45.福来たれり
「やっぱ多いなぁ【LOVERS】」
「ね。わかってたけどさ、席空くのかな」
【はなのね】と【甘野老】のスイーツを味わい、二度目の【あまより】に向かう途中の私たちはなぜだか反対側にある【LOVERS】の前を通っていた。"席が空きそうか様子を見るだけ"という私の我儘を兎に飲んでもらったのだ。
「おー、あはは。凪乃あそこ見てみろ。
月炉と烏帽子も来てるぜ。もうデートだろあれ」
「月炉、おめかしまでしてすっかり女の子だね」
「はは、まったくだな。おっ、瀧奈と楠莉も並んでるぜ。最後尾だ、ははは」
予想通りではあったが、大きな池を臨む花芽東公園の前に構えられた【LOVERS】の出張店には、これでもかと客が集まっていた。等間隔に並べられた丸テーブルは全て埋まり、店の外では最後尾が何処にあるかわからないほどの行列が伸びていた。お店の中や行列をよく見てみると数名見知った顔も混じっている。
「……うわっ卜部だ」
「あはは、うわって。あ!あそこ、二人いるよ」
「おー、頑張ってんじゃん」
【LOVERS】の制服に身を包んだ廻琉と碧はお店の中と客席とを忙しなく行ったり来たりしていた。ギリギリ三人で回せるくらいの規模感ではあるものの、これだけの人数を捌くとなると並大抵の体力ではもたないだろう。果たして二人はやりきれるのだろうか。……心配ではあるが、きっと大丈夫だろう。
「…また後で、だね。行こっか」
「おう、待ち遠しいな」
二人とも楽しそうに笑っていたから。
***
時刻は十四時と半分を回る頃、列を抜けて漸く二度目の【あまより】に足を踏み入れる。あまいものまつり開幕から随分時間が経った事もあり、そろそろ客足も落ち着いたかと思っていたが予想が甘かった。お店の中も外も、一回目よりもずっと多くの人で埋め尽くされていたのだ。
「そんで、なに食うんだ?
あたしはまた"昏あんみつ"にするけど」
席に腰掛けながら兎からメニュー表を受け取る。頭を悩ませながらぱらぱらと捲っていると、一回目に見た時には無かった商品が目に留まった。
「…これかな。"ふくふく 福着たるいちご大福"。
さっき無かった気がするし」
「ほぉ。……ここ、"福来たる"じゃないのか?」
「なんだろ、表記ミスかな」
私が指した箇所に重ねるように兎の指がメニューを突く。たしかに、あまり気にとめなかったが"福が来る"で"福来たる"の筈だ。……なんとなく五代目の事が気になって来たはいいが、大丈夫なのだろうか。
程なくして、注文の品が届いた。
「おっ、おまたせしましたぁあ〜〜!」
"昏あんみつ"と"ふくふく 福着たるいちご大福"、なんと運んで来たのは五代目あまよりこと、甘頼 凛伍その人だった。三角巾からぴょこりと跳ねる桃色の髪と整った顔立ち、そしてやや挙動不審な様子から疑うべくもなくご本人だった。
「は、はひぃ〜!ふくふく大福をををっ、お買い求めいただきありがとうございましぅ!」
やはり、この話し方にはどこか瀧奈ちゃんを重ねてしまう。顔もどことなく似ている気がしてきた。
「いや…ども。珍しいですね、店長さんがホールって」
「へへへ、いっ、いろいろありまして。
そうだ、おふたりは…えっと、本日二回目……ですよね?」
「はい、そう…ですけど」
甘頼店主が上目遣いでこちらを覗き込みながら、おっかなびっくり疑問を投げかけてくる。
再来店はなにかマズかったりするのだろうか。スイーツ選手権のルールにもそういうものは無かったような気がするけど。
「いいっいえっ、なにも。えへえへ。
少し…スタッフから聞きまして。なにやら……ふへ。し、食通の女の子がいると」
「……?」
すっかり"昏あんみつ"を平らげ、口周りにクリームを付けた兎が私に向けて目配せを送っている事に気が付いた。なにか言いたげな目をしているが………まさか。
「………えっ私?」
口周りを拭きながら兎が頷いている。
いや……おかしい。兎に聞かれた点数以外は口に出していない筈だ。スタッフからなんて……そんな。
「全部出てたぞ」
「……全部?」
「全部、ずっと」
「ふへへ。そ、そうみたいです」
兎と甘頼店主が顔を見合せ、二人してこちらへ向けて笑顔を送ってくる。……そんな。
口の中にじわりと苦味が広がっていく。……後悔の味か、これが。
「ああっ!そっそんな!怒るとかじゃなな、なくて!
