66.クエスト・インタラクト④
時刻は十二時を回る頃。
《明松の港》にて合流を果たした《崩國のカダン》討伐パーティの五名は、《王戦》終了後と同じ料亭で円卓を囲んでいた。
「よっし!じゃあ!いこ、《カダン》!」
「まぁ待て」
意気や良しと立ち上がった廻琉を、したり顔の兎が窘める。その膝の上では笑みを浮かべた碧が両手を突き出し、「待て」の意を示している。
「忘れちまったか?《カダン》と遭遇できるのは夕刻。今はまだ昼だ、飯も食ったばっか。早くてあと二、三時間はかかるな」
「忘れちゃったのかなぁ!」
廻琉は「なるほど」と呟き、空を見上げてから腰を下ろした。碧は笑顔のまま、手は下ろさないままでいた。
「じゃあ今からどうするの?」
「作戦会議!」
廻琉の問いには碧が答えた。廻琉はまた「なるほど」と小さく呟いて、腕を組み、目を瞑ったまま空を見上げた。
《カダン》は強い。兎と碧から聞かされたのは、結局その一言だけだった。何がどう強いのか、どれほどの準備が必要なのか、廻琉にはまだ想像もつかない。
二、三時間も前に集まって作戦を練るほどの相手なのだろうか。強敵と戦うと聞いて心が躍ったのは確かだが、こうして待ち時間まで含めて準備することになるとは思っていなかった。
「《カダン》戦はPHASE-III制なんだ。基本はスピード偏重型の大剣アタッカーと似た動きをするんだが、PHASEごとに使う技が変わる」
兎はメニューから《モンスター図鑑》を選択し、円卓の中心に表示させた。名前から生態、属性とドロップアイテムについてのテキストが羅列されている横で、《崩國のカダン》と思われる獣人の姿が表示されていた。
「……う、兎ちゃんだ!」
「動物の方のな」
《崩國のカダン》。前傾姿勢に構え、自身の四倍程もありそうな大剣を背負うように持った、兎型の獣人族のモンスターだった。細い肢体を覆う包帯は地面まで垂れ、とぐろを巻く蛇のように幾重にも折り重なり、その末端には火が灯っていた。顔は目元まで包帯に覆われていたが、白い毛皮の下に浮かぶ肩から胸元への曲線や細く絞られた腰つきから、廻琉は《カダン》が女性なのだと直感した。
「気になるか?」
「……うっ!うん!」
《カダン》の持つ大剣。鮮やかな曲線を描く刀身は滾るように紅く、厚みのある刃先はもはや"斬る"というより"叩き砕く"為の鈍器のように見える。それでいて、光を弾く波紋は確かな切れ味を思わせた。
「……ほほぉ」
廻琉は思わずその刀身を見つめた。これだけの大剣を自在に振り回す敵とこれから戦うのだ。そう考えると、先ほどまで気になっていた待ち時間のことなど、いつの間にか頭から抜け落ちていた。
「《傾国》っつー大剣だ。火属性大剣の中では最高クラス。ただしSTRと火属性の要求値がそこそこ高ぇ」
「わかった!時間までレベリングするって事だ、ね!」
「部分的にそう」
兎の短い返答に、廻琉は首を傾げた。
兎は首を傾げる廻琉に視線を向け、それから膝の上でにこやかな笑みを浮かべる碧の頬を摘みながら、話を続けた。
「まずPHASE-Ⅰ。《カダン》は後衛、それも装甲の薄い奴を優先的に狙う。この中だとまず瀧奈、次にあたしだな」
「なるほど」
兎が瀧奈、それから自身へと順番に指を差して見せた。廻琉は大きく頷き、それを見た兎はそのまま話を続けた。その横で瀧奈はメニュー画面を開き、首を傾げていた。
「この時に瀧奈の《ボレウス》にも出てもらう。瀧奈を守りつつ削りを担当させて、ヘイトの薄い前衛が横から削っていく。碧はバフを、あたしはデバフを担当する」
