55.エントリー①
「まず謝っておきます。凪乃ちゃん、あなたはこれから混乱するでしょう」
「……わかりました」
我ながらなにが"わかりました"なのだろうか。モニターの中から語り掛ける羽々斬先輩を前に、私は既に混乱していた。部屋の隅に置かれたシングルベッドの上に目だけを向けると、やはり身体はそこにあった。
「ひとつひとつ、省きつつ、それでいて丁寧にお答えしましょう。そこに掛けて、なんなりと質問をどうぞ」
羽々斬先輩に促されるまま、用意されていた三つの椅子のうち、真ん中に腰掛ける。続いて左右に卜部さん、餅染先輩と腰を掛けたのが視界の端に映った。
「喉が渇いたら自販機がありますから。そこの端っこね。外のよりもいくらか安いですよ」
いつになく流暢に喋る羽々斬先輩の姿は、モニター越しということもあり、いつか兎が観ていたVTuber?とやらに見えなくもなかった。しかし、身体はそこに寝ている以上、別の場所から繋いでいるというわけでもないのだろう。
他にも聞いておきたい事はあるが、今はこの疑問を払拭しておきたかった。
「では、まず……その、今の羽々斬先輩の状態をお聞きしてもいいですか?」
「意識を電子の海に泳がせている状態です。肉体から外して、と言いたいところですが、戻れない、が今は正しいですね」
払拭するどころか新たな疑問が生まれてしまった。が、不思議な事になんとなく理解はできた。年齢どころか性別のハッキリしない、まるで造り物のように整った容姿に、"意識を外す"という発言。私が思うに、
「……羽々斬先輩は人造人間、なんですか?」
「惜しいですね。中らずとも遠からずといったところでしょうか。いや、遠いかな。ややこしいんですよね」
モニター上で陽気に笑う羽々斬先輩はいつも通りでありながら、ある意味で不気味だった。初めは私の突拍子もない推測を笑っているのだと思ったが、そうではないことがわかった。だからこそ、不気味に思えた。
「あいつは人造生命や。製造が断念されたという点では人造人間と同じやね」
「倫理的に言えばこっちのが狂ってっけどねぇ」
そう言った卜部さんと餅染先輩の声色は優しく、それでいて落ち着いていた。二人とも冗談を言っているようには思えなかった。
人造人間の製造断念については歴史の講義でも習う事だった。今から二百年ほど前、プロトタイプの動作テスト中に人間への危害を加える事故が起きた為、というものだ。以降、人造人間開発に注力していた多くの企業は義体開発の方向へと舵を切ったとされている。事実、街中で義肢を使用している人をみかけることもある。
人造生命については……聞いたこともなかった。クローンを含めて人工的に生命を生み出す事は例外なくどの国でも法律で禁止されている。それに、想像するまでもなく倫理に反している。
「……誰が羽々斬先輩を造ったんですか?」
疑問は次々と湧いて出た。これらを置き去りにして本題に入れるほど、私は器用ではなかった。
「羽々斬 千歳。オレの愛する母であり、歴史から名前を消された生命の冒涜者です」
羽々斬先輩の声は、先程までとは比べものにならないほど重かった。モニターの向こうで笑っていたのが、まるで別人だったように思えるほどに。これ以上は、好奇心だけではまだ踏み込んではいけないような気がした。
「母はオレに大きな愛と身に余る業を与えてこの世を去りました。では、業とはなにか?これが今のオレの状態と、凪乃ちゃんの疑問に繋がる答えです」
羽々斬先輩がモニター越しに、私のもつメタモルを指した。隣を見てみると、卜部さんと餅染先輩もメタモルを取り出していた。
「凪乃ちゃんはこちらのアバターを持っていませんね。『黄昏前線』のカートリッジを差してからダイブしてください。流用できるよう調整してあります」
いくつかは解消されたはずなのに、疑問は尽きなかった。潜ればわかるのだろうか。しかし、なぜ潜る必要があるのか、"こちら"とはどこなのか、『黄昏前線』である必要性はあったのか。
なんにしても、私のとる選択肢は一つしかなかった。
「……ダイブ」
***
廻琉たちは瀧奈・楠莉の二人組を誘う為、二人のいるセーフティスポット《明松の港》を訪れていた。
「ジブンから瀧奈ちゃんを奪うってんなら勝負です!」
「な、変な奴だろ?」
ファイティングポーズを取る小柄な少女を背に、兎が言った。少女の隣では黒いローブに身を包んだ瀧奈が慌てふためいていた。
「いいのか?瀧奈とあたしじゃ相性悪いけど」
「ジブンがカバーします!二対三でも構いませんよ!」
PvPの招待画面を開く楠莉を見て、呆れた様子の碧が廻琉に語り掛けた。
「瀧奈ちゃんいるなら人数差あんま意味ないのにねぇ」
「……そうなんだ?」
廻琉は首を傾げた。本日何度目かわからないその仕草は、もはや癖になっていた。《明松の港》までの道中、廻琉は兎から笛エンブレムの特徴について話を聞いていた。
笛の初期ジョブは《吟遊詩人》。主な役割はバッファーであり、直接的な戦闘には不向きなジョブだった。楽器を用いた攻撃は可能ではあったものの威力は低く、自身にバフを掛ける事は可能ではあったが、費用対効果が悪いというのが、話を聞いた廻琉の所感だった。
だからこそ碧の言った"ズルい"、そして"人数差に意味はない"の意味が、廻琉はわからなかった。
「でもさ!面白そうだ、ね!PvPvE?なんでしょ?
まだモンスターしか倒してないし、せっかくならやってみたい、な!」
廻琉の弾んだ声に、楠莉が目を輝かせた。一方の瀧奈はふえふえと声を上げるばかりで、楠莉の勢いを止めることはできなかった。
「話が早くてカワイイですね!では、ルールは王戦!時間は三十分!マップはそちらが選んでいいですよ!」
楠莉の指が宙に弧を描き、PvPマッチルームの画面が現れる。続いて出された招待に、パーティリーダーである兎が応えた。
「じゃあ《海原を臨む山丘》だ。ホントに二対三でいいんだな?」
「女、そしてジブンに二言はありませんよ!」
そう言って楠莉は兎と固い握手を交わした。
程なくして、瀧奈・楠莉チーム、続いて廻琉・兎・碧チームの順番で、各々はPvP専用ワールドにある待機部屋へと送られた。
「三分しかねぇからな。先に王戦について説明しとく」
与えられた時間を活かし、兎は廻琉に簡単な講義を始めた。
「チームの中から一人、王を決める。王が誰かは相手側には表示されねぇ。そんで復活不可、倒されたら負けな。他メンバーは合わせて三回まで復活可能だ」
「なるほど!わかった!」
廻琉が頷いたのを確認して、次に兎は《海原を臨む山丘》のマップを開いた。
「ここがあたしらのスポーン地点。んで反対側がアイツらのな。作戦は廻琉が前衛、あたしが後衛。碧は後方から廻琉のサポートだ。散らばり過ぎると瀧奈にやられるからな」
兎の指がマップをなぞる。左端にある海原を背にした砂浜が廻琉たちのスポーン地点となり、反対側にある山林地帯が瀧奈チームのスポーン地点になっていた。
「そんで王なんだが」
大まかな説明と作戦会議を終えた頃、兎が両手を叩き、立ち上がる。
「碧だ」
マップを覚えようと必死な廻琉を横目に、碧はバフアイテムをこれでもかと口に含んでいた。両頬を膨らませたままインベントリから鍋を取り出し、"王"のジェスチャーを決めながら言った。
「そうだよねぇ」
「……そうなんだ?」