そ、その……忌憚のない意見を頂きたくって。
………少しお話してもいい…ですか?」
がっくし肩を落とした私を見て、甘頼店主が慌てた様子で来訪の意図を話し始めた。
「………その、私まだ二十六なん、です…けど」
「すげぇ。それでもう五代目なんすか」
「そっ!そこなんですぅ〜!!」
過剰なまでに反応する甘頼店主に気圧され、兎の席ががたっと大きく揺れる。びっくりしたよね、私も。
「あの、私もその…能力が……ありまして。『ほんの少しだけ上手くできる』っていうんです…けど」
甘頼店主がもじもじしながら胸ポケットから白いカードを取り出し、卓の上に置いた。
たしかに『ほんの少しだけ上手くできる』と書かれている。表記は異なるものの、内容自体は碧と同じものだ。
「私…これでだいたいの事は、その……上手くできるようになっちゃって。じじっ!自慢じゃないんですぅ!
……助かってはいるんです…けど」
「ほう、それで?
……あ、すんませんカフェラテ三つお願いします」
長くなりそうだなと思った矢先、兎が通りがかりのスタッフに注文を飛ばしてくれた。できればホットミルクが良かったが、まぁいいだろう。
「……和菓子の修行も上手くいって、というか……いきすぎて。トントン拍子で五代目を襲名しちゃって。
花芽菓組…あっ、菓子工業組合のことなんですけど、その組合長も……任されちゃって」
「大出世じゃないすか?大変かもっすけど。
あ、ども……あづぁっ!」
「……ばか」
ホットの表記を見落としていたのだろうか。そのままカップを掴んで受け取ろうとした兎が慌てて手を引っこめる。
「おっ、とと」
傾いて落ちかけたカップを甘頼店主が間一髪のところで受け止める。とても先程までとは同一人物とは動けない鋭い動きを見せた。
中のカフェラテは一滴たりとも床に零れることなく、その場に踏みとどまっている。これも能力のお陰なのだろうか。
「…追いつかないんです。心の準備が」
甘頼店主は受け止めたカップをそっと兎の前に置いてから着席し、ゆっくりと話を続けた。
「…でも、できてしまうから。
期待に…応えないとって思ってしまうんです。
周りの人達は…とてもよく支えてくれています。その…優しいですし。でも…その、なんていいますか。
……気を遣ってくれているのかな、って思うんです」
飲食スペースからはすっかり人も捌けて静けさを取り戻し始めていた。それで緊張も解れたのか、甘頼店主の声からは震えが鳴りを潜めつつあった。
「若いから、って事すか?」
「……です。……その、うまく言えないのですが。
和菓子は見た目からと教わってきました。…味は当然として、ですが」
甘頼店主が一度言葉を区切り、カフェラテを一口含む。頭の中を整理する為だろう。私だってそうする。
それにしても『上手くできる』能力なのに、"うまく言葉にできない"というのは…皮肉が効いているというかなんというか。どこまでができて、どこまでができないのか。やはり自分ではわからないものなのだろうか。
「幼い頃から手先は器用な方で……見た目を整えるのは…その、自信がありました。ただ……味には自信が持てなくて。でも、この能力を授かってから……だったと思うんですけど。味を褒めて貰えることも…増えて」
「修行の成果じゃないっすか?
幼い頃から…って、そんだけ頑張ったんでしょ?
