52.イベントフラッグ②
《はじまりの町》から出て、次のセーフティスポットである《瀨ノ村》へ向かう道中。三人は道すがら、廻琉のレベリングを兼ねた実戦訓練を続けていた。
「詠唱は声に出すんだ、コツは恥を忘れることだな。これは凪乃にも伝えたがあいつはどうやら捨てきれなかったらしい」
「射手系から闘士系に転向したのってそれが理由だったのぉ?」
碧が呆れたように笑う。
その横で廻琉はというと、二人の会話に混ざるどころではなかった。
「えっと、えっと……スキル。……スキル。もうっ!わかんないよ!ええいっ!」
剣術もなにもあったものではない。鈍器でも振り回すような勢いで叩きつけられた剣身が泥スライムを捉え、泥スライムは水泡が弾けるようなエフェクトと共に消えていった。
「詠唱っていってもさ、剣のスキルにそれっぽいのないよ?」
廻琉はスキル一覧をスクロールしながら尋ねた。碧と兎のレクチャーの甲斐もあり、廻琉は既に八つのスキルを獲得していた。
「スキル名があるだろ?近接ジョブの下位中位スキルはそれを叫べばいい。無詠唱でもいいんだが、それだと威力が落ちる。不発の時だってあるんだぜ」
「バグだったのが仕様になっちゃったんだよねぇ」
廻琉は小さく唸りながら、次にポップした泥スライム三体へと向き直り、剣を構えた。
「んー、と。んー……《断火》!」
横薙ぎに振るわれた剣身に火が灯り、泥スライム三体は焼け焦げて灰と化した。先程の力任せな一撃とは違う。《断火》の発動と同時に剣術補正が働き、廻琉の横薙ぎは綺麗な軌道を描いていた。
「凪乃は詠唱恥ずかしいって言ってたんだよ、ね?
でもさ、近接でも言わなきゃなんじゃないの?」
先程の感覚を思い出すように空に向けて剣を振りながら、廻琉は尋ねた。
「闘士系……拳のジョブは少し仕様が違うんだ。剣や杖、弓は詠唱を武器が認識してスキルを発動させるって感じなんだが、拳は自分が聞こえればいいからな。ボソッと呟くだけでも通るんだ」
「凪乃のジョブは特に変わってるしねぇ」
「ステータスも偏らせてるしな。《開拓者》、だったか。ある意味合ってはいるが変なプレイしてるぜ」
「ふぅん……ふふっ」
それから一時間半の間、この場所で生まれた泥スライムは全て廻琉の剣によって灰と化し、弾けた泡は海へと帰っていった。
***
《瀨ノ村》の料亭にて、三人は食事がてら講義を続けていた。食事といっても胃が満たされるわけではない。味覚にも四割ほどの制限がかかっており、料理の味を擬似的に楽しむ程度のものだった。
「初期ステータスも一律じゃねぇんだ。プレイヤーごとに補正が入る。碧ならDEXが、凪乃ならINTの初期値が高いとかだな。ちな伸び率も同じく補正を受ける」
「廻琉ちゃんLUC高いねぇ!」
廻琉のステータスのうち、突出して伸びた一項目が《LUC》だった。STR、ATK、VIT──と三桁程の数値が並ぶ中、LUCのみが四桁に達していた。
「一目瞭然だな。LUCはいまだにどこにどの程度作用してるステなのかハッキリしてねーんだ。レアモンの遭遇率とかドロップ確率とかに関わるとは明記されてるが、どうやらそれだけじゃないらしい」
「と、いうと?」
意味深に切られた兎の言葉に、廻琉が食いつく。
「LUC特化のジャイアントキリングやレジェンダリーの発掘が数件続いたりした時に話題になった。ただそいつらは元々堅実なプレイヤーだったからな。あたしみたいな理解ってる側からしたら、LUCが作用したのか、単に上手かっただけなのか判別できねー程度の結果だった」
「運っていってもあやふやだからねぇ」
兎が腕を組んだまま得意げに鼻を鳴らす。その隣で、碧は味の薄い料理にがっついていた。碧が料理を口に含むのに合わせ、軽快な音と共に顔の横にバフ効果が簡易表示されていた。
「なんにしても育成進めてかねーと話は始まんねぇしな。どこまで効くかわかんねーなら活かしてやろうぜ」
「じゃあさ!まず武器!強いの欲しいかな!」
机を叩き、廻琉が立ち上がる。
廻琉の意向を受けた碧と兎は顔を見合せ、次の目的地を定めた。三人の目指すは五つ先のセーフティスポット、鍛冶師の街《彩國》。
《はじまりの町》近郊の泥スライムよろしく、道中で遭遇したエネミーも次々と廻琉の剣に倒され、泡のような光となって海へと帰っていった。
三人が《彩國》へと足を踏み入れる頃、兎の"狩場"やはぐれボス級エネミーの住処を経由した甲斐もあり、廻琉のレベルは六十を超え、スキル一覧には十五の名前が並んでいた。
「にしても強かったなぁ《地割りのハンモルン》。あたしやっぱ近接とは相性わりーわ」
「でもさ!経験値とドロップ美味しかったよ、ね!」
廻琉はインベントリを眺めながら呟いた。指は金色の枠に覆われた鉄片のようなアイテムを指していた。
