がする。そう思って顔を左へと向けてみると、そこには既に完食されたカレーとサラダの皿を前に、優雅な……優雅ぶった顔をして水を飲む陽戸の姿があった。頬についた米粒のせいでなにも格好が付いていない。


「で、本題なんだが」


 偉そうに腕を組んだ兎がなにやら声を落として場を仕切り始めた。

 能力申告の為に欠席していた碧に今日の学校での出来事や授業の概要などの話を聞かせていた頃、ちょうどカレーも食べ終えた頃でもあった。満腹、たいへん満足だ。

 それにしても、碧の能力が本題ではなかったのか。他にもっと驚くようなことでもあるのだろうか?


「凪乃、そろそろ引越してこないか?」


 なるほど。

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