「……《ボレウス》、かぁ。味方だと心強い、ね!」
廻琉は瀧奈に笑みを向けた。しかし、瀧奈はまだメニュー画面を開いたまま小さく唸っていた。瀧奈の横では楠莉も同じように首を傾げていた。
「どうした?」
「なになにぃ!」
瀧奈の指がメニュー画面を円卓へと運ぶ。
碧は兎の膝から降りて、瀧奈と楠莉の間へと潜り込むように座った。
「あ、……あぁ」
どこか残念そうな顔をしていた兎の顔を、廻琉は見逃さなかった。
《崩國のカダン》を表示していた兎の画面に重ねる形で、瀧奈の開いていたメニュー画面が表示される。それは廻琉にとっては見慣れない、瀧奈のジョブ特有メニュー、《農場》の画面だった。
「……うぅん。《大百足》がね。なんか……な、ナーフ入ったみたい……で」
様々なモンスターのアイコンが並ぶうちのひとつ、ぼんやりと暗くなっているアイコンを瀧奈の指が突く。
水泡が立ち上っていくような音と共に、《昏き大百足》のステータス画面が表示された。
「サイズとステータスにも大幅な変更が入ってますね!昨日の半分ほどの大きさになっています!」
「……ま、そだろな」
神妙な面持ちのまま口元を抑えた兎が小さく呟いた言葉は、隣に座っていた廻琉の耳にだけ届いていた。
「まぁ気にすんな。元々《大百足》無しの予定だったからな。そりゃあんなん使えたら助かったが、そもそもデケーしキメーからな」
「たしかにねぇ!思い出すとぞわっとしちゃうよ!」
「や、役に立てると思ったのにぃ……」
肩を落とす瀧奈の頭を、満面の笑みの楠莉が撫でる。しょんもりと縮んだ瀧奈はとても残念そうではあったものの、廻琉の目にはどこか満更でもないように映っていた。
「で、PHASE-Ⅱだな。ま、ここまでで最低でも《ボレウス》は倒されてるものと思ってくれ。
で、だ。PHASEの切り替わりに咆哮を挟む。んで地形変化。あたしらは地面に接してると《熱傷》のスリップダメージが、《カダン》にはバフが掛かるようになる」
「で!わたしの出番ってワケ!」
兎の膝の上に戻った碧が小さな胸を張る。その後ろで、兎は嬉しそうに碧の猫耳を弄っていた。
「地面にクリームを敷いて《熱傷》の軽減と、バフの阻害に努めます!ぶい!」
「つってもかなり痛いからな。なるべく地面に接しない立ち回りを心掛けてくれ」
兎と碧が廻琉達にビクトリーサインを向ける。しかし、兎は眉間に皺を寄せ、碧はにこにこと笑い、二人の表情はまるで正反対だった。
「PHASE-Ⅱでは引き続き後衛が狙われるが、スキルの使用頻度に応じてヘイト値が変わる。おそらく狙われるのは碧かあたしになるが、前衛は全力で守ってくれ。スキル打ってヘイト稼いでくれるのもアリだが、廻琉はまだムズいかもだし、なるだけでいいからな」
「ヒーラーできるのわたしだけだし、兎は指示役に要るからねぇ!」
廻琉と楠莉は顔を見合せ、大きく頷いた。
兎はその様子を一瞥し、改めて《カダン》の基本的な動きについて説明を始めた。
「ね!ディレイ?ってなに!?」
「パリィ?ってなに?」
「バクステ……?」
「コンボはわかるよ!さすがに、ね!」
「フレーム回避……、フレーム、ね!あの写真の、ね!うんうん!……ね、ね、フレームってなに?」
廻琉にとっては聞き馴染みのない単語が飛び交う中、兎や碧、時に瀧奈と楠莉に尋ねた。そんな質問を交えながら、作戦会議は順調に進行した。
「便所行って碧吸いしてくるわ」
「エ!!!」
