65.ボンド・イベント②
八月十日。いつになく熟睡できた私は昨日と同じく【LOVERS】にて、卜部さんと待ち合わせをしていた。今日も今日とて合流後は支部に行くのだが、その目的は『コラボトーナメント』に向けた打ち合わせだった。餅染先輩は現地集合とのことだったので、私は卜部さんに『誘扉』経由で連れて行ってもらうことになっていた。やや面倒ではあったが、往路の電車代が浮くのは非常にありがたかった。
家を出る前、廻琉は兎達と《崩國のカダン》に挑むと言っていた。強いという話は耳にしていたが、兎と瀧奈ちゃんは二回目の攻略パーティメンバーだった筈なのできっと大丈夫だろう。
「最近よく来てくれるね」
「居心地……良いですから」
私が漫画を読んでいる間、海月店主は肘をついてじっと私の顔を見ているようだった。あまり視線を感じるものだから恥ずかしかったが、特に悪い気はしなかった。
「今日もあの小さい子とお出掛けかな」
「……そんなとこです」
「ふふっ。廻琉に怒られないようにね」
「まぁ、…………まぁ」
壁掛け時計は十時と半分を示していた。
卜部さんとの待ち合わせは十一時頃を予定していたのだが、私が早めに着いていたのには理由があった。
廻琉は自室に戻ればいいものを、朝ご飯を食べた後も私の部屋に布団を敷いたまま、なんとも大胆なことにそこに寝転って『潜界』していったのだ。
すぅすぅと可愛らしい寝息をたてる廻琉を前に、私はなにを、どうして良いものかわからなかった。仰向けのまま綺麗な腕をお腹の前で組んで、腕の重みで強調された胸が息をする度に小さく上下していて……なんというか、……なにをしてしまうかわからなかった。
だから布団を掛けて、部屋を暖かくして、頭元にアイマスクを置いて、それだけしてそそくさと部屋を出てきた。戸締りも何度も確認した。私の、私だけが見れればいいのだから。
「どうかな。それ」
「あ、美味しいです。新商品……ですよね」
「まだ試作段階。【あまより】の店長さんと協力して作ってみてるんだ。ありがたいことに『あまいものまつり』の後にあちらから声を掛けてもらってね」
私の前の皿には摘める程のサイズの丸いものが二つ並んでいた。初めは六つあったが、これがなかなかいけるもので、ぽいぽいと口に運んでしまった。
「生地の色味の調整になかなか慣れなくてね。五代目もここには絶対に力を入れて欲しい、と言うものだから大変なんだ。楽しいけれどね」
「意外……ですね。凛伍さんがそんなに言うなんて」
もう一つを口に放り込む。噛むと柔らかい抵抗と共に、優しい甘みが広がっていく。正直、かなり美味しい。
「職人としての拘りじゃないかな。気持ちはよくわかるからね、こちらも応えるのがスジだから」
微かに青みがかった漆黒のマシュマロ生地にりんご餡が包まれている、和洋折衷なスイーツだ。お品書きには洋菓子しか並んでいなかったので、なぜ和菓子が、とも思ったが、凛伍さんとの共同開発なら納得だった。
間を置かず残ったもう一つを口に運ぶ私を見て、海月店主は小さく笑いながら言った。
「そうそう。今度の……『深沁港夜市』、だったかな。五代目と出ることになったんだ。凪乃ちゃんもどうかな。もちろん、廻琉も一緒に」
「……あ、」
意外だ。海月店主も凛伍さんも、この二人がゲームをすることにも驚いたが、そこまで仲良くなっていたことに驚嘆した。
「すみません。もうチーム決まってて」
「おや、残念。なら当日は敵同士だね。
……うぅん。……三人目はどうしたものかな」
顎に手を添えて考え込んでしまった海月店主はどこか可愛らしかった。遊びに本気になる大人というのも良いものだと、そう思った。
小さく唸る海月店主を眺めながらココアを嗜んで数分、乾いたドアベルの音と共に卜部さんの声がした。
音に反応した海月店主が「またおいで」と言い残して去って行き、空いた席に卜部さんが座る。昨日と同じ光景だった。
「ななな!凪乃ちゃん今なに話してたん!海月さんと楽しげになに話してたんや!」
周りに聞こえないように声を殺しながら身を乗り出してくる卜部さんはどこか必死だった。間違いなく良い人だとは思うが、やっぱり変わってる人だ。
「『深沁港夜市』、一緒に出ないかって誘われただけです。【あまより】の店長さんと一緒に出るみたいで、人数合わせかなと」
