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なるようになるの  作者: 七番
第二章 甘き日に

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44.それぞれの時間

 焼きたてパイを堪能した私たちは店を出る前、この絶品スイーツを持ち帰るべく、カスタードパイとアップルパイに加えてフィナンシェも買って帰ることにした。

 少しだけ手荷物も増えてしまったが、【LOVERS】の前に花哥《はなうた》急便に寄ってから向かえばいいのだ。

 外に出る頃、アーケードはほんのりと甘い匂いに包まれていてあまいものまつりも佳境に入った感じがあった。

 さて、次は【はなのね】に向かうわけだが。


「わりぃ、ちょっと便所行ってくっから待っててくれ。あ!置いてくなよ!」


 兎がお腹を抑えたままどこかへ消えてしまった。

 へそ出しなんて着てくるからだ、まったく。スタイルが良いのは結構だが、肌の露出はもう少し控えてもらいたいものだ。かっこ可愛くて良く似合っているが、なんというか。


「……部屋着なら別にいいけどさ」


 ちょっとだけモヤつくのだ。

 その点【LOVERS】の制服は良かった。お腹や背中は言わずもがな、腕も脚もきちんと隠れているし、ぴっちりし過ぎないからボディラインも出過ぎない。廻琉の赤髪とスタイルが良く映えていたし、碧の着られている感じも愛らしくて良かった。

 ベンチに腰掛け、先程兎と撮った写真や花火大会の写真を見返していると、ふと脳裏に"青"の字が過ぎった。次に、"左隣からこちらに向かってきている"事が確信となって胸に落ちる。不思議なものだ、認識着色《マーキング》というものは。

 あの猫が来たのだろうか。まさか私を見つけたからだったりして、なんて。なんにしても猫は可愛いものだ。

 少しだけ驚かしてやるか、そう思って左隣へと笑顔を向けた。


「こんなとこまで……来ちゃ……た」


 違った。猫ではなかった。

 私が青色の認識着色弾を打ち込んだのは、あの猫だけではなく、


「そんな可愛い顔もされるんですね。

 良いものが見られました」


「………砂溟…先輩」


 砂溟先輩の姿があった。黒の外套に身を包み、赤く灯る瞳でこちらを見据えている。片手にはどこかのお店の手提げ袋を、もう片方の手には飲むチーズケーキを持っていた。


「隣、失礼しますね。少し脚が疲れてしまって」


 数秒の沈黙が落ちて、砂溟先輩が私の隣へと腰を掛ける。あの日の様子のおかしかった姿は鳴りを潜め、まるで何事もなかったかのような振る舞いをとっていた。おかしいのは私の方なのだろうかと思ってしまう程に彼女は平然としていた。だからだろうか、こちら何かを話す気にはなれなかった。

 気まずい沈黙が続いて痺れを切らしたのか、砂溟先輩が口を開く。


「私も今日は食べに来ただけです。会えたのも偶然」


「……本当ですか?…能力だって」


 恐る恐る質問を返す。廻琉と同じものなら何ができても不思議ではない。今日だってこの前と同じように裏が無いとは限らない。尊敬する先輩相手に心苦しいが…まだ信用はできない。


「本当です。今日はなにも願っていませんから。

 強いて言うなら美味しいものを食べたい、と思いはしましたが」


 目だけをこちらに向けて、手に持った飲むチーズケーキをくるくると回している。半透明の手提げ袋からはうっすらと"まろやかチーズタルト"と"もっちりむっちりチーズシュークリーム"の文字が透けて見えた。……チーズ好きなんだ。


「この能力を得てからというもの、随分と飢えるようになりました。あの日の私を覚えていますか?

 負荷は……腹を満たせばマシになる事がわかりました。特に……こういった甘いものが良いことも」


 砂溟先輩が空になった飲むチーズケーキのカップを外套の内側に隠す。内ポケットにでもしまったのだろうかと考えているうち、カップ分の膨らみがすうっと消えていく。


「だから、です。今日は楽しんでみようと思っています。所長もそう言っていましたし。なにより──」


 一度言葉を切り、砂溟先輩が立ち上がる。ベンチが小さく音を立てて少しだけ揺れる。


「──お互いの時間も大切でしょう?

 ……愛しているなら、尚更」


 そう言ってふっとこちらに向けて笑みを浮かべたかと思えば、霧に解け消えるかのように人混みに紛れ、砂溟先輩の姿は見えなくなってしまった。が、見えないまま、あの時のように右へ左へと声だけが耳に届いた。


「諦めたわけではありませんよ。家族も、貴女の事も」


「また会いましょう。必ず、ふたりで」


 砂溟先輩の声が止んだのと同時に、意識下に鎮座していた"青"の字は煙のように消えていった。不思議なものだ、認識着色《マーキング》とは。それになにより………砂溟先輩も。


「……お互いの時間、か」


 改めてひとりになり、誰のものでもない沈黙が場を満たした時、ふと先程の砂溟先輩の言葉を復唱していた。

 これまであまり意識した事がないものだった。……いや、ない事もないか。

 碧と兎とはそうやって関係を築いてきたつもりだ。二人だってきっと私の時間を大切にしてくれている筈だ。

 …でも、どうして今更こんな事を……こんなにも気にするようになったのだろう。


「……なに、してたのかな」


 ここ数日、言葉にはしたくない気持ちがあった。

 廻琉が何をしていたのか。

 【LOVERS】の制服を着て、ステージで楽しそうにしている廻琉を見て、少しだけ胸が熱くなった。

 これからわかる事なのだろうけれど、それでも。


「………同じだったら」


 あの時間、廻琉は私のことを──────、


「おーい!凪乃!待たせたな!」


「…っ!」


 不意の呼びかけで肩が揺れる。突如飛んできた兎の大声で思考はすっかり散ってしまった。見てみると兎は二本のストロベリーフローズンドリンクを携え、申し訳なさそうに笑っていた。

 待たせたお詫びのつもりだろうか、まったく。


「めっちゃ混んでてさぁ、いやマジマジ!

 ……腹下してたんじゃねーよ!マジで!」


 どっかりと隣に腰掛け、言い訳を続ける兎に向けてあからさまに不機嫌な顔をしてみせる。

 碧よろしく頬を膨らませて口を尖らせるアレだ。次は写真を撮られるようなヘマは──、


 ──カシャッ。


「ああっ!」


「やりぃ〜!前の消されちまったからな!」


 タイマーをセットしたまま、カメラだけをこちらに覗かせたスマホを懐にしまっていたらしい。本当になんて奴だ。写真はもうこの際諦めよう。


「もうっ!」


「あぁ〜〜っ!!!」


 喜ぶ兎の両手からストロベリーフローズンドリンクを二本とも取り上げて一気に啜ってやった。仕返しというやつだ。


「ん!うまい」


「あたしの分返せよぉ〜〜〜!!」


 これに懲りたら、もう私を待たせないことだね。

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