「これ、さ。レジェンダリーってやつ?」
「廻琉ちゃんも落ちたんだ!わたしも!ほら!」
同じアイテムを取り出した碧を見て、兎は急いで自身のインベントリを開く。スクロールして数秒、その指が止まった。
「……いや。……揃って落ちるのは…………有り得る、のか?いやそれより………気付かなかった……あたしが?……見落としてただけ、か?」
ぶつぶつと独り言を零す兎を横目に、碧は『黄昏前線』の武器システムの説明を続けていた。
「普通は武器は落ちないの。宝箱からも出ないからね!素材を使って鍛冶屋さんで打ち直してもらうか、特定のボスを倒すかがキホンだよ!」
廻琉は碧の説明を頭の中で反芻しながら小さく頷き、ひとつ尋ねた。
「普通は、ってことはさ。別の方法もあるの?」
廻琉が首を傾げ、碧へと尋ねた。
碧が「待ってました」と声を上げて膝を打ち、飛び跳ねる。頭の上で猫耳もぴょこぴょこと跳ねていた。
「奪う!だよぉ!ボスからも!プレイヤーからも!」
「ふぅん。……ん?ボスは倒す方じゃないの?」
廻琉はまたしても首を傾げた。次に膝を打ったのは兎だった。
「ボス級は倒した時と奪った時、更には降伏させた時とでドロップする武器が変わるんだ。性能もな。
例えばさっきの《地割りのハンモルン》だな。戦闘時を思い出してみてくれ」
廻琉は目を瞑ったまま顔を上げ、戦闘時の記憶を掘り起こした。
《地割りのハンモルン》。苔むした巨岩のような体躯をもつはぐれボス級エネミー。プレイヤー二人分程もある巨拳を振り回し、岩石地帯の地表を薄氷のように割り砕く様はまさに二つ名の通りだった。
「あいつが落とす武器はどの手段でも拳のみ。最も性能が高いのは降伏させた時に手に入る『星砕き』だ。面倒だしムズいからな。次が討伐時の『岩盤落とし』。そんで奪った時がゴミ性能の『地鳴らし』だ」
「ちなみに『星砕き』は拳系統の中でもトップクラスの攻撃性能なんだよ!凪乃が使ってるの!」
「あれ使い勝手めちゃくちゃ悪いらしいけどな。《開拓者》もだけどピーキーな方が合ってるのかもしんねーな」
凪乃の名前が出た時、目を閉じたままの廻琉の肩がピクリと跳ねた。数秒の逡巡ののち、廻琉はひとつの結論を出した。
「決めた!!兎ちゃん碧ちゃん!剣で、強くて、わたしに合いそうなやつ、教えて!」
勢いよく立ち上がる廻琉を、兎の手が制止した。指は廻琉の胸元、正確には外套の内側にあるエンブレムを指していた。その隣では碧が兎の真似をしているのか、両手を前に出したまま満面の笑みを浮かべていた。
廻琉は三度小首を傾げつつも、兎の意図を汲んだのかエンブレムを取り出してみせた。
「ん〜?」
廻琉が最初に選んだのは、剣のエンブレムだった。剣の初期エンブレムは、古風な楕円の枠に飾り気のない長剣を刻んだだけの簡素な意匠だった。
が、今、廻琉の手にあるエンブレムは違っていた。炎のように揺らめく猪目の中心部に突き刺さった巨剣が精巧に彫り込まれていた。
唸る廻琉に向けて、碧がステータス表示のジェスチャーをしてみせた。
「ん、ああ!ん〜……。《恋剣》?って書いてる、ね」
兎と碧が廻琉のステータス画面を覗き込む。
ジョブ欄には廻琉の言った通り、《恋剣》と表示されていた。
「初めて見るが……新種のジョブなんてもんは珍しくないからな。未だに総数明かされてるわけじゃねーし」
「火属性特化っぽいねぇ」
廻琉は頷いた。意匠を見るに明らかではあったが、彼女自身、思い当たる節はあった。スキル《断火》を獲得してからというもの、廻琉は好んでそれを使用していた。それ以降のレベリングでも、《火走り》、《灯影》、《燎原燚華》と火属性のスキルを立て続けに獲得していた。
「とりあえず、これでハッキリしたな」
「だねぇ!」
兎と碧が目を見合わせ、廻琉の方へと向き直る。
二人が言うまでもなく、廻琉も同じことを考えていた。
「火属性の!大剣!!だね!」
兎が頷き、二人に見えるようにワールドマップを開いた。各所には兎含む攻略班による情報が書き込まれており、中にはぐれボス級の出現情報も含まれていた。そのうちの一つ、九つ目の街《花の國 天花霞》周辺の一際大きな赤チェックを、兎の指が突く。
「なら目指すはここ。リアルタイムで夏の時期、それも夕刻にしか出ねぇ時限はぐれボス級、《崩國のカダン》!」
《崩國のカダン》。鉄塊のような巨剣を振り回し、立ち塞がる全てを砕き、潰し、両断する人型モンスター。
適正レベルは百五十。適正人数は五人。ドロップアイテムは武器種:大剣のみ。
「強いからねぇ!しっかり装備整えてから!」
『黄昏前線』サービス開始より十年、プレイヤーによる存在の確認より八年。討伐、降伏、奪取を目的とした挑戦回数は延べ五千超。
「えへへへ!しゅっぱ〜〜〜つ!!!」
攻略回数、二回。