「なぁぁあぁあ〜〜〜〜〜!!!」
机につっ伏した卜部さんを見て、改めて思った。
百目鬼研究所の採用基準には"おかしな人"とでもあるのだろうか。だとしたら失礼な話だ、私はおかしくないのだから。
***
「待ってたよ〜ん。今日は千景くんおやすみ中だから入らないように。私らはこっちの仮眠室、使わせてもらおうね」
餅染先輩は普段のひょうきんさを取り戻してくれていた。昨日の調子を引き摺られてもどう接していいかわからなかったので、そこは有難かった。
支部の二階、羽々斬先輩のいる部屋から反対側の廊下に五つの扉が等間隔で並んでいた。扉の横にあった掛札の裏には《使用中》と書かれていた。
「好きなとこ選んでねん。鍵はちゃんと掛けるのよ」
一番奥の部屋を選ばせてもらった。
仮眠室というものだからワンルームの狭いものを想像していたのだが、存外広かった。清潔な床、ふかふかのベッドに手入れの行き届いた空調設備。冷蔵庫に洗濯機、TVも置いてあった。飲み物でも買ってきた方が良かっただろうか。
鍵を閉めてベッドに身体を放る。当然ながら畳の上に敷いた布団よりは柔らかかったが、どこか大きな物足りなさがあった。来たばかりだと言うのに、はやく帰りたかった。
「……」
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『今何してる?』11:13
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気が付けばそう打ち込んでいた。宛先は廻琉だった。
きっと兎達と一緒に《崩國のカダン》に挑んでいる頃だろう。聞くまでもなかったのだが、潜る前に一言でもいいから話しておきたかった。
「……こない、よね」
脇に置いていたメタモルを手に取った時、閉じたばかりのスマホが二度、小さく震えた。すぐに開いて見てみると、二通の返事が来ていた。
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『寂しくなっちゃったの!!?もしかして!!!(♡)』11:14
『今ね!お手洗い行ったとこだった!今から《カダン》倒してくるからね!』11:14
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「……ふふっ」
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『ちゃんと肩まで布団被ること。時々目も休めること。私が帰るまで戸締りもしておくこと』11:14
『応援してるから』11:15
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その後はすぐにスタンプが三つ返ってきた。全てハートだった。……まぁ、悪くはない。
メタモルを被って、『黄昏前線』を開く。「ダイブ」と呟く前に考えた事は廻琉の事だった。
視界が白く弾けて景色の流れる中で、小さく声が漏れた。
「……行くのも一緒だったら………いいな」
降り立ったのは《彩國》近辺の名も無き集落。以前ログアウトした場所であり、卜部さんと餅染先輩との集合地点。二人はすぐにファストトラベルで飛んできてくれた。
「おまたせぇ〜い!で何すんだっけ」
「作戦会議とコンボ練習。もうちっと頭使えや」
だんだんこの険悪な空気にも慣れつつあった。一言ずつ言い返しはするものの、それ以上の揉め事には発展しない辺りには、二人の大人な一面が垣間見えていた。願わくば暴言は一言でも控えていただきたいところだったが、仕方ない。
「ジョブの確認からしよか。アタシは拳の《静かなる虎》、やけどどっちかっていえばサポート型やな」
意外と言うほどでもなかったが、拳でヒーラーというのは少しだけ驚いた。サポートといえば杖と笛のイメージが強かったからだ。どのようにサポートするのだろう、やはり殴ることで回復とかそういう感じだろうか。
「私は弓の《鷹の目》ね。弓つっても銃になったんだけどね、文明の利器サイキョーよ」
意外と思うほど、私は餅染先輩の事を知っている訳ではなかった。ただ納得はした。
