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なるようになるの  作者: 七番
三章 未知は昏き

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61.クエスト・インタラクト②

「母は『望雲之廟』及び『乂種』と呼ばれる異常によって殺されました」


 そう言って始まった羽々斬先輩の語る内容は、私の頭では到底理解できるものではなかった。つらつらと並べ立てられる言葉の数々が普段は見聞きしないものばかりで頭がどうにかなってしまいそうだった。

 "『望雲之廟』とは何か?"という私の疑問については、ある程度は解消されたが、新たな疑問が後から後から湧いて出た。


「空間の主である『乂種』が最も執着を向ける、ある一日を繰り返す場所です」


 繰り返されるのは、主が生まれた日であることが多いそうだ。しかし、以前に碧や私が巻き込まれたあの場所はまた違っていたようで、空間の把握もとい解析に苦労したとの事だった。

 この時、私の中で湧いた疑問は"主とは何か?"だった。『乂種』と呼ぶ存在について、あの空間の中に居た時、少なくとも私はその姿を見ていない。

 気兼ねなく質問しても良いという事だったので、思い切って聞いてみると、羽々斬先輩だけでなく卜部さんまで快く答えてくれた。ただ、餅染先輩だけは普段よりもずっと口数が少なかった。顔は笑ってはいたものの、どこか居心地が悪そうな感じがした。


「特定のワードを含む能力を持つ動物が九匹、一堂に会した際に生まれてしまう、悪意を持った異常の事を言います。『昏』や『地影』、『落涙』らとは違い、明確な悪意を持ってヒトに害を為します」


 追加でもうひとつ、条件を満たしてしまった場合に『望雲之廟』という空間を開く、ということらしい。多くの場合は『望雲之廟』を開くに至ることはなく、早々に処理していると、羽々斬先輩は話していた。

 合わせて、以前の空間において、『予兆』以降の時間帯、主は常に私たちの目に映っていたとも言っていた。けれどその正体については教えてはくれなかった。 "特定のワードを含む能力"についても、まだ答えてくれなかった。


「宿題としましょう。思い出してみて、これだと思ったら連絡をください。期限は無しとします」


 優しげに笑いながらそう言って、どこかはぐらかされているみたいだった。

 先輩達が次に答えをくれたのは一部業務の内訳についてだった。私の質問に答えてくれたというよりは、『乂種』の説明に続いて、という形だった。以前、私が知る必要がないと切り捨てたものと、今、私が知りたいと思ったことには地続きの因果があった。


「タグ付き個体の捕獲、最低でもマーキングはこれを防ぐ為に行われています」


「飼育動物の能力鑑定なんかもやな」


 先の二つよりもずっと納得することができた。

 同時に、あの猫のことが心配になった。私が追いかけ、認識着色弾を打ち込んだ猫。

 どこかで家族と暮らしている筈のあの猫が、もし『乂種』となってしまったらどうするのだろうか。痛い思いをさせた私にすらも、お腹を見せつけて寝転がって、甘えたような声を出してみせたあの猫が、悪意を持つ異常に変わる可能性があるなんて、とてもじゃないが考えられなかった。

 あの猫でも、そうでなくても。"もしもそうなってしまったら?"、それが私の次の疑問だった。


「殺します。先の件でもそうしたように」


 羽々斬先輩はそう答えた。表情も変えず、一切の淀みもなく、当たり前の事かのようにそう言った。

 ふと、この場に兎がいなくて良かったと思った。心を読めてしまう兎が、今のこの人を前にするのはとても怖い事だと思ってしまった。

 私には生命を奪うという選択肢が正しいとは思えなかった。思えないから気になった。

 どうしてその結論に至ったのか。


「一番の理由として、まず『乂種』との対話は不可能です。元が動物である故か、"害を加える"本能のまま動いています。生命を持ちながらも、そこに意思はありません。何かに、誰かに依存し、加害する。あれらはそういう事象なのです」