説明を終えた兎は疲れた様子でそう言い残し、ログアウトした。殆ど間を置かずして、碧が笑い声を上げたかと思えば机に伏して大人しくなり、暫くの間小刻みに肩を震わせた後そのまま一度ログアウトして場を後にした。
二人が戻るまでの間、残された三人は改めて作戦会議のおさらいをする事にした。
「パリィは……《ハンモルン》が良い練習になる、かな。剣ジョブじゃないから……間違ってたら、その。ご、ごめんね」
「ううん!助かる、よ!時間までさ、練習してもいいかな!」
「《天花霞》の近辺であれば、《雨窓桟橋》に出る《よつ首亡し》もオススメしますよ!」
「なんか……怖い名前だ、ね!」
廻琉の開いたメニュー画面には十三時と表示されている。二人が戻るまでの間、残された三人は作戦会議のおさらいを続けた。確認が一段落すると、話題は自然とゲームを離れ、校外での凪乃のことへと移っていった。
二人の話から、廻琉はまだ知らなかった凪乃の一面をいくつも知った。話を聞くたびにもっと彼女のことを知りたいと、彼女と話したいという思いが募っていく。胸の奥に灯る火は勢いを増し、未だ残っていた陰りは薄れていった。
三十分を過ぎた頃、廻琉は机に伏して、胸を躍らせながら凪乃のことばかりを考えていた。向かいから瀧奈の大きな欠伸を聞いて、顔を上げた廻琉は戻らない二人を呼んでくることを提案した。
「「ダメダメダメダメ!!」」
顔を赤らめた瀧奈と楠莉に引き止められ、廻琉は不服な表情のまま、もう一度机に顔を伏せて時間が過ぎていくのを待った。
それから五分と経たないうちに、廻琉は顔を擡げ、卓に顎を乗せたまま、向かいに座る瀧奈と楠莉の二人をじっと見つめた。瀧奈の顔はまだ赤い。一方で、楠莉は瀧奈に見入ったまま、いつもの通りの笑顔を浮かべている。対照的な二人を交互に眺めているうち、廻琉の胸の中である興味が顔を覗かせていた。
「……もしかして、二人って、さ」
一度、廻琉は言葉を切った。聞いてもいいものかと迷いはしたものの、問いの続きを察したらしい二人の顔は先ほどにも増して真っ赤に染まっていた。その反応を前に、廻琉の中でひとつの確信が落ちた。
「…………スケベだ、ね」
***
「悪いな。遅くなった」
「……ごっ、ごめんねぇっ!」
兎と碧が戻ってきたのは、それからさらに三十分ほど経った頃だった。二人はほとんど同時に姿を現したのだが、ちょうどそのログイン位置の間に座っていた瀧奈と楠莉は、不意に両脇へ現れた二人に驚いて声を上げた。突然の大声に廻琉まで飛び上がり、椅子から転げ落ちた拍子に体力ゲージをわずかに減らしてしまった。
「んで続きなんだが。廻琉、いいか?」
「ん!大丈夫!」
廻琉が席に戻り、それを確認した兎はそのまま説明を始めた。二人を待っている間に瀧奈と楠莉から大まかな用語を教わっていたこともあり、廻琉は自信に満ちた表情で、兎の話に耳を傾けた。
「まずPHASEの切り替わり。《カダン》が大剣を突き立てる。すると戦域全体で炎柱が打ち上がる訳だが、ここで回避をミスると一発で全滅する。一人乙れば全員道連れになるからな、要回避だ」
「回避してもダメージは受けるからねぇ!七割以上は確保しておくこと!」
廻琉は首を傾げた。回避に成功してもダメージは受けるらしい。それにしても、体力を七割以上残しておかなければならないほどの攻撃なのだろうか。疑問は残ったものの、ひとまず兎に頷いてみせた。
「次。モーション自体はPHASE-Ⅱのものと大きくは変わらないが、大剣の当たり判定が広がる。実体は一本だが、実体を中心に三本分の剣が振るわれているとイメージしてみてくれ」
