4.月に叢雲②
「はやすぎだってぇ」
「もっと手加減してくださいよ」
「右が加来。左のが佳柏。
どっちも能力はなし。じゃ、次」
「ふむふむ。……加来くんと、佳柏くんと」
中庭を臨む廊下、その天井近くの梁に身体を押し込んでいた男子二人が最初の犠牲者だった。
発想は悪くはない。が、良くもない。それなりに身体能力に自信がある者なら真っ先に浮かぶ択だ。だからこそ、探す側としても真っ先に疑う。
「俺ら教室戻ってたらいいんかな?」
「うん。自習だって」
「おっけー。ゆっくりでいいからな」
「腕いてぇ〜」
教室へと戻っていく加来と佳柏を横目に、次にどこへ向かうか頭を悩ませる。一方で、陽戸は祭歌先生から渡された、私とは別の紙を見て首を傾げていた。どうやら単なる名簿らしい。先程の二人の欄にチェックマークを付けている。
「残り十七人!たくさんだ、ね。
えへへ、お……覚えられるかな」
「余裕余裕、キャラ強い奴だけ覚えてけ。
したら後は消去法だ」
そこまでして覚えることもないと思うが、全くもって律儀なものだ。
にしても、次はどうしようか。中庭にまだ誰かいるだろうか。別に後から来てもいいのだが。念の為自販機の周りだけ見ておこう。
「……ん」
四つ並んだ自販機の一番奥、側面のデザインに似た柄物の毛布を掴んで隠れる女子生徒の姿があった。…いくらなんでも雑だろう、さすがに。
「陽戸さん、兎。もう一人いた」
「んぇっ!はやっ!」
「……くくっ」
陽戸と兎を呼び出し、一目見て明らかな違和感の前に並ばせる。三人揃って毛布の前に立った時、「待ってました」と言わんばかりに勢いよくめくれ上がり、奥から溌剌な声と共に藍色の髪をした小柄な女子が姿を現した。
「じゃじゃあ〜〜ん!!わたしは雲仙 彩矢!
能力は『眠っている時に毛布がズレない』!
冬には便利!このコはオキニ!よろしくね!」
彼女は青地に赤でワンポイントの入った毛布を抱きしめながら笑顔を向けて見せた。
雲仙 彩矢。クラスの中でも比較的キャラは濃いめな方だ、きっと陽戸も覚えやすいだろう。
「ふむ、雲仙…ちゃん、と」
「ちょっと雑じゃねーか?能力活かせてねーじゃん」
私もそう思う。楽でなによりだが。
「逆にコレどう活かせっていうのよ!眠るの!?眠りながら隠れたらいいの!?ムリムリムリ!」
「それもそうだな、……くくっ、悪かった」
「笑われるのもアタマにくるわ!だいたい無理あるって!企画にさ!他のやつもこんなモンだって!絶対!
無理だもん、だって!月炉の消しゴムとか!古河浜のケチャップとか!こんなんでどうしろってのよ!」
納得する他ない。祭歌先生に渡された能力名の一覧に目を通す限り、これといってかくれんぼに役立ちそうなものはない。ある筈がない、大抵の能力は小粒のライフハックレベルなものなのだから。
「ね!ね!次どこ行く!?」
「体育館。で、ドーム」
……陽戸以外は。
ポケットから取り出した一枚の紙に目を落とす。
陽戸の『ほんの少しだけ 思い通りになる』能力だけは、やはりこの一覧には書かれていない。未登録なのか、鬼だからという事で除外されたのかは定かではない。思えば初日の自己紹介の時にこの子は名前を述べるばかりで、能力の所有を公にしていない。私にカードを見せた時にだって一瞬ではあったが、まるで周囲を警戒するような素振りを見せた。まさか隠しているのか?