 羽々斬先輩はそう答えてくれた。

 答えを聞いてもなお、私にはわからなかった。

 理解できないというわけではない。ただ、それを飲み込むにはもう少し時間が欲しい、そう思った。


「『望雲之廟』の中で母を見つけた時、その身体は既に原型を留めていませんでした」


 「依存、といいましたね?」羽々斬先輩はそう付け加えた。視線を落として、声を落として、そのままゆっくり、ゆっくりと言葉を繋げた。


「『乂種』は見初めた相手の弱い部分につけ込み、共依存のような状態に持ち込もうとします。家族、恋人、友人の親密な関係性の他、過去の後悔、トラウマ。そういったものにまで、あれらは食指を伸ばします」


「記憶を覗くんや。『望雲之廟』入った時、凪乃ちゃんも見たな?あれでな」


 おそらく砂溟先輩が言っていた『転景』というものの事だろう。私が見たのは事故の時の事、そしてもうひとつの景色。傳田に居た時のことだと思っているが、定かではなかった。

 のちの卜部さんの説明で、あれはどうやら『望雲之廟』に入る時に必ず目にするものらしい事がわかった。

 なら碧も兎も、廻琉もあれを見たということなのだろうか。なら、三人が見たものは何だったのだろうかと、少しだけ気になった。


「母が記憶のどの部分につけこまれたのかはわかりません。ただわかったのは、母は『乂種』と手を繋いだまま、ひたすら歩き続けていたらしい事だけでした。

 繰り返す一日をひたすらに歩き、母の体力が尽きても尚、手は引かれ続け、力尽きた母の身体はアスファルトに削られていました」


 あまり想像したくはなかった。

 手を繋いで歩いたというのなら、きっと親密な相手との記憶だったのだろう。

 千歳さんがその相手とどんな関係だったのかはもはや知る由もないが、私が同じ立場だったなら、私はその手を離せただろうか。

 あまり……考えたくはなかった。ただ、"殺す"と結論付けた羽々斬先輩の気持ちだけは、少しだけ理解できたような気がした。

 もし、もしもだ。もしも、万が一にも……廻琉が同じ目に遭ってしまったとしたら、私が導き出すのも同じ結論だろうから。

 ただ先の件、羽々斬先輩はいつ、どうやって『乂種』の生命を奪ったのだろうか。


「デバイスを使用しました。凪乃ちゃんや皆にも渡している『三番』や『笈』といったオレのこどもたちのひとつ、『十束』というものです」


 「ここではモデリングだけですが」と、そう言いながら、羽々斬先輩は白衣の内ポケットから小柄を取り出した。

 初めて見るものだった。一切の装飾もない黒塗りの長方形、特に新鮮味のある見た目ではなかったが、不思議と触れてみようという気にはならなかった。

 それよりも先に、"デバイスとは?"という疑問が生まれた。『三番』に『笈』、『誘扉』と、どのように、何の目的でつくられているものなのか、そう聞いた時、羽々斬先輩はいつも以上に表情を明るくして、話を始めた。


「よく聞いてくれましたね!ただ今回はテクノロジー面については省いておきましょう。残念ですが、兎ちゃんにもうんざりされてしまいましたからね」


 それについては兎からも聞いていた。

 『望雲之廟』の中で碧と私を探していた時、休憩中に聞いてみたところ、頭を休ませるどころではなくなったと、しかめ面でそう言っていた。

 どこか残念そうな顔をしてしまった羽々斬先輩が言うには、ゲーム、それも『黄昏前線』からインスピレーションを受けているらしい事がわかった。


「『誘扉』はファストトラベルから。『笈』はインベントリから。『十束』は剣スキル《払暁》からとっています」


 また、開発チームにも所属しており、製造にあたり機能調整も兼ねて仮想空間に実装してみている、とも言っていた。意味がわからなかった。


「あは、失礼しました。で、目的でしたね」


 羽々斬先輩の語りが徐々に熱を帯び始めた頃、卜部さんの一声で話の軌道が元に戻った。

 