あ、すんません。"昏あんみつ"もう一個お願いします」
兎の言うことにも一理ある。
食べた身からすると長年の研鑽が花開いたのでは、とも思えるが、本人からはその判断はつかないものだ。
勿論、私たちからしても能力による関与がない事を否定できるだけの根拠はない。ただ感じたままの意見を述べているだけなのだから。
だからこそ、"気を遣われている"と思うのだろう。
まぁ、それでもだ。私がやる事はかわらない。
「ふくふく大福、いただきますね」
「えっ、あっ、……はい。味わって…いただければ」
一口。ん。丁度いいサイズ。
含むと、まず餡子の優しい甘みが口いっぱいに広がっていく。舌の上に乗せてわかるこのなめらかさとスッキリした甘み、白餡かな。噛むとぷちりと潰れたいちごから果汁が溢れ、程良い酸味が口内を満たす。
いちご大福では甘さ控えめの餡子を選ぶのが定石と言われるが、ここではしっかり甘みの残るものを使っているようだ。大粒のいちごに詰めこまれた濃厚な果汁とのバランスが丁度いい。
二つ目は口に含む前に外観を楽しむのが私流だ。
一つ目はそのまま口に放ったので気が付かなかったが、いちごと餡子を包む求肥が非常に薄い。中が透けて見える程だ。匠の技と言っていいだろう。
「ん。……これは」
口に含んで改めてわかる。粉っぽさを殆ど感じない。餡子の甘みといちごの旨味のコラボを邪魔せず、それでいてキッチリと存在を主張するかのようなもっちりとした食感。
「美味しい…!」
「……ほんと、ですか?」
食べている間、ずっと視線を落としていた甘頼店主が上目遣いで尋ねてくる。
不安だったのだろうか。いや、不安なのだろうか。
「私は──」
少しだけ冷めたカフェラテを一口飲み干す。
口に残った餡子の甘みをさっぱり流してくれるような苦味が食後の胃に優しい。
「──甘味に嘘をついた事はありませんよ」
決め台詞じみてしまった言葉を受けて、甘頼店主が大きな目を輝かせながら私を見ていた。
兎の方から小さな口笛の音が聞こえてきた。少しだけ恥ずかしさが顔を覆い、なんとなく甘頼店主から目を逸らしてしまった。
……耳、赤くなっていないだろうか。
「……"福着たる"って、その…私の造語なんです、けど」
甘頼店主が小さな声でぽつりぽつりと零し始める。
視線を感じながらも顔は兎に向けたまま、なんとなく半分になったカフェラテのカップに口をつける。
「能力、授かってから…その、上手くいきすぎてて。
良い事に……、"福"に着られてる…っていうか。
ふぇへへ。……ちょっとした自虐、じゃないですけど。それで…新しく作った商品なんです、それ」
いつの間にか空になったカップから口を離さないまま、目だけで兎に助け舟を求める。私はこういう時なんて言えばいいかわからないのだ。またカッコつけたような言い方になると……恥ずかしいし。
「……ふっ。福に着られる。やって来ないから、ね。
じゃ、明日からは"来たる"っすね、こいつの名前」
そう言い終えた兎がすぐさま既に空の筈のカップに口をつける。目だけをちらりと向けてみると、甘頼店主の瞳は少しずつ潤みつつあった。
これまた随分決めてきたものだ。よく私の事をおちょくれたものだね兎。あっ、耳赤っ!
「っと。おい凪乃、そろそろ行かないとだぜ」
「あぁ、もうそんな時間なんだ」
兎が目の置き場もなくきょろきょろとしていたのが功を奏したのか、既に時計の針が十五時と三十分を過ぎる頃だった。【LOVERS】まではここから歩いて二十分かからないくらいだ、甘頼店主には悪いが、そろそろ出ないと余裕を持って到着できなくなる。
「すみません、甘頼さん。私たちもう行かないと」
「いっ、いえ!私も…すみません、お時間頂いて。
……でも、助かりました。気持ちが軽くなったっていうか…その、へへへ」
「いえそんな。美味しかったです、とても。
甘頼さんも、スイーツ選手権頑張って下さいね。
応援してますから」
「あっ、あっ。うっ…嬉しい、です。
あの、……あの。良ければ、その」
ばたばたと支度を進める私たちに釣られてか、甘頼店主が鳴りを潜めていた挙動不審さを取り戻したようだ。もじもじとする甘頼店主を見て、ふとマップととに受け取った投票用紙を思い出した。
懐に入れていた一枚に【あまより】と書き、甘頼店主に手渡す。情に絆されて、なんて理由ではない。
あのいちご大福には一票分の価値がある。そう判断したからだ。
「あっ、あっ、ありがとう…ございます。
…その、凪乃…さん。良ければなん、です…けど」
「…?はい」
「また会った……ううん。来る時、その…凛伍って呼んで…欲しいです」
三角巾を外して露になった桃色の髪が甘頼店主の顔を覆い隠していた。先程渡した投票用紙が固く握りしめられすぎてヨレヨレになっている。大丈夫だろうか、いろいろと。
「……?わかりました。また来ます、必ず。
次は友達も連れて、大所帯で」
「まままっ、まっ!待ってましぅっ!」
見送ってくれた甘頼店主の声を背に受けて、廻琉と碧の待つ【LOVERS】へと足を向ける。
いちご大福は正解だった。美味しかったし、胃の空き具合も丁度いい。兎は随分食べていたようだったけど大丈夫だろうか。
そう思って隣を歩く兎に目を向けてみると、兎もこちらを見てにやりと笑みを浮かべていた。
「ありゃ大罪だぜ、凪乃」
「なにが?」