怪訝な顔をした兎が三本の指を立てて見せる。その横で碧は一本、追加するように指を並べている。
兎は「こう」と立てた三つの指を爪のように折り曲げて、引っ掻くようなジェスチャーをとって見せた。碧は「にゃあ」と小さく鳴き真似をしながら、両手で兎の胸元を引っ掻いていた。
「……んふっ。……んんっ、伝わったか?単に避けるだけじゃダメって事だ。まぁ避けられればの話だけどな」
「避けられないくらい速い、ってこと?」
廻琉の問いかけには碧が両手で作った大きな丸と笑顔で返した。
廻琉は顎に手を添え、首を傾げた。瀧奈と楠莉から《カダン》の攻略成功回数はワールド内でも二回しかないと聞いたばかりで、想定以上の苦戦を強いられる事は覚悟の上ではあった。しかし、避けられない速度の攻撃となれば話は別である。果たして勝つことができるのだろうか、廻琉の自信は揺らぎ始めていた。
「モーションを見るんだよ。《カダン》が大剣を振るう直前、勢いがつく前に攻撃もといスキルの発生そのものを潰す。詠唱の概念がないエネミー戦全般で必須な技術だ。《カダン》はその究極系と思っていい」
「一部プレイヤー戦でも使えるワザだよ!」
廻琉は膝を打った。詠唱には威力とクリティカル発生率が上昇する利点がある一方で、発動のタイミングを相手に悟られやすく、スキルに詳しいプレイヤーには効果まで見破られてしまう。《黄昏前線》を始めてからというもの、兎に何度も聞かされていた事だった。
しかし、《カダン》は詠唱をしない。ならば剣を振るう前の構えや動作から攻撃を読み取り、その出始めを潰さなければいけないということだ。
「でもさ、どうやったら潰す?ことができるの?」
「戦闘時間に応じて包帯が燃え進んでいくんだが、それで露出する箇所を叩く事で《怯み》状態になる。ここから、……こう」
兎はモンスター図鑑に表示された《カダン》の3Dモデルを指でなぞった。地面まで垂れた包帯の末端から脚、腰へと指先を滑らせ、右の脇腹で一度止める。そこから胸元を越えて左の肩口へと移ると、今度はその一点を軽く叩いてみせた。
「で、こことここだな。右の脇腹と左の肩口に古傷がある。そこを狙う」
「包帯が減るとステータスも上がるから注意ね!」
廻琉は改めて《カダン》の姿を見つめた。先ほどまで気にも留めなかった包帯の下に古傷が隠されているという。いったい何があってそのような傷を負ったのだろうか。図鑑に映る姿を眺めながら、廻琉はまだ知らない《カダン》の過去に思いを巡らせた。
「上昇するのは主にSTR。注意して欲しいのはこのゲームのAGI……素早さの事な。これはSTRに含まれる仕様になってる。つまるところ、時間経過で身体能力が上昇していくわけだ」
「目まで露出したら負け確だからねぇ!時間にして僅か十分!」
「十分……、包帯が減るから、……攻撃の前に傷を攻撃して……うぅん」
廻琉は教わった内容を反芻するように小さく呟き続けた。そのまま《カダン》へと目を落とし、それから皆の方へと視線を向けた。
「……勝てる、のかなぁ」
一通りの説明を終えた兎は、膝の上に乗せた碧の頭に顔を埋めていた。瀧奈は楠莉とともに、《農場》メニューからモンスターの育成を行っているようだった。
「……あぁ、そうだ。《カダン》な、元々STR偏重型のステしてんだ」
兎が碧の頭から顔を上げ、廻琉へと目を向けた。その口元には、廻琉にとって見慣れた笑みが浮かんでいた。
「……凪乃のスタイルに似てんだよな」
「行こ行こ行こ!!!!ねぇ!早く討伐行こ!!!」