「ひとつはオレが死ぬ為に。これには『十束』がいい線いったと思いましたが、ダメでしたね。遠く、それも雲や霧のようなものを払うくらいしかできませんでした」


 手元の刃の無い小柄を撫でながら、"死ぬ為に"と、そう言った羽々斬先輩の声は落ち着いていた。どうやって、とは聞かなかった。

 非現実的だが、刃の無い刃物で斬るとするなら、先の話を聞いていればおおよその予想はついた。

 『箱庭』と繋がっている以上、死ぬ事のできない羽々斬先輩にとって"死"とは望むものなのだろうか。

 小柄を内ポケットにしまいながら、羽々斬先輩は言葉を続けた。


「もうひとつは……この世界を守る為に」


 荒唐無稽な言葉は、先程と同じように落ち着いた声で発せられた。聞いても尚、その二つがどう繋がるのか私にはわからなかった。

 それよりも引っかかったのは、"何から?"だった。

 私の知る限り、今の世界は平和そのものだ。

 大昔、日本で世界初となる異常『落涙』が観測されて以降、各国は続々と発生した異常事象の対応にかかりきりとなった。その後、防衛技術をもって団結、ごく局所的な紛糾はあれど戦争なども起きていない。

 『昏』、『落涙』を始めとした異常は文化へと落とし込まれ、『地影』のように利益を生むものは発展の礎となり、『白閃』のように危険性の高いものは避けるだけで済まされている。

 誰かが身を呈して守るほど、この世界に脅威はない……筈だ。私の知っている限りではあるが。


「原義での"異常"から。『乂種』はその筆頭です。

 あれの悍ましいところはただ害するだけでなく、被害者の存在を霞ませていく事にあります」

 

 私の問に、羽々斬先輩はそう答えた。

 『昏』や『落涙』らは、羽々斬先輩達から言わせれば異常ではなく、"超常"という分類に当たるらしい。

 『乂種』、そして『望雲之廟』の存在は秘匿されているだけでなく、知って尚、記憶の中で存在が霞んでいくという事だった。千歳さんや過去の被害者の方々においては特にその傾向が強い、という事も教えてくれた。

 合わせて、餅染先輩は近年の行方不明者一覧を私に見せた。何人かはニュースで見掛けた気がしたが、記憶が定かではなかった。普段からTVを流し聞きしていたこともあったが、はっきりとはしなかった。


「危機感さえも霞ませてく。これがまた面倒いとこや」


 背筋を冷たいものが走った。

 花火大会のすぐ後だ、あんな事があった後だというのに碧は平然と出掛けて行った。私と兎は心配で仕方がなかったというのに、何事もなかったかのように。

 後から聞いた話ではあったが、兎が廻琉にGPS端末を持たせてくれていたらしい。それでも、あまりに危機感に欠けていると思った記憶がある。

 ……それでも私ははっきりと記憶している。兎も、そうだ。…………なら廻琉は?碧は?……どこまでが?


「死ぬ間際まで記憶を弄び、死して尚もその人の足跡を踏み躙る。到底許せる筈がありません」


 その言葉には熱が籠っていた。

 先程よりもずっと理解できた。"殺す"の意味が。

 そうすることを選んだ羽々斬先輩の決意が。


「『乂種』はその性質上、人の賑わう場所に多く発生します。以前の花火大会をはじめ、『昏』の間は特に可能性は高まります」


 だとしたら、次に可能性が高いのは、


「『深沁港夜市』。今年はハツネ社との協賛で『黄昏前線』とのコラボ企画も動いています。例年通りに、とはいかないでしょう。そこであなた方にお願いがあるのですが」


 一度話を区切り、「その前に、」と羽々斬先輩は両手を打ち鳴らした。高く澄んだ音が室内に響き渡り、全員の視線が羽々斬先輩へと集まった。特に大きな反応を見せたのは、私たちから少しだけ離れた位置に座っていた餅染先輩だった。


「餅染くん。上司として聞きます」


 餅染先輩の視線が壁へと向かう。羽々斬先輩の声は一段、落ちていた。


「どうして左ちゃんを連れてこなかったのですか?」

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