以前、『三番』の射撃練習に付き合ってくれたことがあった。餅染先輩は一発で的の中心を射抜いただけでなく、残り五発を同じ穴に通して見せた。
「造るの大変だったのよ〜コイツ」
そう言いながら、餅染先輩はインベントリから長身のライフルを取り出した。
狙撃型だ。
拳に転向する前、突撃型と合わせてどちらも触ってはみたが、私には難しかった。
「千景くんに造っとけって言われてさぁ、ソロで頑張ったんだから。飾さん手伝ってくれないしぃ?」
「知らんがな」
その武器名まではわからなかったが、物言いからそれなりの強敵の素材を使うものなのだろう。その点に関しては純粋に尊敬できた。
「凪乃ちゃんは?」
「……あ、」
そうだ。私も言わないと。
急いでステータス画面を開き、ジョブ欄を二人に見えるように向けた。
「拳の、《開拓者》です」
「……ほぉ。………んん……ほぅ」
「ふぅん……なるほど………へえ」
職場の先輩方にゲームのステータスをまじまじと見られるというのは、なかなかに恥ずかしいことだった。
兎からは私のステータスの伸ばし方は変わっていると言われたからだった。
『黄昏前線』においてステータスの初期値は個々人の現実でのスペックに影響を受けるそうだ。わかりやすい例として兎が挙げてくれたのは格闘選手だった。彼らでいえばATKやSTRが高いとか、そういうものだった。
だからと言って致命的な差が生まれる訳でもないとも言っていた。あくまで初期は僅差の範囲で、大部分はゲームプレイにおけるスタイルや考え方が影響すると、腕を組みながら語ってくれた。
「……めっちゃ偏ってへんか?」
「……まぁ」
私の初期値はINTが四桁とかなり高いタイプで、杖が向いていると兎から言われた。だが私が初めに選んだのは弓だった。詠唱がほぼ必須級の杖よりは、離れた位置から戦える弓の方が恥ずかしくないだろうと思ったからだった。
二丁拳銃を使う突撃型や餅染先輩のような狙撃型、どちらも試してはみたが狙い通りにはいかず、詠唱も要るし、残弾の管理も面倒だったのでと拳に転向したのだ。
「……アタッカーだろうから意図はわかるけどさぁ。けどさ、極端すぎ?じゃね?」
「…………まぁ」
私が伸ばしたのはSTRとINTの二つ。ATKは優先せずともSTRに応じて上がってくれたので無視したが、それにしても偏りすぎてしまったと感じてはいる。
それにも理由はあった。
拳のバトルスタイルは近接戦闘が主になる。殴る、踏み込む、避ける、翻弄する。全て身体能力に依存する。
戦闘を重ね、『黄昏前線』におけるSTRは筋力とイコールであると考えた。
「……アタッカーにいるん?INT、こんなに」
「り、……理由があって」
拳は必ずしも詠唱を必要としないジョブ群だ。私の《開拓者》においては特にその傾向が強かった。
《開拓者》に変質した時点でスキル一覧のUIに大幅な変更が入り、《無詠唱》と《詠唱》のシステムが消えたのだ。初めのうちは混乱したが、のちの戦闘で身をもって理解した。
詠唱はスキルの等級に応じて最低一節、最大六節に分解することができるのだが、《開拓者》のスキル使用に必要とされるのはどの等級においても一節のみだった。
その一節のみを頭に浮かべるか、口に出すか。《詠唱システム》から除外された私のスキル発動手段はそれだけだった。さらに言えば、無詠唱でのスキル不発は無くなったが、詠唱するよりも威力は格段に落ちていた。
どちらにしても結局口に出さないといけないのかと落胆した私の前に、兎から貰ったあるアドバイスが光明となって現れた。
『INT値は裏ステの《思考速度》と《集中力》に影響するっつー話がある!検証中だけどな』
頭に思い浮かべればいいということは《思考速度》を上げに上げてしまえばより速くスキルを発動できるのでは、そう考えた私はすぐ実行に移した。
お陰様でSTRとINTは六桁を超え、他のステータスは未だに三から四桁を彷徨っていた。
「──というわけで。その……詠唱、恥ずかしくて」
正直なところ、そこまで上げた今になっても実感は得られていない。気休め程度に過ぎなかったが、今更振り直すのも面倒だということでそのまま伸ばし続けている。上限値は九桁という話はあるが、もしかしたらそこまで伸ばしてしまう可能性もある。
「きゃわいい〜!!」
「かんわぃい〜!!」
本当に失礼だと思った。




