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なるようになるの  作者: 七番
三章 未知は昏き

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57.vs薄食・丹蓯①

 陣貝がマップ中に響き渡り、王戦が開幕した。開けた砂浜で、廻琉と碧は兎の指示に耳を傾けていた。


「先に伝えとくが、瀧奈のジョブは《獣睦の呼姫》ってやつだ。ザックリ言えばモンスターを操る。操獣可能数は一度に最大十までだが、補充も可能だ」


「そういうことか!」


 廻琉が膝を打つ。

 十体のモンスターを同時に操れる。それなら二対三という人数差など、あってないようなものだった。


「よっし!やっちゃう、よ!」


「まぁ待て。視界の悪い山林ではあいつらに分があるからな。先に見晴らしをよくしておこう」


 前衛としての役割を果たすべく、新調したばかりの大剣を引き摺りながら山林へと足を向ける廻琉を、兎が制止する。

 廻琉が頷き、後ろへと下がる。それを確認した兎は、木々の立ち並ぶ山林へと地杖を向けた。


「"迅く這い葦を薙ぎ 薫風未だ髪を梳く"。《春嵐》」


 始まりはさや風だった。廻琉の背後から髪を梳いて吹いた風は、山林へ向かうに連れて刃のように鋭さを増し、廻琉が三度瞬きするうちに麓一帯の木々を全て薙ぎ倒してしまった。


「おぉ〜!」


「まだだぜ、倒木が邪魔だな。ついでに潰れてくれたら楽なんだが……碧!」


「あいよぉ!魔攻と範囲ねぇ!」


 兎の呼び声に応じて、碧が桃色のマフィンを一つ投げる。投げられたマフィンは兎の地杖にぶつかり、泡が弾けるような緑色のエフェクトと共に消えていった。

 兎は地杖をくるりと一周廻し、倒木の散らばる麓に向けて一文字に薙いだ。


「"昊を揺蕩い涙を零さず 怒号 崩潰 十三数えて膝を折る 涯て知らず淵を知れ"。《涙涙歪重《ルルイエ》》 」


 詠唱に合わせ、乱雑に折り重なった倒木が見えないなにかに圧し潰されていく。乾いた悲鳴を上げるように幾重もの木質の繊維が裂ける音が一帯に響く。木々の悲鳴の中で、廻琉の耳は遠くで響いた声を拾った。

 廻琉が兎に視線を送る。短く頷いた兎の合図を受け、廻琉は声のした方へと飛び出した。


「"朱の褎を源に"!《火走り》!」


 両脚に火が灯り、地を駆ける脚は次第に空を蹴り、廻琉の身体を目的の地へと運んだ。

 足元の景色が流れ去ることおよそ六秒。中空を跳ねる廻琉へ、翼獣の群れが襲いかかった。

 

「瀧奈ちゃん、だね」


 翼獣の襲撃を含め、大方は廻琉の予想通りだった。PvPマップにはミニオンが存在しないこと、そして瀧奈は翼獣の偵察を定石としていることを兎から聞いていた。

 廻琉は自身の身長程もある大剣を振るい、一度の横薙ぎで二頭の翼獣を葬り去る。


「ん、っんんっ!よぉっ!」


 剣身に火が灯り、振るわれた横薙ぎが息を吹き返す。遠心力のまま身を捻り、更なる回転を加えて残りの一頭を真っ二つに切り飛ばした。程なくして剣身の火は弱まり、両脚のものよりも早く息絶えた。


「う〜ん。無詠唱《火走り》……イマイチだ、ね」


 徐々に弱る両脚の火を確認して、廻琉は大地に向けて空を蹴った。


「おおっ、おわわわっ」


 廻琉の足が地面を捉えた瞬間、足元に亀裂が走る。轟音と共に大穴が口を開き、廻琉を呑み込んだ。


「ええっと、えっと、"朱の褎をっ───づうっ!」


 《火走り》で地上へと帰ろうとした廻琉を、穴の中に潜んでいた中位級エネミー《大地巡り》の爪が襲った。土竜にも似た長い爪は大剣だけでは防ぎ切れず、廻琉の左肩を掠めた。落下を続ける廻琉の視界にはダメージ表記に加え、毒の状態異常のポップアップが表示された。

 

「くぅ〜っ!効くぅ!」


 思わず左肩を竦める。傷を負った箇所には、まだじんわりとした痛みが残っていた。

 『黄昏前線』における痛覚フィードバックは軽いデコピン程度の衝撃まで制限されていた。しかし、いくら痛すぎない程度と言っても不意に、それも想定外の部位への一撃は、思わず声が出る程のダメージになり得た。


「んぅ〜っ!」


 廻琉が岩肌に大剣を突き立て、落下の勢いを挫く。しかし、《大地巡り》は廻琉が体勢を立て直すまでは待ってはくれなかった。間を置かず、《大地巡り》の毒爪が足場の効かない廻琉に向けられる。


「"遥か陽炎 束ねて花燈籠"っ!《灯影》!」


 廻琉の詠唱に合わせ、岩壁に突き立てられた大剣が閃光を放つ。

 しかし、《大地巡り》は怯まない。振り下ろされた毒爪が廻琉の胴を捉え、その身体を深々と貫いた。

 力なく項垂れたアバターは突き立てられた大剣と共に、やがて線香の煙のように輪郭を失い、消えていった。役目を終えた《大地巡り》が主の元へと戻るべく岩壁を穿ち、穴に頭を突っ込ませたその時だった。