「ドーム?ってなに!!?」
「四校舎に囲まれた真ん中。ドーム状になってる所。
広いから誰かしらいると思う」
「地図あるぜ。ほれ、来賓用のパンフ」
それなら私からなにか言う必要はない。踏み込むだけ面倒な事は匂いでわかる。
「あ!ありがとう!……なんか……広くない?」
「私立に絞れば敷地面積は全国一だからな。
ちな建築規模は少し下がるが全国三位だ」
「やっ、……やばっ!」
漏れ出るような陽戸の声に、心から共感の意を示したい。ここは無駄に広いのだ。中高一貫で人数が多いとは言え、ここまでの広さが必要あるのだろうか。管理が行き届いているのかさえ不明瞭。だから"禁区"なんてものができるのだ。馬鹿馬鹿しい。
「……体育館行くから」
二人を待たず、告げた通りの目的地、東にある体育館へと足を向ける。着いて来るなら勝手にしたらいい。
私はもう既にけっこう疲れている。
……これ以上、面倒事さえ増えなければそれでいい。
***
体育館に入ると、まず目に飛び込んできたのは床一面を埋める程の空気の抜けたバレーボールの残骸、そしてスーパーボールのように跳ねて回るバスケットボールの群れだった。なるほど、こういうのもアリなのか。
「な…なにこれ」
「……たぶん、『バレーボールの空気が抜けやすくなる』能力と、『バスケットボールがよく跳ねるようになる』能力の二人」
散らばったボールの数からして他にも数名隠れているだろう。開始までの十分、そして中庭からここまでに費やした数分を加味してもこれを二人で準備したにしては早すぎる。言わないが。
「だっ、だれ!どれ!?」
陽戸が名簿を手にしたまま、私の肩に身を寄せる。長い髪が揺れてシャンプーの甘い匂いが漂ってくる。……距離感というものを知らないのだろうか。
「……ここ。皋と高暮。」
「ふむ……皋ちゃんと、高暮くん、と」
陽戸の持つ名簿にある該当部を指して示す。
律儀にチェックを付けているが、当の二名はまだ見付けられていない。わざわざ言うほどの事でもないが、随分と早とちりなやつだ。こういう所は碧とよく似ている。もしここに碧が居れば喧しさも二倍だっただろう。
「兎は先に二階のスタンド席を見てきて。
私と陽戸さんはフロアを見て回る」
「おっけい。スタンドな」
ふらふらと手を振りながら階段の方へと向かっていく兎を見送り、ぐるりとフロアを見渡す。一瞬、名簿を凝視する陽戸が映るが気にしなくていいだろう。
平たいバレーボールの残骸は数を増やしてはおらず、跳ねていたバスケットボールのいくつかは徐々に勢いを失いつつあった。そのうちで二つ、特に元気のいいボールがフロアの外周から中心へと跳ねてきたのが見えた。それらは勢いそのまま壁にぶつかり、また中心へと跳ねて戻っていく。外周。……方角は、固定。
「……兎!東側の大窓の辺りに高暮、いない?」
「ん〜。………おっ」
呼び掛けた先、二階で手を振っている兎と、その隣に三人の男子生徒の姿が見えた。思ったより固まっていたらしい。
程なくして、兎がその三人を連れてフロアへと降りてきた。兎の後を並んで着いてくる三人の姿は、まるでカルガモの親子のようだった。
兎に続いたカルガモ達は律儀に三人横並びになり、陽戸に向けた短めの自己紹介が始まった。
「俺が高暮 然。
能力は『バスケットボールがよく跳ねるようになる』な。見ての通りだけどバレー部」
とてもじゃないが見てわかるわけがない。
バレー部らしい身長でもなく私よりは少しだけ高い程度、兎には普通に負けている。それにバスケットボールの能力を告げた後にバレー部です、なんて不親切だ。今からでもバスケ部に入り直すといい。
「ぼくは鉢槇 名護弥。
同じくバレー部。覚えやすい名前っしょ」
たしかに。
特に言うことはない。
「最後ね。僕は鴻 算。
………大トリ、だけにね。あ、能力はないよ」
きっとこれが言いたくて最後尾についたのだろうが、面白くはない。能力もないし、これ以上拾う事もない。
「僕の事は"さん"付けで呼んでね。苗字呼びなら鴻さん。
下の名前なら……サンサン、つってね」
特に言うことはない。
***
地下にある体育倉庫に向かっている間、陽戸と兎は先程見送ったばかりの三人の話題に花を咲かせていた。
「鴻くんさ。なんかへこんでた、ね!」
「まだ十三人いるって聞いてショックだったんだろ。
くくっ……大トリのつもりだったんだから」
「アレさ!あんまり面白くなかった、ね!」
兎の吹き出した息が背にかかる。鴻の事は心底どうでもいいが、前を歩く私の気持ちはもう少し考えてほしい。
「足元気を付けてね」
地下へ続く階段にはフロアと同じく、空気の抜けたバレーボールの残骸がいくつか散らばっていた。先を見ると階段の奥、そして体育倉庫の中へと連なっている。
まるで誘われているような感じだ。かくれんぼの趣旨からは外れているような気はするが、発想は悪くない。それに、もしこれがブラフだとするならなかなかに考えられている。
体育倉庫の入口、足元に置かれた邪魔なバレーボールの残骸を足で退かして、二人の方を向き直る。
「じゃ、ここからは───」
──バチッ。
「わっ!」
隠れているであろう皋を捉えるべく二人に指示を出そうとした時、地下を照らしていた明かりが落ち、視界が一瞬の暗闇に包まれる。
──ジジッ ジー。
次の瞬間、暗闇をスポットライトが切り裂いて、
「……ん」
円形の体育倉庫、その中心。
丸くくり抜かれた光の中で。
「……えっ、えっえっ!」
赤い液体の中、倒れる皋の姿。