「"一重朱く二重赧ず三重に窯披く"!《十二焔衣》!」


 穴から飛び出していた《大地巡り》の背部に、廻琉の大剣が突き刺さる。《大地巡り》の反撃を待たずして、大剣の鋒から生まれた焔は《大地巡り》の全身を覆い、焼き尽くした。


「《灯影》、……便利すぎるかも、ね」


 縦に伸びる落とし穴の中、岩壁に穿たれた横坑の中で廻琉は呟いた。碧から受け取っていた解毒のマフィンを取り出すべく、インベントリを開く。

 明かりのひとつもない横坑の中、インベントリUIによって照らされた廻琉の姿は、まるで影のように黒く染まっていた。


「うぅん。でも見た目が悪くなっちゃうのがなぁ」


 廻琉が《火走り》を用いて縦穴を出た頃、轟音と共に暴風が廻琉を襲う。


「おわわわ!!!──────づっ!ぐぅっ!!」


 暴風吹き荒ぶ中、廻琉を襲ったのは轟音だけでは無かった。鉄の鞭のようにしなる巨大な尾が、構えた大剣ごと廻琉を弾き飛ばした。咄嗟に大剣を盾にしたことで尾の直撃こそ免れたもののその衝撃は凄まじく、廻琉の身体は後方へと弾き飛ばされた。


「んぐぁっ!」


 暴風の向こうに、巨大な翼が広がった。翼の主は追撃の手を緩めなかった。後方に吹き飛ぶ廻琉を、大翼により生まれた暴風で地面へと叩きつけた。

 回復を諦めた廻琉は、今まさに爪を振り下ろさんとする影に跨る少女を見て、小さく呟いた。


「……ズルいよぉ〜」


 はぐれボス級《暴嵐竜 ボレウス》。瀧奈が、自身の操るモンスターの中で三番目に強いと語る一体だった。


「ふぇへへ。ご、ごめんね。あっあ!《カダン》討伐は……その、あの。お手伝いはする、から……さ」


 《ボレウス》が爪を振り下ろし、その隙間から泡が弾けるようなエフェクトが空へと立ち上っていった。


 ***


 同刻。


「おいおい。本当にいいのかこんなとこで油売ってても。今頃追い詰められてるかもしれないぜ?」


「うるさいですね!これも瀧奈ちゃんの作戦です!」


 兎の構える地杖の先、両拳に黄金色のガントレット──《天地鳴動》を装備した楠莉が身構えていた。

 楠莉が兎の前に姿を現したのは、廻琉が声の方向へと飛び出してからすぐの事だった。廻琉が瀧奈の操るモンスター達との連戦に臨んでいる間、楠莉の奇襲によって兎の体力は幾分か削られていた。


「"白の慟哭 "!《陣・破魔》!」


 楠莉の踏み足が大地を揺らし、足元を中心に芙蓉の花弁模様の陣が展開される。兎は陣を見てからひとつ、ため息をついた。


「時間稼ぎか?動けねーんだろ」


 兎が地杖を振るい、楠莉に向けて無詠唱の《岩槍》を飛ばす。放たれた岩尖は目標《ターゲット》に辿り着く事はなく、陣に触れた箇所から粉々に砕けて地へ落ちた。


「言えませんね!削りとしか!」


「……なんでもいいが」


 続いて、兎は地杖を横に薙ぎ、無詠唱の《春嵐》を楠莉に向けて放った。しかし《岩槍》と同じくして、鎌鼬は楠莉の元へ辿り着く前にただの強風にまで無力化されてしまっていた。


「時間稼ぎと言うなら離れてしまえばいいものを!さては奥に王が居ますね!そうでしょう!」


 風が止んだのを確認した楠莉が地を蹴り、兎との距離を詰める。大地に描かれていた《陣・破魔》は、楠莉の両足が地面を離れた時点で霧散していた。


「碧さんがいないのなら!ジブンに構う必要はない!違いますか!」


 楠莉は無詠唱のまま、《尖拳》と《涙拳》のラッシュを兎へと叩き込む。


「……そればっかだな。他のはねーのか?」

 

 兎は致命的なダメージに繋がりかねない《尖拳》のみを的確に弾いていた。水属性値を参照する《涙拳》なら強化した属性耐性で受けられる、兎はそう判断していた。しかし、たしかにダメージは蓄積していた。兎の視界では、体力ゲージが赤く点滅し始めていた。


「拳のスキル総数はそう多くありません!それに!強さはスキル数じゃありません!それにそれに!《千の賢者》……でしたね!兎さんと比べられても困ります!」


「言えてるな。──よっ」


「あだっ」


 兎の相槌に気を取られたのか、楠莉の拳が一瞬だけ鈍った。その隙を逃さず、兎は地杖で楠莉の顎を跳ね上げる。たたらを踏んだ楠莉を尻目に、兎は一足飛びに距離を取った。


「"闇は暗く 昏《くら》きに苦楽共に儚《くら》く 耳に殘る声は儚く耳を突く嘶きは深く 貳と突く月夜に原罪を捧ぐ"」


 兎の詠唱は途中であったにも関わらず、楠莉の視界が一瞬、暗転する。次に楠莉の目に映った兎の手には地杖ではなく一冊の本があった。


「……マズイ!マズイマズイ!!」

 

 楠莉が一瞬で距離を詰める。


(詠唱する暇はない!必要も……ない!)


 被弾数から予測される兎の体力は残り少ない。そう判断した楠莉は無詠唱のまま、彼女の持てる最大火力《十拳・金咬太鳳》を兎の腹部に打ち込んだ。

 《天地鳴動》を纏う拳が兎のアバターを貫き、泡のように弾けるその間際、


「《禁術 命造鎖罰》」


 兎は笑っていた。


「ははっ、バーカ」

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